近年、組織開発やチームビルディングの分野で「心理的安全性」というワードへの注目度が高まっている。これは、自分の意見や考えを気兼ねなく発言できる状態を意味する。「心理的安全性」が高まれば、さまざまな意見を引き出すことができ業務の改善や業績の向上につながりやすくなるなどのメリットがある。しかし、一方で正しく理解せずに施策に取り組めば、ただのぬるま湯体質の組織となってしまう恐れもある。そこで本稿では、「心理的安全性」の意味やぬるま湯組織との違い、高める方法、各企業での事例などについて詳細に解説していきたい。
Team at work. psychological safety

「心理的安全性」の意味や定義

最初に「心理的安全性」の意味や定義から説明したい。

●「心理的安全性」とは

「心理的安全性(psychological safety)」とは、会社や組織の中で自分の意見や気持ちを誰に対しても安心して表現できる状態を指す。ビジネスシーンでは、自分の発言によって上司や同僚との関係性が気まずくなったり、拒絶や批難をされたりすることがないという確信が共有された状態を言う。

提唱したのは、組織行動学者でハーバード大学のビジネススクールで教鞭を執るエイミー・C・エドモンドソン氏だ。エドモンドソン氏は1999年発表の論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」にて、以下のように心理的安全性に言及している。
Team psychological safety is defined as a shared belief that the team is safe for interpersonal risk taking.
(心理的安全性とは、対人関係でのリスクのある言動に対して、安全であるという気持ちがチーム内で共有されている状態と定義される)

●「ぬるま湯組織」との違い

「心理的安全性」は、ぬるま湯組織とは意味合いが違う。ぬるま湯組織では、職場での緊張感がないという居心地の良さを維持するために、敢えて自分の意見を言わなかったり、相手の間違いに目をつむったりする。一方で、「心理的安全性」が高い組織では、意見の対立を決して恐れない。むしろ、間違いがあれば指摘することを良しとするだけに、コミュニケーションが活発になりやすい。

また、ぬるま湯的組織に所属するメンバーはいずれも成長意欲が低いが、「心理的安全性」では目標達成意欲が高いという違いも見られる。

特徴 心理的安全性の高い組織 ぬるま湯組織
コミュニケーション 意見交換が活発で、反論や異論も歓迎される 表面的な会話が多く、深い議論が避けられる
フィードバック 建設的なフィードバックが頻繁に行われる 批判を避け、ポジティブな面ばかりが強調される
チャレンジ 新しい挑戦やリスクを歓迎する 現状維持が優先され、挑戦を避ける
学習と成長 失敗から学び、成長を重視する 成長の機会が少なく、学習意欲が低い
リーダーシップ リーダーがメンバーの意見を尊重し、支援する リーダーシップが曖昧で、指示待ちが多い


「心理的安全性」が注目される理由

「心理的安全性」が世界的に注目された背景には、Googleの研究成果発表がある。同社は2012年から、より生産性の高い働き方を探るために、「プロジェクト・アリストテレス」と呼ばれる取り組みを行い、社内の180にも及ぶチームを調査。その結果、「生産性が高いチームは心理的安全性が高い」ことを導き出した。以来多くの企業が個々の能力や働き方、仕事量、在職期間に重きを置くのではなく、「心理的安全性」をいかに高めるかという施策に取り組んでいる。

「心理的安全性」が低いことで生まれる4つの不安

「心理的安全性」が低いと職場にどんな問題が起きるのか。ここでは、4つの不安を取り上げたい。上述のエドモンドソン氏がスピーチフォーラム「TED」で紹介した「心理的安全性を損なう要因と特徴行動」が以下だ。

●無知だと思われる不安

何か質問をしようとしても、相手から「この程度も知らないのか」と言われるのではないかという不安が過ると、ためらってしまうものだ。結局、わからないことは放置されたままなので、ミスが起きる確率が高まることになる。

●無能だと思われる不安

仕事ではミスや失敗はつきものだ。だが、相手から「仕事ができないと思われたくない」と考えると、ミスや失敗を上司に報告しなくなったり、責任を他者に転嫁したり、そうした事実がなかったように振る舞う可能性がある。当然ながら、新しい試みをしなくなるので、イノベーションも創出されなくなる。

●邪魔だと思われる不安

誰もが、集団の中では自分という存在を否定されたくないと考えがちだ。会議の場でも、「自分の発言や意見が、議事進行を妨げることになるのでは」などと思ってしまうと、何も言えなくなってしまう。アイデアや提案なども出なくなるし、お互いに何を考えているのかもわからなくなるので、チームとしての一体感は薄れるだけだ。

●ネガティブだと思われる不安

改善案を発言したくても、「他の人の意見を否定・批判していると思われたくない」「文句ばかりをいう、ネガティブな人と捉えられるのは困る」と考えてしまうと、意見があっても何は言わなくなるはずだ。せっかく、アイデアをブラッシュアップする機会があっても、それを活かしきれなくなってしまう。

