「問いを立てる力」がリーダーシップには不可欠
デジタルマーケティング事業を展開する株式会社Canvasは、2024年3月から新たにスポーツビジネス事業を開始した。そのスポーツビジネス事業部のサービス第一弾『BuilDoor(ビルドア)』が手掛けるのが、『プロスポーツから学ぶ“成⻑する”組織の作り方』だ。HR領域とスポーツを掛け合わせた、企業向け人材育成プログラムである。同プログラムは、ファシリテーターの福富 信也 氏(株式会社Humanergy代表取締役)が投げかけるテーマに対して、参加者がディスカッションを重ねながら進行していくスタイルだ。必ずしも正解・不正解を出すのではなく、対話をすることで頭の中を整理しながらテーマについて深く探求していくのが、このプログラムの理念である。
6月28日に開催された第3回では、元サッカー日本代表の石川 直宏 氏(現・FC東京コミュニティジェネレーター)をゲストスピーカーに迎え、組織の成長過程やセルフアウェアネスについてのディスカッションが行われた。ここでは「組織で働くための自己理解の必要性」や「問いを立てることの重要性」についての内容をお届けしよう。
福富氏がこの回を通して最も強調したのが「問いを立てる力」だ。「人間は質問をされることで思考を深めることができる。つまり自己理解を深めるためには自問自答を繰り返すことが重要だ」と説く。
問いを立てる力はリーダーシップにもつながる。福富氏は「組織を導くのはリーダーだが、じゃあリーダーを導くのは誰か。それは自分自身。自己理解ができていないリーダーは、メンバーにコンセプトを打ち出すことはできない」と主張した。自分を理解しているからこそ、部下に良い問いかけができるのだ。
また、具体的な目標を設定するうえでも自分への問いかけが肝心だという。この日のプログラム内では、世界で活躍するアスリートの小学校時代の卒業文集が紹介された。それは、一流アスリートが学生時代にいかに具体的な目標を設定していたかが分かるものだ。いずれの夢も、いつどんなステップを踏んで、最終的にどうなっていたいかが明確だった。
福富氏は一流アスリートの例を示したうえで、「自問自答がちゃんとできる人は、プロセスを具体的に描くことができる。多くの人は小さい頃に”プロ野球選手になりたい”といった夢を持つが、それは漠然としすぎていて、階段として高過ぎる。しかし、自分に問いを投げかけている人は、その夢に到達するまでに必要なスモールステップが見えてくる」と話す。自分を深く理解することで、目指すべき道と、その過程を段階的に捉えることができるため、必要な努力も定量的に把握できるのである。
チームビルディングの専門家である福富信也氏。Jリーグの北海道コンサドーレ札幌やヴィッセル神戸など数々のプロスポーツチームでチームビルディングを指導してきた。現在は株式会社Humanergyの代表取締役と東京電機大学理工学部の教員を務めながら、2024年からはFC東京のアドバイザーに就任。
「問いを立てる力」を養うのに欠かせない”ポジティブ転換”
では、いかにして「問いを立てる力」を養えばいいのか。福富氏と石川氏の言葉から見えてきたのは、ポジティブへの転換と語彙力である。自問自答をするなかでネガティブに考えてしまうことは少なくない。アスリートと同じようにビジネスでも挫折を経験することはあるだろう。そんな時に人はネガティブに考えてしまいがちだ。そこで福富氏は「ネガティブに考えてしまう時は、問いの仕方を変えてみると良い」と言う。
「”なんで俺はできないんだろう、なんでダメなんだろう”とダメな理由ばかりを考えたり、”あいつはなんで〇〇なんだろう”と他責思考になったり、それらはあまり良い方向にはいかない。例えば、”どうすれば上手くいったかな”などと問い方を変えてみると良い」と福富氏は語る。ネガティブに捉えがちな事柄でも、自らを奮い立たせるためにポジティブな質問に転換することも、「問いを立てる力」なのである。
元サッカー日本代表として活躍しながら、度重なる怪我に苦しんだ石川氏も前向きな自問自答の重要性に同調する。2010年の南アフリカ・ワールドカップへの出場を目指していた石川氏は、前年に左膝前十字じん帯断裂の怪我を負い、その影響もあって本登録メンバーに入ることはできなかった。2015年にはドイツでの親善試合で同じ箇所を負傷し、長期離脱を強いられた。結果的にこの怪我が原因となり2017年シーズンでの引退を決意したが、それ以外にも現役時代は、何度も怪我をしては、それを乗り越えてきた。そんな18年の現役生活を振り返りながら、以下のように語っている。
