女性社労士からみたマタハラ裁判の行方は
今回の訴訟は、広島市内の病院に勤務し、勤続約10年で副主任となった理学療法士の女性が、勤務先の病院を訴えたという事件である。その女性は第二子の妊娠の際、労働基準法65条3項に基づく軽易な業務への転換を請求したところ、その請求が認められ希望通りの部署に異動となったが、その際、副主任のポストを外されてしまう。また、育児休業からの復職後についても副主任に任命されることはなかった。そのため、この取扱いが、均等法9条3項に違反する無効なものであると主張して、損害賠償を求めていた。報道の内容からだと、『本人が軽易な業務への転換を希望したのだから、職責の重い管理職の地位を解かれても仕方がないのでは 』という意見もあるかもしれない。
しかし、公開されている判決文を読むと、本件の判断については、実務上重要になるだろう以下のポイントがあったようだ。
① 副主任を免ずることによっての業務上の負担の軽減等有利な影響・不利な影響の内容・程度等について事前に事業主が適切に説明し、本人が十分に理解した上で自由な意思に基づいて降格を承諾したか。
② 副主任を免ずること及び再任しないことについて、円滑な業務運営・人員の適正配置の確保などの業務上に特段の事情が存在したか。
③ 育児休業復帰後にどのような配置を行うかあらかじめ定めて明示したう上、他の労働者の雇用管理もそのことを前提に行ったか。
こうしてみてみると、妊娠後に降格となる場合、企業においては、降格となることについて本人への十分な説明や同意の取り付けをし、復帰後を見据えた人事配置等について、十分に検討する必要があるといえる。
本人の同意がないとマタハラになることも
「マタニティ・ハラスメント(マタハラ)」とは、女性従業員が妊娠・ 出産を理由とした解雇・雇止めをされることや、妊娠・出産にあたって職場で受ける精神的・肉体的な嫌がらせ(ハラスメント)のことをいう。日本労働組合総連合会(連合)が今年5月に調査した結果によると、以下の『マタハラ』が行われているようである。
① 「妊娠中や産休明けなどに、心無い言葉を言われた」 (9.5%)
② 「妊娠・出産がきっかけで、解雇や契約打切り、自主退職への誘導等をされた」 (7.6%)
③ 「妊娠を相談できる職場文化がなかった」 (7.0%)
④ 「妊娠中・産休明けなどに、残業や重労働などを強いられた」(4.7%)
⑤ 「妊娠中や産休明けなどに、嫌がらせをされた」(3.8%)
⑥ 「妊娠・出産がきっかけで、望まない異動をさせられた」(1.9%)
⑦ 「妊娠・出産がきっかけで、雇用形態を変更された(正社員→契約社員等)」(1.9%)
妊娠した従業員に対して、業務の軽減という企業側の配慮で人事異動をする場合もあるかもしれないが、本人の同意がない場合は、マタハラとなってしまう可能性があるといえるだろう。
当職も仕事をしながら妊娠・出産を経験し、子育て真っ只中であるが、自分なりに急な発病等緊急事態に備え対策をしてはいるものの、救急搬送、入院等、対策しきれない予期せぬ事態も経験した。子育てをしながら働くということは、自分一人では対応しきれないことも多くあり、その際に当事務所の職員に助けて頂きとても感謝している。
産休・育児休業等の制度の利用は働く人々の正当な権利ではあるが、少数精鋭で経営をしている中小企業等においては、費用的な面で代替要員を採用できなかったり、また、採用するとしても、その期間だけの雇用というのはなかなか難しく、厳しい現状があると思う。また、産休・育児休業等の制度を利用している従業員がいる職場においては、そのサポートの為、他の従業員にしわ寄せがきている状況も実際多いのではと思う。
そういった中、できることは、制度を利用する従業員も経営側も信頼関係を大事にし、信義誠実のもと、制度利用について十分に話し合う事が必要ではないかと思う。
政府が働く女性の活躍を推進していることから、今後も産休・育児休業等の制度利用者の増加が見込まれる。企業も、制度利用を当たり前とした人事労務管理をしていく必要があるのではないだろうか。
今回の判決を受けて、企業としてはマタハラといえる状況がないかを今一度確認する必要があるのではないだろうか。そして、制度を整え、企業も制度利用者も双方誠実に対応し、産休・育休制度を利用する従業員、それをサポートする従業員、経営者、全ての人が気持ちよく働ける良好な職場環境をつくっていくことが大事ではないかと思う。
松田社労士事務所
特定社会保険労務士 松田 法子