企業向けのハラスメント防止研修で最も多いリクエストは、「なにがハラスメントでなにがそうでないか、区別できるようにしてほしい」というこ とだ。

セクハラであれば、強制わいせつにあたるような事案、パワハラであれば、暴力やひどい暴言など、明らかにNGな事例はあるが、主催者の希望は、おそらくそのような極端なことではなく、職場の日常の中で、何気なく地雷を踏むことを防ぎたいということではないだろうか。
だが、ハラスメントは、被害者側が不快に思うかどうかが、そのポイントである。人の感じ方が千差万別である以上、危ない行為を事前にすべて教えて防止しようというのは、現実的ではない。
では、無意識にハラスメントを犯してしまうことを防ぐのは、そんなに難しいのだろうか。
ハラスメントとなる行為を事前に知りたいときには

ハラスメントには、一発NGの行為と、回数を重ねるとNGの行為がある

むりやり抱きついてキスする、という行為が、一回でもあればセクハラ認定されるということは、だれでも理解できる。また、営業成績の悪い部下に鉄拳制裁をすれば、やはり1回でもパワハラ認定だろう。このような行為を防ぐには、前もって教育しておくことが効果的であるし、教育がなくても常識でわかる程度のことだ。
 だが、たとえば、自分の好きな相手をデートに誘う、という行為はどうだろうか。2回や3回断られても、そのくらいでめげることなく、色よい返事が来るまで誘い続ける。押しの一手は、恋愛の方法論としてはアリなのかもしれないが、職場の中で、しかも誘う側が相手より明らかに職位が高い場合はセクハラとなる可能性が高い。
 また、ゴルフ場まで車で送迎させるなどの私用に部下を使う、という行為も、度重なればパワハラとなってしまう。これも1回きり、または、ごくたまに頼む、ということであれば、それほど問題にはならない。
 このように、一度きりであればとくにハラスメントとは言えないが、一定期間引き続き行われた場合、ハラスメントと認定される事例も多い。回数や期間によって結論がかわってくる場合は、前もって「このような行為はダメ」と線引きしづらいものだ。

最大の事前防止策は、「No」といえる職場風土をつくること。

一度きりならそんなに問題にならない行為が、なぜ回数が重なってくると、「ハラスメント」になってしまうのか。そこを考えてみれば、そのための事前防止策は明らかだ。

 まず、はっきり言葉で断わるなど、相手が拒否の意思を明確にした場合。 これに対し、職位・年齢・キャリアなどで自分より立場が下の相手が自分に逆らうことが許せない、と感じて、相手のいやがる行為をエスカレートさせていくと完全にハラスメントになってしまう。こう書くと、加害者はとても傲慢でひどい人間のようだが、実はだれの心の中にも、このような心理は隠れているものだ。
 これを防ぐには、職場での立場の上下や指揮命令権というのは、あくまでも業務に付随するものであり、人間の上下を決めるものではない、という当たり前のことを、しっかり認識しておくしかない。そのためには研修などの教育も有効だ。
 セクハラのケースだと、相手から断られたり嫌がられた場合は、「そんなにいやだとは気づかなかった。悪かったね」と謝罪し、「これからはもう繰り返さない」とはっきり言えば、ハラスメントどころか、部下など下の立場の人をだいじにする人だ、という評価にもつながる。 パワハラの場合は、業務上必要だと思うことであれば、相手に説明したり説得することもできる。
世代や性別の違う相手が、どこに不快感を抱くかはっきりわからないのは当然である。人間関係で転ばぬ先の杖を求めたくなるのは理解できるが、ときにはどこかで衝突することがあっても、相手への誠意があれば、解決できるものだ。

 そして、やっかいなのが、相手が「No」という意思表示をはっきり出さない場合だ。にこにこして、まったくいやがるそぶりを示さない、ということもあるのだが、不快を表す表情をしたり、明らかにいやがっていることを態度で示しているのに、それに気づかず同じ行為を続けてしまうということも多い。
 これに関しては、表情や言葉はとりつくろえるが、それ以外のボディーランゲージには本音が現れてしまう、という知識と観察眼があれば、気づくことができる。「空気を読め」という話なのだが、空気は読むものではなく吸うものだ。気づかなかったとしても責めるのは酷だろう。

 一般に、立場が下の人が、上の人に対して拒否の意思を示すことは、かなりの勇気が必要だ。勇気をふりしぼらなくても、いやなことはいやと言える雰囲気がふだんから職場にあるかどうかが、ハラスメント防止のポイントとなる。
 ハラスメントについて、「これはOK」「これはNG」という思考方法ではなく、経営者や管理職自身が、職場風土の問題だという意識を持つことが、小手先ではない真の防止策につながっていくのである。

メンタルサポートろうむ代表
社会保険労務士/産業カウンセラー/セクハラ・パワハラ防止コンサルタント
李怜香(り れいか)

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