VUCA時代のマネジメントは「管理・統制型」から「共創型」へ
教育研修サービスや採用支援サービスを展開するジェイックが、米国デール・カーネギー・アソシエイツのジョー・ハートCEOの来日を記念して開催したのが、この「米国マネジメントの最新トレンド」だ。デール・カーネギー社は、言わずと知れたベストセラー「人を動かす」の著者デール・カーネギー氏が創設したリーダーシップ育成やプレゼンテーションのトレーニングを提供する企業である。設立112年を迎えた今では86か国・200箇所以上に拠点を置き、世界各国でトレーニングプログラムを展開している。会場には、そんな世界的企業のCEOを務めるジョー・ハート氏の講演を聞きに参加者が集まり、最新のマネジメントのあり方について熱心に耳を傾けていた。なお同イベントはオンラインでも同時開催され、オンラインでも150名以上が参加した。
プログラムは3本立てで
・主催者(ジェイック)より挨拶と日本のマネジメント潮流の解説
・米国マネジメントの最新トレンド
・パネルディスカッション
が実施された。
冒頭で、ジェイックの常務取締役である近藤 浩充氏が日本におけるマネジメント手法の考え方を語った。現代は、時短勤務やリモートワークの普及による働き方の変容、価値観の多様化、テクノロジーの革新による急速な市場変化など、目まぐるしく環境が変わっている。そんなVUCA時代の急激な環境変化に応じて、マネジメントのあり方も「管理・統制型」から「共創型」へと変わりつつあるという。
近藤氏は「これまでは、『我々が培ってきた成功するためのノウハウや価値観をいかに若手に伝承するか』という観点でメンバーと関わるマネジメントが多かった。しかし、現在は、このやり方に『価値観を押し付けられている』と感じる若手が増え、それが原因で、企業を離れる傾向もみられる」と課題を提示。続けて、「上司や経営層が正解を持っている時代ではなく、いろいろなチャレンジをスピーディーに回していく必要がある。スピーディーにチャレンジすることを促進するためには、トップ一人に意思決定を任せるのではなく、複数名の意思決定者を各階層に配置し、意見を集約していくように組織マネジメントを変えていくことが重要である。そうしなければ、環境や市場変化のスピードに対応して事業を成長させていけない」と、明確な答えのない時代では、スピード感を持った人材マネジメントが重要だと話した。
そんな近藤氏が示した「若手の柔軟な発想や知恵、経験を活かし、答えが無いなかで答えを生み出すチームワークを醸成するための重要な5つのポイント」が以下である。
(1)テクノロジーの活用
(2)働き方の多様化
(3)従業員のウェルビーイング
(4)グローバル人材の獲得・育成
(5)ダイバーシティ&インクルージョン
続くジョー・ハート氏の講演では、特に(1)テクノロジーの活用について力点を置いて解説がなされた。
冒頭ではジェイック常務取締役の近藤 浩充 氏が日本におけるマネジメント手法の考え方を語った
AI導入・活用に向けてリーダーに求められる4つの項目
ジョー・ハート氏の講演で大きなテーマとなったのは、「AIを導入するにあたって、リーダーやマネージャー、そして企業はどう振る舞うべきか」だ。日本ではAI活用に対して懸念を持っている企業もまだ多い。実際にこの日のセミナーでは、ある企業の人事担当者が「私自身はAI活用に対して、すごくポジティブだが、組織としてはすごく恐怖心がある。AIもやはりただの機械だと思っていて、AIよりも人が大事なんじゃないかという思いが強い方が多い」と悩みを明かしていた。
実はアメリカでも同様の悩みを持つ企業は存在するという。PwCが発表した調査結果では42%の企業が何らかの形で業務にAIを活用しており、35%が活用に向けて進行中であるという回答だったという。一方で、AI技術の進歩に、恐れやリスクを感じる人も一定数存在するのが事実だという。
「仕事を失う人があらわれる」、「間違った情報を生成することがある」などのリスクがAIにはある。それでも将来的にAIの導入は避けて通れない。ジョー・ハート氏は「AIを活用する企業が増加していくのは明らか。AI技術は爆発的に進化している」と近未来を見据えている。
