「労災保険」に加入していると、業務中や通勤途中での事故によって労働者が傷病や傷害、死亡してしまった際に、労働者本人や遺族に保険料が支給されることになっている。雇用保険とは異なり、すべての労働者が対象となるので短時間勤務のパートやアルバイトにも適用される。いざという時に、重要となる公的保険制度と言って良い。人事担当者であれば、「労災保険の補償内容を理解していない」、「どの範囲まで補償されるのかよく知らない」ということは避けたいところだ。そこで、本稿では「労災保険」について、その定義に始まり、加入条件、適用範囲、保険金額、保険料の計算方法、申請方法まで幅広く解説していこう。
怪我をする男性と診断書

「労災保険」とは

「労災保険」とは、労働者を守るための公的な保険制度で社会保険の一つで、労働者が業務中や通勤中に万が一事故に遭ってしまい、怪我や病気、傷害、あるいは死亡してしまった場合に、労働者本人や遺族が一定の給付金を受け取ることができる。正式には「労働者災害補償保険」と言うが、「労災」と略して呼ばれることが多い。原則的には、業種や企業規模にかかわらず制度への加入が義務付けられている。

●雇用保険との違い

雇用保険と「労災保険」では、そもそも制度の目的が異なる。雇用保険は、失業した労働者の生活を守り、再雇用へと繋げる保険制度だ。一方、「労災保険」は、労働災害によって傷病を被った労働者を保護する保険制度となる。また対象者も異なる。雇用保険の場合には、月の雇用時間や日数などに関して一定の条件を満たしていなければならない。これに対し、「労災保険」は雇用形態や雇用日数は関係ない。なので、労働時間が短いパートやアルバイトだけでなく、日雇い労働者であっても対象者となる。

「労災保険」の適用対象となる災害の種類

次に、「労災保険」の適用対象となる災害について紹介したい。

●業務災害

業務災害とは、労働者が業務を行うことによって被った怪我や病気、傷害、または死亡を言う。適用されるには二つの要件が認められる必要がある。一つが業務遂行性。業務中、あるいは業務中でなくても事業主の管理下にあること。もう一つが業務起因性。こちらは発生した災害と業務に因果関係があることを言う。なので、勤務時間中であっても私的な行動や故意が原因となる場合には適用されない。

●複数業務要因災害

複数業務要因災害は、労働者が複数の事業場で業務を遂行したことによって生じた傷病を言う。脳・心臓疾患、精神障害などが対象となる。

●通勤災害

通勤災害とは、労働者が通勤・帰宅途中や所定の場所への移動中に怪我や病気、死亡することを言う。単身赴任先と帰省先の移動中や就業場所からほかの就業場所への移動中なども含まれる。

「労災保険」の加入条件と対象者

続いて、「労災保険」の加入条件と対象者について触れたい。

●「労災保険」の加入条件

労働者を一人でも雇用している事業場は、「労災保険」に加入することが義務付けられている。これは強制適用事業場と名付けられていて、保険料も全額事業場が負担することとなっている。

●「労災保険」の対象者

「労災保険」の給付対象者は、すべての労働者となる。よって、パート・アルバイト・日雇労働者なども含まれる。他にも、派遣労働者(派遣元事業場で適用)、海外出張者なども対象者となる。

●特別加入制度とは

特定の条件を満たしている事業主や自営業者が例外的に「労災保険」への加入が認められる制度を言う。特定の条件を満たす中小事業主や一人親方および自営業者、特定作業従事者、海外派遣者などが該当となっている。

「労災保険」の適用範囲と給付額

「労災保険」は補償の種類がさまざまあり、それぞれで適用される給付内容と給付額が異なってくる。個別に見ていこう。

●療養(補償)給付

労災による怪我や傷病で療養が必要な場合に受けられる給付だ。具体的には、治療費や入院費、薬代や通院時の交通費などが給付の対象となる。療養にかかる費用全額が給付される。

●休業(補償)給付

傷害の療養で働くことができず、休業せざるを得ない場合に受けられる給付だ。休業4日目から1日あたり給付基礎日額の60%相当額が支給される。併せて、休業特別支給金として休業4日目から1日あたり給付基礎日額の20%相当額が支給される。

●傷病(補償)給付

傷病が療養開始後1年6ヶ月を経過しても治癒していない、あるいは傷病による障害が傷病等級に該当する際に受けられる給付だ。

給付額は、1級で給付基礎日額の313日分、2級で277日分、3級で245日分。傷病特別支援金として114万円~100万円の一時金を、傷病特別年金として算定基礎日額の313日分~245日分の年金が支給される。

●障害(補償)給付

傷病が治癒した段階で残った傷害のレベルに応じて受けられる給付だ。例えば、障害等級第1級~第7級の場合は、給付基礎日額の313日~131日分の障害(補償)等年金が、第8級~第14級の場合は給付基礎日額の503日~56日分の障害(補償)等一時金が支給される。

●遺族(補償)年金

労災事故により死亡したときに遺族年金として給付される。以下の2種類がある。
(1)遺族(補償)等年金:労働者の死亡当時、その収入によって生計を維持していた一定の範囲の遺族に対し支給。
(2)遺族(補償)等一時金:労働者の死亡当時、上記の遺族(補償)等年金を受ける遺族がいなかったり、受給権者のすべてが失権したりした場合、一定の範囲の遺族に対して支給される。