「何度も怪我をしてネガティブになることもあった。しかし”復帰できなかったら……”と怪我が治るか治らないかに捉われるよりも、復帰した先に何があるかを見据え、そのために自分が今できることはなんだろう、と前向きに考えるようにしていた。現実を受け入れ、そのなかでできることをどう増やしていくか自問自答する。その積み重ねの先にどんな世界を見られるかがモチベーションになった」
こうした石川氏の言葉からも、ポジティブな自問自答がモチベーションの源泉となっていることが分かる。
元サッカー日本代表の石川直宏氏がゲストとして参加。JリーグのFC東京などで18年に渡りプロとして活躍した。2017年シーズンをもって現役を引退し、現在はFC東京のコミュニティジェネレーターとして、地域社会との連携強化や課題解決をサポートする役割を担う。
思考を妨げる「語彙不足」
自問自答するときに「問い」と併せて重要なのが、「語彙」だと福富氏は力説する。「言語にはふたつの使い方がある。ひとつは、他者とのコミュニケーション。もうひとつは自分の思考を深めるため。人間は疑問を持ち、考えて、答えを導き出そうとする時に必ず言語を使っている。そのため言葉が行き詰まったら思考が止まる。語彙を増やし、言葉が出てこなくて行き詰まったときに、どれだけ言い換える言葉を持っているかが重要」
つまり正確に言語化することが、深い自己理解につながるということだ。福富氏は、「自問自答を繰り返して自己理解を深めると、他者との違いが明確になるため、集団の中でプレゼンス(存在感)が高まってくる」と、自己理解が組織の中で自分を活かすきっかけにもなると話した。
さらに続けて福富氏は以下のように指摘する。
「自分のことを感覚派だと思っている人は、何を聞いても”なんとなく”と答えることがある。しかし、それは本当に感覚なのか。言語化する語彙が不足しているだけではないか」
例えば、スピードが特長のサッカー選手がいるとする。しかし、一言でスピードと言っても、加速が得意な人、初速の勢いがある人、ドリブルのスピードが落ちない人など様々だ。1つのサッカーチームに、スピードを特長とする選手は5人程度はいるものだ。
そこで、なんとなくスピードが特長だというだけでなく、どんなスピードなのかまで深く理解する必要がある。加速が得意であれば、広いスペースがあるほうが活きるし、初速に自信がある人は小さなスペースで相手をかく乱することができる。このように自分を深く理解することで、自分の特長が活きる環境が分かってくるからだ。
この例を踏まえ、福富氏は「深い自己理解こそがチームで働くための第一歩」だと語った。
これに合わせて石川氏は、自己理解をしながら組織の中での輝く方法を話した。「自分は何を成し遂げたいのか、自分なら何ができるかを自分に対して問う。そう考えるとエネルギーが生まれる」とし、「次にファンやサポーター、チームメイトと話して”自分に何が求められているか”を明確にすることで、そのエネルギーがさらに増幅していく。自分の中で問いを多く持って、エネルギーを貯めて、それを周囲との対話で焚きつけていくことで、組織のなかで自分らしく活躍できるのではないかと思う」と続けた。
(1)自問自答することで自己理解が深まる
(2)組織の中での自分の特徴が明確になる
(3)自分の特徴を果たすことが“役割”になる
(4)個々が役割を持つことでチームワークが生まれる
つまり個々の自己理解が、ひいては組織としてのパフォーマンス向上につながるのである。それはスポーツもビジネスも変わらない。だからこそファーストステップである自問自答を怠ってはいけない。福富氏は講義の中で「日々忙殺されて自問自答できていない人は、週に1回30分でも“自分会議”の時間として押さえてしまう」ことを推奨する。「お客様と打ち合わせをすることと同等かそれ以上に自分の軸を作るのは大事。自分を理解していなければ、他者と何かをするのは難しいからだ」という。人事担当者としては、自分自身を見つめ直すのももちろん、自己理解の重要性を従業員に働きかけてみてはいかがだろうか。
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