「治療と仕事の両立」についての社会的背景
近年の医療進歩により、がんのようにかつては「不治の病」とされていた疾病においても生存率が向上し、“長く付き合う病気”に変化しつつあります。治療についても、長期の入院ではなく、外来での通院治療が増えています。こうした状況によって、病気になっても治療をしながら仕事を続けることができる可能性が高まり、労働者にとっては「病気になったらすぐに離職しなければならない」という状況ではなくなっています。
しかし、職場の理解や会社の支援体制が整っていない場合、疾病や障害を抱える労働者の中には、離職に至ってしまう人もいます。
「治療と仕事の両立支援」への取組みが会社もたらす効果とは
労働安全衛生法では、会社による労働者の健康確保に関する規定が定められています。例えば、「健康診断の実施」や、「医師の意見を聞いた上での就業上の措置(就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等)の実施」等です。このような法令を遵守するとともに、治療と仕事の両立支援を積極的に行っている会社では、労働者の安心感の向上による「人材の定着」や「モチベーションの向上」、多様な人材の活用による「組織や事業の活性化」といった効果が得られます。少子高齢化が進む中、新規採用もままならないほどの人材不足に悩む会社では、既存社員の高齢化も心配されるところです。高齢になってくると、疾病リスクが高くなるのは当然です。そのため、疾病を抱え治療をしながら働く労働者が今後ますます増えてくることを見据え、治療と仕事の両立ができる職場づくりを行うことが大切になってくるでしょう。
企業が具体的に取り組むべき「両立支援」の内容
1.時間単位の年次有給休暇
労働者が治療と仕事を両立する上で、課題となることの一つに、「通院や療養のための時間を確保すること」が挙げられます。時間単位で年次有給休暇が取得できると、治療との両立がしやすくなります。2.傷病休暇
傷病休暇は、会社が自主的に設定可能な、治療等のために取得できる休暇のことです。有給か無給かについては、事業所ごとの規定によって異なります。年次有給休暇は時効が2年なので、消滅する年次有給休暇を積み立てて、傷病休暇として利用している会社もあります。3.在宅勤務制度
在宅勤務を導入することで、心身に負担のかかる通勤がなくなります。4.時差出勤、短時間勤務制度
時差出勤によって朝夕の通勤ラッシュを避けることができます。また、短時間勤務制度によって、療養中や療養後の勤務負担を減らすことができます。5.業務内容の転換
病気・怪我の内容によっては、業務内容を転換することも必要です。例えば、「身体的に負荷がかかる外回りの営業から、内勤に転換する」等です。職場で「両立支援」を行う上でのポイント
●経営トップのやる気を示す
治療と仕事の両立支援に限りませんが、会社として何かに取り組む場合には、「経営トップのやる気」が必要です。私の経験上、治療と仕事の両立支援を行う場面で、初めは社長も「それは大変だ。会社としても支援していこう」と心情的に動くことが多いです。しかし、実際に何か施策を行う場面になると、時間的・金銭的コストから徐々に後ろ向きになることも少なくありません。そのため、前述した取組み等を行うに当たっては、経営トップが「我が社では治療と仕事の両立支援を行う」と宣言して下さい。それによって、職場内でも両立支援に対する意識が高まります。人事労務担当者は、経営トップを巻き込むことを意識するようにしましょう。
●傷病手当金の説明を忘れずに
「傷病手当金」は、私傷病によって会社を休まざるを得なくなった際、健康保険から支給される手当金です。がん手術のために入院する、メンタル不調のため長期休養する等、労働者の休業中の生活補償が目的です。休業中の生活資金が不安で、治療に専念できない従業員もいるかもしれません。そのため、従業員が相談に来た場合には、傷病手当金の説明を忘れないようにしましょう。●ガイドラインを活用する
厚生労働省は「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」を作成しています。病気の治療は、医療機関や主治医が行います。そのため、企業が両立支援を進めるにあたっては、医療機関や主治医との連携が大切になってきます。ガイドラインには、主治医との情報共有のための様式も紹介されており、両立支援全体の留意事項もまとめられていますので、大いに活用しましょう。●「治療と仕事の両立支援助成金」を利用する
労働者の傷病の特性に応じた「治療と仕事の両立支援制度」を導入または適用した場合に、会社は費用の助成を受けることができます。詳細は割愛しますが、2021年度からは取組計画の作成が不要となり、より利用しやすい制度となっています。申請要件を確認の上、利用できる会社は積極的に利用してみて下さい。- 1