株式会社ワーク・ライフバランス
パートナーコンサルタント
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本講演は、日本科学技術連盟主催の、「クオリティフォーラム2017」
における講演内容をまとめたものです。
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ワーク・ライフバランスとは~ワーク・ファミリーバランスとの違い
「ワーク・ライフバランス」は、「ワーク・ファミリーバランス」と混同されることが多い。ワーク・ファミリーバランスは、対象が育児・介護者など、家庭を持っている人に限定される考え方だ。したがって、組織の中で恩恵を享受できる人とできない人が生まれ、そこに対立構造が生じることになる。企業の業績にマイナスに働いてしまうケースもある考え方だと言えるだろう。
これに対して、「ワーク・ライフバランス」は、育児や介護だけでなく、自己研鑽や看護、運動などの「ライフ」と仕事のバランスをとるという考え方で、すべての人がその対象となるのがポイントだ。ライフの充実によって、自己研鑽によるインプットが増えるだけでなく、多様な人が働けるようになることで、企業は付加価値を生み出せるようになる。このように、仕事と生活のシナジーが生まれる考え方が、ワーク・ライフバランスである。
ワーク・ファミリーバランスの考え方で、単に制度を整えて終わるのではなく、ワーク・ライフバランスの考え方に立って、本質的なプロセスの見直しや働き方の改革に着手し、シナジーを生み出す組織作りをしていくのが理想であると、大塚氏は述べる。
人口ボーナス期から人口オーナス期へ~ホワイトカラーの生産性向上の必要性
OECDの調査によると、加盟国34ヵ国中、日本の労働生産性は21位、主要先進7ヵ国中では最下位という結果になっている。ホワイトカラー労働の重要性が増すなか、日本がグローバル市場における競争力を取り戻すためには、ホワイトカラーの生産性を上げることが必要だ。そこで重要となる視点に、人口ボーナス期・人口オーナス期の理論がある。1998年、ハーバード大学のデービッド・ブルーム氏が提唱した理論で、ある国が経済発展をする際には、人口構造がカギを握るという考え方だ。人口ボーナス期とオーナス期それぞれの特徴は、以下のとおりである。
【人口ボーナス期】
社会において生産年齢比率が高くなり、人口構造が経済にプラスになる時期を指す。働き手の数が多いため、1人当たりの人件費が安く抑えられるのが特徴だ。この人件費の安さを武器に世界中から仕事を受注することで、爆発的な経済発展を遂げることが可能である。また、高齢者が少ないため、社会保障費がかさまず、稼いだ利益をそのままインフラ投資に回せることも、国力がさらに増す要因となっている。現在の東南アジアやインドは、この人口ボーナス期の状態にあると言えるだろう。
日本の人口ボーナス期は、従属人口指数(1人の高齢者を何人の労働力で支えているかを数値化したもの)が特に低かった、1960年~90年代半ばだったとされている。この30年間で稼いだ金額は、数年前に人口ボーナス期を終えた中国の約3倍にものぼるという。
ただし、人口ボーナス期は一度終わると、その国では二度と訪れないとされている。その理由は3つ挙げられる。1つ目は、人件費の上昇。高度経済成長期によって人々が豊かになり、富裕層が子どもに投資をするようになり、高学歴化が進むためである。2つ目は、女性の社会進出による晩婚化、晩産化、少子化だ。そして3つ目としては、医療の発展や年金制度の充実による高齢化社会が挙げられる。このように人口構造が変わると、その社会は人口ボーナス期から人口オーナス期に転じる。
【人口オーナス期】
人口構造が経済の重荷になってしまう時期を指す。典型的には、労働力人口の減少、社会保障制度の維持が困難になる、といった問題が生じる。
人口オーナス期でありながら成熟した社会になっていくためのポイントは2つある。1つ目は、生産年齢人口でありながら労働参画できていない人(女性、障がい者、介護者、外国人労働者など)を労働市場に参画させ、不足する労働力を補うことだ。短期的な労働力確保の対策だと言えるだろう。2つ目は少子化対策である。こちらは、長期的な労働力確保のための対策だ。この2つのポイントについては、本来、人口ボーナス期の後半からスタートさせておくのが理想だという。ただし、日本においてはそれがうまくいかず、主要国でもっとも早く人口ボーナス期からオーナス期に転じたと言われている。近年、ようやく「働き方改革」として、この2つの対策が国策として推し進められている。
人口ボーナス期・人口オーナス期、働き方の特徴と転換の重要性
かつての人口ボーナス期においては、以下の働き方が経済発展をもたらしていた。1.なるべく男性が働く
重工業が主体であるため、筋肉量が多い男性が成果を出したほうが合理的・効率的だった。
2.なるべく長時間働く
人件費が安かったため、残業をして1.25倍の給与を払ったとしても、利益が確保できた。
3.なるべく同じ条件の人をそろえる
均一なものを大量に、スピード感を持って提供することで市場ニーズを満たせた。
