最近よく耳にする言葉に「自己実現」というのがある。コンテクストとしては、「この会社では『自己実現』が難しい」、「『自己実現』するために転職したい」などであろうか。この場合の「自己実現」とは何を意味し、どのような意味が込められているのだろうか。由々しきことは、このような意識をもって退職・転職を繰り返すことの危うさに気づいていないことのような気がする。
退職・転職につながる「自己実現」の正体と人間が持つ5つの欲求とは

人間関係の疲れが「自己実現を求めての転職」につながる?

この「自己実現」が組織に属する会社員であれば、まだ理解はできる。想像するに、それは「昇進」、「昇格」、「金銭的報酬」、「充実した仕事」などであるだろうから。「何歳までに課長や部長になる」、「何歳の年収の目標は1,000万円」、「いついつまでに○○制度の運用を軌道に乗せる」などが「自己実現」に当たるのだろう。これらは、一定の基準・水準が用意されていることも多いから、「自己実現」できるか否かは別にして、それに向かって行動していくことはできるだろう。しかし、「自己実現」の対象が曖昧模糊としたものであれば、話がややこしくなってくる。

どのような項目がそれにあたるかは一概に決めつけられないが、筆者の勝手な想像を働かせれば、それは「スキルアップを図る」、「想像力を育む」、「ボランティアによる社会貢献を果たす」などが当たるのかもしれない。それぞれ、自己成長、自己充実感、他者評価がコネクトしているわけだ。

人によって「自己実現」の形は様々であろう。自分にとって意義のあることを見つけ、それに取り組むことは大切だが、定量的に把握することができない事項を対象にすれば検証は難しい。

スキルアップやボランティアは他者から評価されないことも多く、自己満足に陥る危険性も高い。また、想像力を育むにしても、それが明確にアウトプットにつながるとは限らず、そうすると検証も何もあったものではない。いずれも、最良の道を辿らなければ、フラストレーションが積もるだけで終わってしまいかねない。

そもそも会社は、資本主義社会の論理でプレゼンスを発揮するのが目的である。つまり、利益を上げなくてはならない。利益を上げれば、それが次の投資の財源となり、拡大再生産につながる。また、社会的信用を得て、資金調達も容易になる。さらには、不況となっても利益剰余金が会社の存続を助けてくれる。そのような環境の中で、社員誰しもが会社の論理を理解しながら折り合いをつけようと努力しているのが現実である。

会社に閉塞感があり、上司、同僚、部下との人間関係に理不尽さがあることなど分かっている。しかし、会社で働く限りは、そのような環境と折り合いをつけるのも真理である。しかし、折り合いをつけられない人は、「この会社では『自己実現』が難しい」と観念し、足早に退職、転職を繰り返す。会社の論理は、どこもそう変わらないにもかかわらず。

「自己実現欲求」の前にある4つの欲求

そもそも人間には「自己実現欲求」があると提唱したのは、アメリカの心理学者アブラハム・ハロルド・マズローである。マズローは、人間が自分らしい生き方をするうえで満たすべき欲求を5段階に分類している。これが有名な「マズローの欲求5段階説」である。

マズローは、人間の欲求には5つの階層があり、食欲や睡眠欲といった生存に関わる「生理的欲求」が満たされて初めて、「安全でありたい」という「安全欲求」が生まれるとしている。さらに上位の欲求として、「社会的欲求」と「承認欲求」といった、孤立せずに集団に属したい、仲間が欲しいという欲求が生まれると説いた。

これら「生理的欲求」、「安全欲求」、「社会的欲求」、「承認欲求」の上位に位置するのが「自己実現欲求」である。下位の4階層の欲求が満たされて初めて、「自己実現をしたい」という欲求が生まれるとしている。

「自己実現」は、短絡的に「自分のやりたいことが好き勝手にできる状態」を指すものではない。マズローの定義では、「偽りのない自分の姿で好きなことをして、それが社会貢献につながる状態」が「自己実現」であるとされている。「やりたいことはできるが人の迷惑になるような状態」は、決して「自己実現」ではないのだ。この「自己実現欲求」を満たすには、絶対に必要なプロセスがある。それは、下位にある4つの欲求を満たすことである。

「生理的欲求」と「安全欲求」
まずは、人間らしい健康で安全な生活が担保できなければ、上位の欲求が芽生えることはない。

「社会的欲求」
人間は孤立した状態を忌避し、何らかの組織や関係性に所属することを心地よく感じる生き物である。従って、そのような組織やコミュニティの一員になることを求める。

「承認欲求」
「社会的欲求」が満たされると、次は他人から認められたい、自分の価値を認めて欲しいという願望が生まれる。誰もが実体験していることかもしれない。マズローの理論では、この「承認欲求」までを「欠乏欲求」とし、これらの欲求が欠けると人は不安や緊張を感じるとされている。

以上の4つの欲求を土台として生まれるのが「自己実現欲求」である。繰り返しになるが、これには注意点もある。それは、目標が必要なことであり、自分がやりたいこと=社会貢献につながる目標がなければならない。そうして初めて「自己実現」に向けた行動が生まれるのである。決して、短絡的に「自己実現」を捉え、拙速に行動することは戒めたい。
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