社員を海外に赴任させる場合、その配偶者の公的年金制度への加入は一体、どのようになるのだろうか。
海外赴任者の「配偶者」の年金はどうなる?

短期赴任ならば国内勤務時と同じ

 海外赴任をする社員自身の年金については、日本と赴任国との間に「社会保障協定」が締結されているかどうかで取り扱いが異なった(詳細は平成27年9月7日付HRプロニュース「海外赴任者の公的年金加入はどうすればよいか」を参照)。今回は、海外赴任者の「配偶者」の年金の仕組みについて考えてみる。

婚姻をしている男性社員を、社会保障協定の締結国であるアメリカに赴任させるケースを例に考えてみる。まず、夫である社員をアメリカに赴任させる場合、アメリカでの就労予定が「5年以内」であればその社員はアメリカの社会保障制度への加入が免除され、今までどおり日本の厚生年金に入り続けることになる。このとき妻はどのような年金制度に加入するのだろうか。

この場合、夫の居住地がアメリカに変わっても、夫自身は渡米前と同様に日本の厚生年金に加入していることに変わりがない。従って、妻も夫が国内で勤務をしているときと同様に日本の年金制度である「国民年金の第3号被保険者」とされる。「国民年金の第3号被保険者」とは、サラリーマンの夫に扶養される妻(20歳以上60歳未満)などが対象で、「自らは保険料を負担せず、将来、保険料を負担した方と同様の年金をもらえる」という、専業主婦にとってはとても有り難い仕組みである。

夫が渡米した場合、妻は「日本に残る」「夫とともに渡米する」のいずれかを選択することになるが、「国民年金の第3号被保険者」には居住地に制限が無いため、妻が日本に残っても、夫とともに渡米をしてもどちらでも対象とされる。そのため、夫のアメリカでの就労予定が「5年以内」の場合には、年金上の取り扱いは夫婦ともに夫の海外赴任前と変わらないことになる。

“専業主婦のメリット”を失う夫の長期赴任

 夫のアメリカでの就労予定が「5年超」の場合はどうだろうか。この場合、夫は日本の厚生年金から抜け「アメリカの社会保障制度」に加入をする。そのため、妻は夫の渡米前のように日本の制度である「国民年金の第3号被保険者」でいることができなくなる。この場合の妻の年金上の取り扱いは「妻が日本に残るケース」「夫婦で渡米するケース」で異なってくる。

妻が日本に残った場合には、妻本人は20歳以上60歳未満の場合、「国民年金の第1号被保険者」になり、夫の渡米前には負担する必要がなかった “国民年金の保険料” の支払い義務が発生する。強制加入のため「保険料負担が嫌だから入らない」ということができない。夫が厚生年金に加入していれば、その間、妻自身は自分の保険料を払わずに将来の年金がもらえるのだから、専業主婦ならではの大きな特権を失ってしまうことになる。

 夫のアメリカでの就労予定が「5年超」の場合に、妻が夫とともに渡米したらどうなるだろうか。この場合には、妻には日本の公的年金制度に加入する義務がなくなる。ただし、そのままでは、妻は渡米中には何の年金制度にも加入しないことになり、その分、妻本人の将来の年金額が少なくなってしまう。

そこで、海外に住んでいる日本人のために、希望すれば日本の国民年金に加入できる「任意加入」という制度が用意されている。この制度を利用すると、将来年金をもらう時にも強制加入だった人と区別されることなく、支払った保険料に応じた額の年金をもらえることになる。ただし、保険料を払わなければならないので、妻が日本に残った時と同様に妻本人に新たな経済的負担が発生する。

 以上をまとめると、次のとおりになる。

●夫のアメリカでの就労予定期間が「5年以内」の場合

妻は日本に残っても夫とともに渡米をしても、夫が国内で勤務していたときと同様に、日本の「国民年金の第3号被保険者」になる。従って、妻本人に新たな保険料負担は発生せず、なおかつ保険料を払ったものとして、将来は年金が受け取れる。

●夫のアメリカでの就労予定期間が「5年超」の場合
妻が「日本」に居住するケース
⇒妻は日本の「国民年金の第1号被保険者」になり、妻本人に新たな保険料負担が発生する。
妻が「アメリカ」に居住するケース
⇒妻は年金制度に未加入状態になるので、その分、妻の将来の年金額が減少する。希望すれば日本の「国民年金」に任意加入ができるが、その場合には妻本人に新たな保険料負担が発生する。

社員に海外赴任をさせる場合、就労予定期間によっては社員本人ではなく配偶者側に新たな年金保険料負担の問題などが発生してしまうことがある。社員にグローバルな活躍を求める企業の人事部門であれば、海外赴任者が安心して業務に専念できるよう、しっかりと説明をしてから送り出したいものである。


コンサルティングハウス プライオ
代表 大須賀 信敬(中小企業診断士・特定社会保険労務士)

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