ストレスへの気づきと対処のための相談活動の充実
裁判例を見ると、「使用者は労働者からの申告がなくても長時間労働を是正して健康障害を起こさないようにする安全配慮義務を負う」としている。従業員の勤務実態や健康状態を把握し、長時間労働やメンタルヘルス不調などの実態が認められれば是正することが、安全配慮義務の内容となる。そのために相談体制を確立することが肝要である。企業が日常的な相談活動に取り組むことは、従業員が健康に働くことができるので、従業員満足度が上昇する。さらに、顧客へのサービス向上をともない、顧客満足度をも上昇させて、企業の業績に正の効果をもたらす。単に「メンタルヘルス不調を予防する」とか、「安全配慮義務を履行する」とかいった対応だけでなく、相談活動の効果が経営にも直結することを意識した方がよい。
そこで、企業は相談活動を活性化すべきだが、その担保として「個人情報の保護」と「不利益取扱いの禁止」が必要となる。この担当に適切な部署として総務部や人事部が選ばれることが多い。しかし中には、企業の実情に応じて相談窓口を設置する部署を決めることになる会社もある。また、たとえば多店舗展開している企業では、人事部内に相談窓口専用のメールアドレスを設けているところもある。店舗で業務をおこなっている従業員はサポートが受けにくい職場環境となる場合があるため、そのような人にも対応できるように相談のルートは複数設けた方がよいだろう。
相談対応をする際は、応接室で面談をしたり、店舗営業であればその店舗に担当者が出向いて面談をしたりしている企業がある。前述のとおり、店舗の従業員は相談をしにくい環境にあるので、相談を受けたら時間を作って店舗に出向く方がよいだろう。
一方、経営資源に余裕があるのであれば、社内で健康保持増進専門部署を設置することが望ましい。人事部や総務部よりも、事業場内産業保健スタッフの方が、日頃から職場巡視をすることができ、きめ細かい対応をすることもできるからである。
従業員から相談を受けたら、職場のストレス要因はもちろんのこと、業務外の要因であっても親身に対応することがメンタルヘルス不調の予防につながる。まずは職場や本人の状況を知りつくしている上司が相談対応し、それでは対応しきれないときに人事労務管理スタッフが介入することが望ましい。
メンタルヘルス不調を防止するための職場サポート
企業が相談窓口を設置しても、従業員から相談が来るのを待つだけでは功を奏することはない。上司や衛生管理者(衛生推進者)が、日頃から職場巡視をして従業員に声掛けをすることが、安全配慮義務の履行につながる。相談活動を充実させ、高ストレス者やメンタルヘルス不調者の勤務実態や健康状態に関する「変化」を見逃さないようにする。そして、労働者自身がストレスに気づいて対処できるようにするとともに、職場でのサポートに結びつけなければならない。近頃、職場の支援態勢がなかったことがストレス要因であるとして、労働者の自殺を業務災害と認める裁判例が相次いでいる。メンタルヘルス不調による退職や自殺という不幸な転帰を防ぐには、米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の「職業性ストレスモデル」で、職場ストレス要因の緩衝要因として挙げられている社会的支援(ソーシャルサポート)が重要となる。企業での社会的支援とは、すなわち職場の上司や同僚からの支援・協力である。
また、業務上のストレス要因に職場の人間関係によるストレス要因が加わると、休職する割合が増加したことが報告されている。その反対に、職場の人間関係が良好であり、同僚や上司の支援・協力が得られるのであれば、業務上のストレス要因があっても緩衝要因が機能するので、休職のリスクが減少するのだ。
職場でのサポートは、上司や同僚ができる範囲のものであり、職場内で問題解決策を練るといったこととは異なる。本人の話に耳を傾け、助言をし、業務を手伝うことだけでなく、産業医との面接や専門医への受診をすすめたり、相談機関の情報を提供したりすることもサポートである。
企業がシステム構築などに多額の費用を投じて業務環境を整えようとしたとしても、それだけではメンタルヘルス不調の防止には足りない。その一方で、職場巡視や声掛けによる相談対応は費用がかからない。地道でアナログではあっても、人によるアプローチも併用することが望ましい。