ここ最近で、複数の企業から立て続けに「人事考課者研修」のご依頼をいただいた。この研修では冒頭に必ず、「人事考課は何のためにやると思うか」という質問を投げ掛けるのだが、その答えを集約すると「人事考課シートと個々人の現状を照らし合わせて点数を付け、賞与や昇給の根拠とする(=査定)」というところに落ち着く。その後で「実は、人事考課というのは、部下に点数をつけて賞与や昇給の額を決めるというのは、目的のほんの一部で、そもそもの目的は『組織の目標を達成できるような人材を育成すること』にあるんですよ」といった話をすると、決まって「ほう、なるほど」といった雰囲気に教室全体が包まれる。これが講師をする者にとって堪らない瞬間の一つではある。
人事考課制度は育成制度

 とはいうものの、実際に考課を行う管理職の認識が上記のような状況であるから、本来の人事考課制度が「社員を育てるための仕組み」であるのに、それを間違えた形で運営している企業が実に多い。
 さらには、せっかく人事考課制度を導入しても、数年で頓挫して続かなかったり、形ばかりで中身のない制度に成り下がっていたりするケースも枚挙に遑がない。「せっかく構築したハズの人事考課制度がうまく機能していない」という声をよく耳にするが、その要因として、次の2点が考えられる。
 1つ目は考課者各人が、考課の重要性を理解していないこと。理解していないから、お座なりの評価をしてしまう。みんながお座なりの評価をしている人事考課制度など、到底それが重要なものだとは思えないから、ますますいい加減な評価を続けていく...、のスパイラルである。
 もう1つは、考課者が人事考課の経験に乏しく、どのように進めていいかわからない。それでも考課シートは提出しなければならないから、お座なりの評価を下して提出する。以後は同じスパイラル、といった塩梅である。日常業務では、新入社員(中途・新卒)や、他部署から人事異動で移ってくる者があると、未経験者には丁寧に仕事を教えるのが普通であり、一般的にも行われている。ところが、こと人事考課制度の導入となると、考課者となるべき管理職達のほとんどが未経験であるにもかかわらず、せいぜい説明会を開いて手順書を読み上げるだけで、「あとはよろしく」とばかりに、考課者任せにしているのが、多くの企業の現状であろう。これでは実のある考課制度が定着しないのも道理である。

 さて、管理職に求められている大きな役割の一つが「人材の育成」である。しかし、多くの企業では「自分のことで精一杯で、部下の面倒を見ている余裕がない!」という管理職がほとんどである。要因として企業側が、短期目標として業績ばかりを追求させていることも大きく影響していることであろう。これでは優秀な人材ほど『自分が成長できないこと』を実感して、流出してしまう結果を招いてしまう。そこで「社員を育てるための仕組み」である人事考課制度の出番である。単に『考課結果(点数)を伝えて終了』するのではなく、ここで部下の課題を明確にし、新たな目標を設定する。その目標達成への進捗を管理していくのが考課者である管理職の重要な任務である。

 人事考課を行ったら、単にその結果を伝えるのではなく、(1)その部下の課題を明確にし、面談を通じて次の考課期間に何を達成すれば良いのか、目標をハッキリさせる。(2)そして、管理職は部下の目標達成に向けての進捗を管理しながら適宜、スキルアップ等の支援をしていく。明確化された課題をクリアするには、能力開発が不可欠であるから、(3)部下は目標達成へのアプローチの中で、必然的に能力開発を図る。(4)そして、目標が達成される頃には能力アップも実現している。これが、「社員を育てる仕組み」としての人事考課制度である。このサイクルの中では「面談」の位置づけに注目していただきたい。単なるフィードバック面談ではなく、あくまでも「育成」を意識した面談であること。これが重要である。

 ところで、人事考課を行うとき、考課者によって評価結果にバラつきがあるのが普通である。そこで、考課者全員が一堂に会しての擦り合わせ会議を行っていただきたい。1人の被考課者に対する考課は、せいぜい2人程度であるが、その2人の間での評価のバラつき等を討議し、直接その者の考課に係わらなかった他の考課者にも、その討議内容を共有するのである。なぜ、その考課結果に至ったのか、生きた事例から考課根拠を学び、考課者のスキルアップに繋げるのである。
 部下だけでなく、考課者である管理職をも育てるシステムが「人事考課制度」なのである。単なる『査定』に終始している人事考課制度を運用している企業の方には、再度「育成制度」としての人事考課になるよう、整備をご検討いただきたい。


社労士オフィスAGAIN 特定社会保険労務士/産業カウンセラー 関本 誠

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