だからこそ、AI活用する上でリーダーやマネージャー陣、使い手の「人間性」が問われるのだという。「AIは自動化できる業務は得意だ。しかし、人の強みはどこか?クリエイティブさ、感情的なところ、社会的につながるところである。リーダーの役割は、人の強みを引き出すこと。個人の成長に影響を与えること。その仕事はAIにはできない。だからAI活用する今こそ、より良いリーダーでなければならない」と説いた。
そしてジョー・ハート氏が、AI導入において企業やリーダーに求められることとしてまとめたのが、以下の4つである。
●テクノロジー導入を人的な戦略から考えること
AIテクノロジーを活用しようとしても、AI単体では機能しない。人がデータを見て、データを基に想像力を働かせ、感情を以って判断する必要がある。そうすることで初めてテクノロジーから価値が得られる。ジョー・ハート氏は「テクノロジーの導入を検討するとき、人的な戦略から考えてみてほしい」と推奨する。そして「最終的には人がテクノロジーを使うわけである。テクノロジーを使う人や導入を決める人は、AIへの恐れなど、様々な感情を持っている。しかしテクノロジーの利用者や導入決定者こそ情熱を持って、組織にポジティブな影響を与える必要がある。そのためには、周囲の共感を得る必要がある」と続ける。
●透明性
AIを導入する際に、どんな業務に活用するのかを事前に社内で明らかにしておく必要があると、ジョー・ハート氏は話す。透明性が従業員エンゲージメントにつながるからだ。「『すべての情報を開示することはできない、伝えるべきことだけを伝えればいい』という考え方の組織があるかもしれない。しかし、その考えは、従業員エンゲージメントを維持・向上させるうえで非常に危険である。組織として開示できる内容を従業員にしっかり開示することは、透明性を確立するために行わなくてはならない」とジョー・ハート氏は強調した。
●信頼
デール・カーネギー社の独自調査によれば、『現在のリーダーは、AIについて正しい判断をすると思うか?』という問いに対して、リーダーとマネージャークラスは「YES」と答えた一方で、一般社員は「NO」の割合が高かったという。これをジョー・ハート氏は問題視する。「リーダーたちが有言実行であることが重要である。言ったことを必ず実行すれば、それがリーダーへの信頼につながる。一方で、この数年間でリーダーの言葉と行動が一致せず、ちぐはぐな行動を繰り返してきたのであれば、そこに信頼はない。そのようなリーダーが『AI戦略はこうだ』と叫んだところで、信じてもらえるわけはない。だからこそ、リーダーは信頼を醸成しておく必要がある」と話した。
●ヒューマンスキル、ソフトスキルの醸成
AIは飛躍的に進歩しているが、現状、完璧ではない。ジョー・ハート氏は「AI活用で完璧な成果が得られるだろうと思っているとすると、ガッカリするだろう。AI活用と併せて、人々が感情的知性を活用しなければならない」と、使い方が重要であると説明する。「AI時代には、ヒューマンスキルやソフトスキルがとても重要になる。トレーニングしてヒューマンスキルやソフトスキルは高めなければならない。クリエイティブで、社会的かつ情動的な知性を高めなければいけないし、メンバーとコミュニケーションを取りながら一緒に働き、共感を得なければいけない。それが組織の繁栄につながる」と結論付けた。
そして最後にジョー・ハート氏は、デール・カーネギー氏の言葉で締めた。
「変化に対して常に心を開いて歓迎しなければいけない。自分の意見や考えを吟味して再検討することによってのみ私たちは進歩することができる。これは誰にでも当てはまる。変化はチャンスである。中には、変化は危機だと思う人がいるかもしれない。けれども、変化に心を開いてチャンスと見ることが、効果的な会社、組織作りにつながる」
アメリカでの最新調査を基に、AI導入・活用への心構えを語るデール・カーネギー社CEOのジョー・ハート氏
対話力と傾聴力の重要性