一方、人口オーナス期においては、以下が経済発展をもたらす条件となる。
1.なるべく男女共に働く
重工業から知的労働主体となり、性別を超えたさまざまな多様性を許容することが、企業にとって重要となる。
2.なるべく短時間で働く
人件費が高いため、従業員に長時間労働をさせると莫大なコストになり、企業が利益を出すことが困難になる。また、これまで時間制約のなかった男性が、介護と仕事を両立せざるを得なくなり、短時間で成果を出す仕事をしなければならなくなる。日本においては、数年後に団塊世代が介護を必要とする年齢に突入するため、対策は急務だ。さらに、知的労働においてより質の高い仕事をするためには、集中力が必要となる。集中力のためには短時間で成果を上げることが重要になることについては、さまざまな研究結果が出ている。
3.なるべく違う条件の人をそろえる
顧客が多様化しているため、次世代型の商品やサービスを提供するためには、組織にも多様性が必要となる。
人口オーナス期には、短期的・長期的な労働力の確保が企業においても重要な戦略になってくる。ボーナス期型の戦略はあだになってしまうため、どこかで見切りをつけて次世代の戦略に変えていく決断が必要だ。
人口ボーナス期型のルールとオーナス期型のルールは地続きではない。勇気を持って飛び移る決断が必要であると、大塚氏は強調する。
ワーク・ライフバランス改善と生産性向上の実践
企業における働き方に関する問題は、主に以下の4つに分けられる。1.女性を採用・育成できない
2.休業・時短を経て継続就業できない
3.長時間残業の恒常化
4.誤った成果主義の定義
多くの企業は、1から順に対策していくという。まず、女性の採用を増やし、その定着のために育児に関する制度を増やす、といった具合だ。しかし、長時間労働の慣習は残ったままで、評価者の意識も旧来のままであるため、制度を使うことが評価を失うことにつながってしまう。そのため、せっかく採用した女性のモチベーションが下がり、定着度も上がらないケースが多い。
そこで、4から1へ遡る順番で対策していく方法が有効だ。まず、働ける時間の長さではなく、時間当たりの生産性で評価するようにする。その後、短時間でも成果が出せる仕組みを作る。すると、法定どおりの制度で十分成果が出せるようになるという。さらに、働きやすさがブランドになり、採用力でもメリットになるという仕組みだ。
短時間で成果が出せるような仕組みづくりにおいては、以下の4つのステップを踏むとよいと大塚氏は述べる。
1.現在の働き方を確認
具体例として、「朝メール・夜メール」の方法が紹介された。朝メールでは、出勤直後、1日の仕事とそれぞれに書ける時間についてリストアップし、チームメンバーに共有する。メールを受けたメンバーは、仕事の漏れや優先順位などについてフィードバックをする。そして夜メールでは、退勤直前に、予定に対して実際はどうだったかを振り返る。これを2週間程度毎日行い、データとして蓄積する。朝メールと夜メールの内容や時間のずれに、プロセスごとの課題を発見できる仕組みだ。ホワイトカラー業務においては、仮説で課題を議論することが多い点に問題がある。これに対し、朝メール・夜メールでは、客観的なデータに基づいて改善提案できるのがポイントだ。
2.業務の課題点を抽出
次に、業務の課題を分解する。たとえば「業務量が多い」という課題は、「知識が共有されてない」「仕事を抱え込んでいる」「業務分担の偏り」などと分解できる。このように細分化すれば、たとえば、知識の問題はマニュアルやテンプレートの作成、仕事を抱え込んでいる場合は引継指導、業務分担の偏りは上司と部下のコミュニケーション円滑化を目的としたスキマ面談、と言った具合に対策を考えられる。
3.会議で見直し
課題と対策については、会議を設けてメンバー間で話し合う。ワーク・ライフバランス社において「カエル会議」と呼ばれている方法だ。理想と現実を明らかにし、そのギャップを埋めるための会議である。2週間に1回、30分程度を目安に開催する。
4.見直し施策の実施
会議でまとまった施策を実際に行う。たとえば、ITの活用といったインフラにかかわることから、優先順位の整理といった業務改善、多様な休暇制度など制度の整備、在宅勤務といった働き方の多様化など、施策はさまざまである。自社に合ったやり方を考えることが必要だ。
以上1~4のサイクルを、定期的に繰り返すことで、生産性の向上を達成できるとされている。
個人や企業、そして社会における多くの課題は、働き方に関する新しい視点を取り入れることで、解決へのヒントが見えてくるのではないかと大塚氏は述べる。ワーク・ライフシナジーにより、企業においては「勝てる組織」と個人においては「充実した人生」を実現できるのではないかというのが同氏の考えだ。
ワーク・ライフバランスの取り組みは、従業員個人の働きやすさを向上させるだけでなく、企業としての生産性を高められる効果がある点が重要だ。社会構造が変化する中、企業が生き残り、勝ち抜くためには、ワーク・ライフバランスの考え方は必須だろう。理念として掲げるだけでなく、具体的な働き方の改革が必要である。
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