●葬祭給付

労働者が死亡し葬祭を行う場合に給付される。給付額は315,000円に給付基礎日額30日分を加算した額、または、その合計額が給付基礎日額の60日分に満たない場合、給付基礎日額の60日となる。

●介護(補償)給付

障害補償年金または傷病補償年金受給者のうち、第1級または第2級の精神・神経障害および胸腹部臓器の障害があり、現に介護を受けている場合に給付される。例えば、常時介護の場合は介護費用として支出した額を支給。ただし、上限は172,550円。親族などにより介護を受けていて介護費用を支出していない場合、または支出額が77,890円を下回る場合は77,890円となる。

●二次健康診断等給付

事業主が行った直近の定期健康診断で、以下のいずれにも該当する場合に給付される。
(1)血圧、血中脂質、血糖、腹囲またはBMIの検査すべてで異常があると診断された
(2)脳血管疾患、または心臓疾患の症状がないと認められた
このケースでは、二次健康診断および特定保健指導が年に1回無料となる。

「労災保険」の加入手続き

ここからは、「労災保険」の加入手続きについて見ていこう。

●「労災保険」の加入手続きについて

「労災保険」に加入するためには、必要な書類を所定の機関に提出しなければいけない。

(1)保険関係成立届
所轄の労働基準監督署、または公共職業安定所に保険関係の成立翌日から10日以内に提出する。

(2)労働保険概算保険料申告書
所轄の労働基準監督署、または全国の銀行・信用金庫・郵便局のいずれかに、保険関係の成立翌日から50日以内に提出する。

ただし、一元適用事業か二元適用事業かによって、「労災保険」と雇用保険の適用の仕方を区分しなければならないので、書類の提出方法も異なってくる。

●一元適用事業

一元適用事業は、「労災保険」と雇用保険を一元的に取り扱う事業だ。上記に挙げた2つの書類以外に、雇用保険適用事業所設置届を所轄の公共職業安定所に設置の日の翌日から起算して10日以内、雇用保険被保険者資格取得届を所轄の公共職業安定所に資格取得の事実があった日の翌月10日までに提出しなければいけない。

●二元適用事業

二元適用事業は、「労災保険」と雇用保険の適用の仕方を区分しないといけない事業だ。農林漁業や建設業が該当する。提出書類は、「労災保険」に加入手続きの項で述べた通りとなる。

「労災保険」の申請方法

ここでは、「労災保険」の補償を受けるための申請方法を説明したい。以下の3つの手順が必要となる。

(1)請求書を入手

最初に、申請にあたり必要な請求書を所轄の労働基準監督署、あるいは厚生労働省の公式ホームページから入手する。請求書は補償の種類によって異なるで、注意しなければいけない。

(2)請求書に記入

次に、入手した請求書に企業または労働者本人が必要事項を記入する。ただし、いずれであっても事業主の証明は必須だ。補償の種類によっては、治療を受けた医療機関や傷病名などを書かなければいけないことがある。申請書には事業主の署名欄もあるので、署名漏れがないようにしたい。

(3)労働基準監督署へ提出

申請書と添付書類が準備できたら、労働基準監督署に提出する。その後は、労働基準監督署が申請内容に不正がないか調査する流れになっている。その調査の結果、問題がなければ支給が認められる。もし、労災が認められない場合には、医療費は労働者の負担(健康保険適用)となる。

労災保険料率と計算方法

最後に、労災保険料率とその計算方法についても紹介したい。

●労災保険料率

労災保険料は全従業員の前年度1年間の賃金総額×労災保険率で算出される。なお、労災保険率は業種ごとに設定されていて、その設定幅も88/1,000~2.5/1,000と異なっている。
労災保険率表

引用:厚生労働省「労災保険率表」

●労災保険料の計算例

例えば、従業員が5人の事業場、労働者の平均給与が600万円、業種は金融業、保険業又は不動産業であった場合の保険料率は2.5/1000となるので、計算式は以下のようになる。

600万円×5×0.25%=75,000円


この金額を雇用保険料と一緒に支払うのが基本だ。

まとめ

どれほど安全性に配慮したとしても、すべての事故や突発的なアクシデントを避けることは難しい。加えて、近年は労働者の心身への配慮も欠かせなくなってきている。こうした中、万が一の事態に備え労働者が安心して働くための制度となるのが「労災保険」だ。働きやすい職場づくりへの一丁目一番地と言っても良い取り組みといえる。なので、その重要性を改めて理解するようにしたい。

よくある質問

●「労災保険」とは? 誰が払う?

「労災保険」とは、労働者が業務中や通勤中に万が一事故に遭ってしまい、怪我や病気、傷害、あるいは死亡してしまった場合に、労働者本人や遺族が一定の給付金を受け取ることができる制度。労働者の安全と生活を守ることを目的としている。この保険料は事業主が全額負担し、労働者は負担しない。

●労災保険でどこまで補償されるのか?

「労災保険」の補償範囲は、療養(補償)給付、休業(補償)給付、傷病(補償)給付、障害(補償)給付、遺族(補償)年金、葬祭給付、介護(補償)給付、二次健康診断等給付と、多岐にわたる。また、休業補償に上限はなく、労働ができる状態になった場合、あるいは労働災害による怪我や病気が治った時点で支給が終了する。
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