職場における化学物質への対応に関しては、労働者の健康を守るために様々な法令によってルール化されています。あまりよく知られていないものではありますが、実は一般的なオフィスでもこのルールの対象となる化学物質を扱っているのです。今回は「オフィスにおける化学物質の自律的管理」についてお話しします。
オフィスワークでも無関係ではいられない、2023年4月変更「化学物質の自律的管理」。“SDS”の役割とは?

「SDS(安全データシート)」とは?

「SDS」とは安全データシート(Safety Data Sheet)の略で、“化学物質を入手する際に添付されることが義務付けられている説明書き”のことです。SDSには、その物質の危険性や有害性、取扱い方法・保管方法・廃棄方法や応急処置などが記載されています。また、特に危険な化学物質の場合は、「特定化学物質障害予防規則」や「有機溶剤中毒予防規則」によって、設備や健康診断等、細かくルール化されています。

「うちはデスクワークだけの通常のオフィスだから化学物質なんて関係ない」と思うかもしれませんが、実は一般的なオフィスでも使用されている業務用のコピー機トナーや業務用石鹸などにも、SDSが添付されているのです(家庭用として販売されている製品にはついていません)。そしてSDSが添付された物質については、労働者が健康障害を起こすリスクを評価する義務が会社にあります。これを「リスクアセスメント」と言います。石鹸で健康障害を起こすことなどはまず考えにくいですが、例えば汚れ落としのために、少量の業務用有機溶剤を買い入れている事業場などは結構あります。衛生担当者は、自分のオフィスがどのような物質を使用しているかを、一度チェックしておくべきでしょう。

法令が大きく変わる「化学物質の自律的管理」

さて、この化学物質による健康障害を防ぐためのルールが、2023年4月から大きく変わります(「令和4年5月31日厚生労働省令第91号」他)。今までは行政側が物質ごとに細かなルールを作っていたものを、今後はなるべく各事業場の取り組みに任せよう、というものです。これを「化学物質の自律的管理」と呼んでいます。改正ポイントのうち、主に三次産業のオフィスで重要なのは次の点です。

1)厚労省はSDS対象物質(=リスクアセスメント対象物)をこれから次々増やしていく

2)事業場の業種・規模に関わらず、各事業場に「化学物質管理者」を置く義務が生じる
専門的講習などを受ける義務はありませんが、リスクアセスメント対象物を製造する事業場向けに向けた14時間の講習を受けておくとベターでしょう。化学物質管理者の業務は「SDSの把握」、「リスクアセスメントの実施」、「各種記録の管理」などです。

3)ある物質のリスクアセスメントを行ったら、この結果を保管する義務がある
今まで危険性が知られている物質において新たな危険が発見されたときには、SDS変更のお知らせが仕入れ先から届きます。その際には再度リスクアセスメントを行う必要があります。このように「再度アセスメントを行う時」までが、結果の保管期間となります。

4)何らかの化学物質を取り扱う職場で、1年以内に同一種類の「がん」発生を把握した際は、その化学物質との関連性について医師の意見を聞かなければならない
その際は、医師の見解を記録に残しておきましょう。

5)衛生委員会が開かれる事業場(つまり50人以上の労働者がいる事業場)では、化学物質による健康障害を防ぐための事項を議事に含めなければならない

労働者の健康とともに、会社を訴訟リスクから守るために万全の対策を!

次のようなケースで考えてみましょう。

何か新たな化学物質を採用した後に2人に同種のがん(例えば乳がんのような、よく聞く種類のがん)が発生した。偶然だろうと思って放置していたら数年後にその化学物質に発がん性があることがわかった。しかも、その時にはさらに2人ほど新たな発がん者が見つかった

この場合、最初の段階で先述4)の手続きをとって産業医などに「現在の科学的知見等から考えると、がんとその物質とに関連がある可能性は低いと思われる」という意見をもらって記録に残していれば、トラブルになる可能性は低いと思われます。この手続きを怠っていた場合、労災訴訟で敗訴する可能性は否定できず、会社の規模が大きいほどダメージも甚大になると思われます。

今回の規制変更は、中小の工場などでの、化学物質による労働者の健康障害の予防を目的としたものです。そのきっかけの一つとなったのが、2011年に発覚した「胆管がん事件」です。これは、ある印刷会社において5年あまりで17名が比較的珍しいとされる「胆管がん」に罹患したというもので、使用していた当時は安全性が不明であった化学物質が原因と特定され、大きな労災訴訟となりました。

そのため、まずは小さな工場等を中心にこの規制が守られているかを、労基署がチェックしていくことになるでしょう。そののち、三次産業のオフィスなどについても、順次確認することになるのではないかと考えます。「オフィスは化学物質とは無縁」などと決めつけることなく、今のうちに対応できる体制を整えておくことをお勧めします。


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