「心理的安全性」が高いことによるメリット

一方、「心理的安全性」が高いと職場にどのようなメリットがもたらされるのかを整理したい。

●個人・チームのパフォーマンス向上

まず、一つ目はパフォーマンスの向上だ。「心理的安全性」が高い職場だと、自分の意見や存在を尊重してもらえているという安心感が持てるので仕事に思い切り専念できる。また、チームの目標達成に向けて、互いに気づいたことを発言し、新たな知見を得ることができる。結果的に、個人のパフォーマンスがアップし、仕事を効率的に進められ、会社としての業績向上につながりやすい。ミーティングの場でも、それぞれが自分の考えや意見を忌憚なく発言できるので、納得感も高まり成果を導きやすいと言える。

●コミュニケーションの活発化と円滑化

常に不安を抱きながら相手とやりとりしていては、言いたいことも言えなくなってしまう。その点、「心理的安全性」が高いと誰もが気兼ねなく発言できるので、メンバー間でコミュニケーションがしやすくなる。当然ながら、目標達成や課題解決に向けた建設的な議論が増えるだけに、知識やノウハウの共有も活発化し、チームのレベルアップに繋がりやすくなる。

●従業員エンゲージメントや定着率の向上

心理的に安全な職場では、従業員一人ひとりが自分らしさを発揮することができる。仕事もより楽しくなるだけに、組織への愛着心が自ずと深まり、エンゲージメントも高くなる。その結果として、定着率が向上するため、人材の流出を防ぐことができる。どの企業も人手不足には悩んでいるだけに、従業員のエンゲージメントを高めて離職を防ぐ取り組みをぜひ実践したい。

●イノベーションの創出

職場での「心理的安全性」が高いと、さまざまな価値観や考え方などが認められやすいので、多様な人材が活躍できる。また、新たな視点・角度からの提案や意見もしやすいので、既存になかった解決策を導けるかもしれない。新規事業や業務改善につながり得るイノベーションも創出しやすくなる。

●問題の早期発見

「心理的安全性」が確保されていると、自分が犯したミスや失敗を素直に受け入れることができる。「隠し立てをしよう」、「自分にとって都合良く報告しよう」という気持ちも起こらないので、経営陣や上司は問題を早めに察知し、トラブルが大きくなる前に解決できるようになる。

「心理的安全性」の高め方【役職別】

「心理的安全性」を高めるメリットが理解できたところで、実際にどんな施策が有効なのか、役職別に見ていきたい。

【経営・人事担当者】

●評価基準の見直し

不公平さを感じさせる評価基準にしていると、チーム内で妬みが生まれやすくなる。また、成果だけを評価すると新たな挑戦をしなくなってしまう。それだけに、「心理的安全性」を維持できているかどうかを確認するためにも、定期的に評価基準を見直す必要がある。

●OKRの設定

OKRとは、目標管理手法の一つだ。まず企業全体の目標を設定し、次に企業目標を達成するために必要なチームや個人の目標を細分化して設定する。これによって、企業とチーム、個人の目標が明確になるため、目標達成に向けたチームとしての協力体制を構築しやすくなる。

●ピアボーナスの導入

心理的安全性を高めるには、「自分がチームの一員として認められている」と承認してもらえることが重要だ。その意味では、ピアボーナスの導入がお勧めだ。これは、メンバー同士で報酬や贈り物をしあう制度を指す。報酬を受け取る側と送る側、その両方が「心理的安全性」を高めることができる。

●尊重や協力の風土を醸成

「心理的安全性」を実現するには、ベースとなる企業文化や風土が醸成されていなければいけない。例えば、「相手を尊重しながら対等に自分の意見や気持ちを伝えよう」と従業員に呼び掛けたとしても「この職場には、そんなかけらもない」と誰もが思っていたら、何にもならない。新人を迎えるにしてもそうだ。全員で新人をサポートしていこうという共通した認識があってこそ、「心理的安全性」を高めていける。

●管理職・リーダー研修の実施

管理職やリーダー層を対象として、「心理的安全性」をテーマとするマネジメント研修を行うのも一案だ。どのように部下とコミュニケーションをすれば良いか、どんな心構えで臨めば良いかなどを学び、それを実践することで、チームのマネジメント・スタイルがより良くなっていくはずだ。

【マネージャー・リーダー】

●相談しやすい環境の整備

チームリーダー自らが、相談や発言をしやすい雰囲気を作り上げていくことは重要だ。メンバーは安心して発言できるようになる。例えば、雑談の時間を積極的に設けるだけでも良い。また、部署を越えて有志が参加できる勉強会を開催するのも有効だ。「心理的安全性」を日常的に体感できる機会を作るようにしたい。

