企業の持続的成長には、社員の育成が不可欠である。そのため、社員に対する教育研修業務に一定程度、経営リソースを配分する企業が多い。ところが、時間・コストを掛けて教育研修を実施したのにもかかわらず、その成果が実務で発揮されない事例は少なくない。そこで今回は、社員教育の成果が実務に現れづらい仕組みについて、考察してみよう。
「社員教育」の成果が、実務で発揮されないのはなぜか?

研修が業務に反映されない職場

新年度が始まってから数ヵ月が過ぎ、多くの企業では、新人研修などの教育研修に精力的に取り組んだことだろう。

ところが、得てして企業実務の現場では、研修で指導した内容が現実の業務には活かされないという現象が起こりがちである。例えば、「セキュリティー研修で指導したパソコン使用ルールが、実務では遵守されない」、「新人研修で教えた基本動作が、職場では励行されない」などである。

もちろん、研修の内容に誤りなどはなく、社員の研修参加態度にも問題は見られていない。研修の理解度を判定するために行った確認テストでは、皆、良好な成績である。しかしながら、日々の業務に研修内容は反映されず、研修の実施前と後とでほとんど変わりがない状態なのである。

また、研修の終了直後には研修内容を反映した業務遂行が確認されたものの、時の経過とともに反映されなくなり、しばらくして研修前の状態に戻ってしまうケースも多いようだ。

行動は本人に “その気” がなければ変わらない

上記のような現象が発生する原因を、『行動変化の3原則』で考えてみよう。『行動変化の3原則』とは、次のような概念である。

【行動変化の3原則】
一.知らなければ、ヒトの行動は変わらない。
一.知っていてもできなければ、ヒトの行動は変わらない。
一.できることでも “その気” にならなければ、ヒトの行動は変わらない。


つまり、行動が変化しない原因は、自身が取るべき行動に対する「知識がない」、「知識はあるが、知識を具現化するスキルがない」、「知識もスキルもあるが、その意思がない」のいずれかであるといえる。

社員に対する教育研修の内容に誤りがなく、確認テストの結果も良好なのであれば、自身が取るべき行動に対する「知識がない」ために行動が変わらないわけではないだろう。また、一般的な企業内研修では極度に専門性の高い教育内容でない限り、研修で得た「知識を具現化するスキルがない」というケースも稀である。

従って、企業内研修の内容が現実の業務に活用されない典型的な原因は、『行動変化の3原則』の3番目である「できることでも “その気” にならなければ、ヒトの行動は変わらない」に該当しているためと考えられる。つまり、研修で教えられた事項について「知識もスキルもあるが、その意思がない」が故に社員の行動が変わらない、または一旦は変わってもすぐに元に戻ってしまうのである。

「意識」を変えるためのモチベーショナル・スピーキング

教育研修により社員の行動変化を促進しようと考えた場合には、単に必要な知識・スキルを与えるだけでは十分ではない。社員が自らの意思で「よしっ、行動を変えよう!」と思うように仕向けることが必要になる。つまり、企業における教育研修では、社員一人ひとりの “意識” を変えることができて初めて「研修を実施した」といえるのである。

ところが、多くの企業内研修は知識・スキルの伝達に留まっており、“意識” の変化を起こすレベルに達していない。この点が、教育研修が実効性に乏しくなりがちな理由のひとつである。

言葉を媒体に社員の “意識” の変化を実現するには、社員の “頭 ” だけでなく “心” に語り掛けることが大切である。つまり、相手の “感情” を揺り動かすような研修を行う必要があるといえよう。

そのためには、講師役の社員は研修を受講する社員とアイコンタクトを行いながら、相手の心に響くように “感情” を込め、繰り返し熱く語り掛けなければならない。このような話法をモチベーショナル・スピーキングなどという。

例えば、セキュリティー研修であれば、「なぜ、私たちはそのような行動を取る必要があるのか」について相手の心を揺さぶれるように、何度も繰り返し熱い気持ちで訴え掛けるのである。単に、セキュリティー上のリスクや遵守事項を解説するだけでは、セキュリティーに関する知識・スキルは理解されたとしても、それらが実務に反映され続ける確度は決して高くならない。講師が “感情” を表現しながら繰り返し熱く語らなければ、研修受講者の “感情” が動くこともないのである。

研修内容から乖離(かいり)した職場環境は研修効果を相殺する

社員の意識を変えられるような研修が実施されている企業でも、十分な研修効果が確認できないケースが存在する。職場環境が研修内容と一致していない場合である。このような職場では、研修の終了直後には研修内容が業務に反映されるものの、しばらくして研修前の状態に戻ってしまうという現象が起こりがちだ。

例えば、新入社員が新人研修で「4Sの励行」の指導を受けたとする。4Sとは「整理、整頓、清掃、清潔」をローマ字で表したときの頭文字を取った言葉で、安全・健康で生産性の高い職場づくりのための基本動作である。

ところが、研修終了後に新入社員が職場で4Sを実行していても、一緒に勤務をする上司や先輩社員は4Sを十分には行っていなかったとしよう。このような職場であれば、どんなに新入社員が自らの意思で「よしっ、整理・整頓をキチンとやろう!」などと考えて実行に移していたとしても、やがては上司・先輩と同様に4Sを蔑ろにするようになるものである。

従って、教育研修業務の実効性を高めるには、研修を受講した社員が勤務する職場が研修内容と乖離(かいり)をしていないことが条件となる。そのためには、「研修受講者以外への研修内容の周知」、「研修内容と評価制度・目標管理制度との連動」などの工夫も必要だろう。以上を踏まえ、ぜひ、実効性の高い企業内研修を実現していただきたい。
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