第2部では、オフライン限定のイベントとして、豪華出演陣によるパネルディスカッションが行われた。登壇したのは、ジョー・ハート氏に加え、サイバーエージェント常務執行役員CHOの曽山 哲人 氏、BIPROGY人事部長の安斉 健 氏、ジェイック執行役員で前 株式会社イズミ グループ経営本部参与兼イズミ大学事務局長の竹田 裕彦 氏。以下の3つのテーマについて、それぞれの企業での取り組みや各者の意見を語り合った(竹田氏は株式会社イズミでの取り組みについて共有)。・現在、注力している人的マネジメント課題
・今後、組織に定着させていきたいピープルマネジメント
・ピープルマネジメント力向上に向けた取り組み
ここでは2つ目のテーマ「今後、組織に定着させていきたいピープルマネジメント」における内容の一部を紹介しよう。
四者共通で語られたのは、「対話力と傾聴力の重要性」だった。
まずBIPROGYの安斉氏は、「対話の必要性」について話す。BIPROGYでは、「ユアタイム」と名付けた1on1施策と、組織横断型で行っている「DE&Iダイアローグ」の二面での対話施策を行っているという。
安斉氏は「当社の場合、例えば、当社以外の社員も含めて何百人規模で動く開発プロジェクトなどもあり、コミュニケーションがとても重要。そこで、上司と部下の関係構築や心理的安全性の担保ができる環境を作るためにも、『ユアタイム』の1on1は、組織によるが、週次、間が空いたとしても月1回以上はコンスタントにやるよう定着してきている。一方で『DE&Iダイアローグ』では、色々な属性のメンバーが集まる中でも、例えば、各部門の役員、事業部長クラスが集まり、自分語りをして距離を縮めながら、会社としてのあるべき姿を話し合うことで、対話の意義や重要性を各々が実感し、それぞれの職場に対話で得たものを持ち帰り、対話の文化が広がっている」という。
サイバーエージェントの曽山氏も、対話の重要性について同意する。サイバーエージェントでは近年、「目標によるマネジメント」に注力しているという。リモートワークが一般化したことで、業務内容がお互いに見えなくなり、目標が不明確になり、相互協力が生まれないという問題が発生してしまう。そうした環境で、サイバーエージェントは全社員が最も力を入れる目標1つを設定し、上司と本人が毎月、「晴れ、曇り、雨」で、その進捗度を評価するシステムを整えたという。
曽山氏は、「毎月対話することで、翌月以降にどう取り組んでいくかが分かる。進捗度が良くなければ早いうちから共有して手を打つこともできる。半年や1年対話がないと不満が生まれやすい。目標を達成することで全社の成績を上げ、目標を通じて上司と部下のズレが生まれないよう対話するサイクルを作っている」と取り組みの意図を話した。
デール・カーネギー CEOのジョー・ハート氏(左)、サイバーエージェント 常務執行役員CHOの曽山 哲人 氏(右)
竹田氏は「採用が難しいなかで行動能力を持った人の離職を防止したい。そこがとても重要。いくら本社で人的資本だと格好良いことを言っても、明日現場で働いてくれる人が集まらなければ意味がない。察する力が重要。現場を見ないで判断せず、自分の目で見て、現場の話を聞く。そして、リーダーは“相手に関心を持つ”のではなく、“相手の関心に関心を持つ”感受性を育てる。そういうトレーニングも重要だと思う」と話した。
三者の話を受けて、ジョー・ハート氏も「大事なのは、相手の観点から物事を見ること。自分の意見や判断に支配されて質問をすることを忘れてしまってはいけない。命令するのは簡単だが、人を育成したいのであれば、教えることから始めなければいけない。命令するのではなく、『これについてどう思うか?』と相手に提案権や決定権を持たせる。そういう傾聴力がとても重要で、効果的な対話をするために欠かせない」と見解を述べた。
そして「結局のところ、技術的な成功も、後継者を育てることも、すべて人と人の関係に基づくものである。だからこそ、リーダーは人間関係を構築するスキルがなければいけないし、一人ひとりがそういったことに取り組む必要がある」と続けた。
BIPROGY 人事部長の安斉 健 氏(左)、株式会社ジェイック 執行役員の竹田 裕彦氏(右)
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