●1on1の実施

日ごろから積極的に1on1ミーティングを行い、上司と部下が1対1で話す時間を設けるのもお勧めだ。仕事の話題だけに絞る必要はない。プライベートなことも含めて悩みを話し合うことができれば、お互いの距離感がぐっと縮まるはずだ。上司が自分の意見や考えに耳を傾けてくれると、部下としては嬉しいに違いない。信頼関係を構築する良いきっかけになることであろう。

●発言機会の提供

ミーティングの場では、特定の人しか発言しない場面に陥りがちだ。「意見を言っても聞いてもらえない」。「どうせ声の大きな人の意見が通ってしまう」など、理由は色々考えられる。これは、極力避けたい。そのためにも、司会者が一人ひとりに発言を促すことが重要だ。均等に発言の機会が与えられていると認識できれば、参加意識は高まるはずだ。

●否定をしない

チームとして目指すパフォーマンスを発揮できないと、「どうして目標を達成できなかったのか」「誰が足を引っ張ったのか」など、否定的な視点でメンバーに反省を促すチームリーダーがいたりする。後から犯人捜しをしても意味がない。それよりも、「次はどうしたら良い結果が得られるのか」という問題解決の視点でメンバーと相対した方が良い。

【より詳しく知りたい方はコチラ】
「心理的安全性」を測定する7つの質問や高める方法

「心理的安全性」の取り組み企業事例

最後に、「心理的安全性」の向上につながった事例をいくつか紹介したい。

●メルカリ

メルカリは、従業員同士の満足度やチームワークの向上につながる施策を実施している。具体的には、「メルチップ」を導入している。これは、コミュニケーションツールであるSlackを活用して、他拠点や他部署の従業員に賞賛や感謝の気持ちを込めて一定額の金額を贈り合える取り組みだ。

●三井住友海上火災保険

三井住友海上火災保険では、「心理的安全性」を確保する施策として「コミュニケーションカード」という独自のツールを活用している。これは60枚のカードから構成されており、それぞれに「誠実」、「一体感」などの価値観が記されている。それらをババ抜きの要領で選び抜いていき、5枚のカードが手元に残った時点で、カードに書かれている価値観がなぜ大切かを自分なりに説明していく。ゲーム感覚でお互いの価値観を知り合えるのが、ポイントとなっている。

●ピクサー・アニメーション・スタジオ

ピクサー・アニメーション・スタジオでは、会議の場で4つのルールを設けている。具体的には、決定権は監督にある。制作に取り組んでいるメンバーが監督にフィードバックをする。互いの成功に責任を持つ。正直な意見のやりとりをする。いずれも目的は、会議での議論を盛んにすることだ。立場や肩書に左右されず、あくまでもこうしたルールに則り、どうしたらもっと面白い作品になるかを議論していく。そうした環境だからこそ、「トイ・ストーリー3」を始めとする名作が同社から多数誕生している。

まとめ

昨今は、オフィス回帰への動きも見られるが、コロナ禍をきっかけに広がったテレワークやオンライン会議はなくなることはない。「コミュニケーションが取りにくくなった」と嘆くマネージャーも多いが、それは部下も同様だ。なので、対面よりも「心理的安全性」を確保する努力が求められる。

例えば、短時間でも良いのでオンライン上での1対1の話し合い場を頻繁に確保するのもアイデアだ。仕事の話だけに限定することはない。時には、プライベートに特化する場があっても面白い。意外な一面が見えるかもしれない。また、お互いに感謝の意を示し合う場にしてみるのはどうか。「あの時に、こんなことをしてもらって嬉しかった、助かった」などと、感謝の気持ちを伝えあうことで、自分を見てくれている、認めてもらえているといった喜びを得られるはずだ。小さな取り組みでも継続していくことで、「心理的安全性」が組織に浸透・定着していける。人事としても、「これは」と思える施策があったらぜひ実施していってほしい。

よくある質問

●「心理的安全性」の4つの不安とは?

ハーバード大学の組織行動学者であるエイミー・C・エドモンドソン教授によれば、「心理的安全性」が低い職場では、多くの従業員が自己印象操作を行い、本当の自分を偽って働いているという。同教授はスピーチフォーラム『TED』で心理的安全性が低いことによって、「無知だと思われる不安」、「無能だと思われる不安」、「邪魔をしていると思われる不安」、「ネガティブだと思われる不安」という4つの不安による行動特徴が表れると発表した。

●「心理的安全性」の高い職場とは?

「心理的安全性」の高い職場は、上司や同僚の反応に怖がったり、恥ずかしいと感じたりせず、自然体の自分を隠すことなく全てオープンにできる状態である環境を言う。「ぬるま湯組織」と違い、意見の対立を決して恐れない。むしろ、間違いがあれば指摘することを良しとするだけに、コミュニケーションが活発になりやすい。

●「心理的安全性」の高い職場を作るメリットは?

「心理的安全性」の高い職場を作ることで、「個人・チームのパフォーマンス向上」、「コミュニケーションの活発化と円滑化」、「従業員エンゲージメントや定着率の向上」、「イノベーションの創出」、「問題の早期発見」などのメリットがある。
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