コロナ禍以前から、日本企業では、主として、ダイバーシティ&インクルージョンや女性活躍推進の一環で、「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)」を推進してきました。しかし、「ワークライフバランス」という言葉は、仕事と生活を天秤にかけることを想起させます。ワーク(仕事)だけがライフ(生活)から切り離されて表現されていることからもわかるように、「仕事か生活か」はある種、対立構造にあったのです。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大防止策として、多くの人が在宅勤務をはじめとしたリモートワークを経験することになり、良くも悪くも、生活の中に仕事が取り込まれました。言わば「ワークインライフ」です。

では、リモートワークがもたらしたワークインライフは、働きがいと働きやすさの関係性にどのような影響をもたらしたのでしょうか。
「リモートワーク」と「ワークインライフ」によって変化した、働きがいと働きやすさの関係性

これまでの「働きやすさ」と「働きがい」の捉え方

「働きやすさ」という言葉にどのような印象を持っていますか。「働く時間や場所について、自分の希望が尊重されること」でしょうか。それとも「育児や介護など、いざというときのための支援があること」でしょうか。「いい人たちに囲まれて仕事をすること」と答える人もいるかもしれません。

様々な回答が考えられますが、「働きやすさ」は総じて、社員側の視点に立つものです。仕事のやりがいや、仕事を通じての成長など、仕事そのものに光を当てるものというよりむしろ、仕事をする上での環境整備や、仕事への注力を妨げるものを取り除くことと捉えられています。

ちなみに、「働きやすさ」は、前述のダイバーシティ&インクルージョンや女性活躍推進の流れ、そして近年の働き方改革によって注目が集まっています。当社が実施した調査では、会社からの評価が高い若手が転職を考えるきっかけとして、「生活の変化に応じて働き方を見直したかった」の選択率は、「仕事の領域を広げたかった」に次ぐ結果となりました(※1)。昨今、社員にとって働きやすさは、会社選びや仕事選びにおいて重要な要素であることは言うまでもありません。

一方で、「働きやすさ」に関する経営層や経営幹部の意識は、社員の意識と乖離があるように感じることが多々あります。私はクライアントの働き方改革プロジェクトを何度も支援し、このテーマで多くの経営者や経営幹部とお話ししてきました。その中で感じるのは、「働きがい」は企業視点でも社員視点でも必要なものである一方、「働きやすさ」は社員視点で必要なものと捉えている方がいるということです。

加えて、「働きがい」という言葉で想起する、仕事へのやりがいや業務への献身、仕事を通じた自己成長といった「仕事に直接に関係すること」に比べて、「働きやすさ」は、低い位置づけとして捉えている方も少なからずいます。本記事を読まれている方の中にも、もしかして口には出さないものの「働きやすさを主張する社員は甘い」という気持ちをお持ちの方がいるかもしれません。

※1:株式会社リクルートマネジメントソリューションズ「若手・中堅社員の転職意向実態調査(調査レポート)」

「ワークインライフ」を考えるうえで、おさえておきたい3つのポイント

こうした考え方にもリモートワークの進展は影響を与えました。生活の中に仕事が取り込まれたことによって、仕事に集中できる環境を自宅など、オフィス以外の場所で整える責任が社員自身に移ってきました。つまり、働きやすい環境を整えることが、パフォーマンスや働きがいにつながるという関係性に変化したのです。社員は、会社・組織からの役割を果たすためにも、仕事に集中できる働きやすい環境を整える必要が増しています。これは言いかえると、「働きがいを実現する土台としての働きやすさ」です。新型コロナが感染拡大する前は「働きがいか、働きやすさか」、「働きがいの方が、働きやすさよりも上位に位置づけ」られていたのとは、大きな違いが出てきています。

では、ワークライフバランスからワークインライフへの変化や、「働きがいを実現する土台としての働きやすさ」への変化は、企業にどのような影響をもたらすのでしょうか。

それは、一言でいうと、「働きやすさの重要性に気づき、いち早く準備する会社が、既存の社員や未来の社員に選ばれるようになる可能性が高まる」ということです。

特にポイントとなるのは以下の3点と考えます。

(1)管理職の働きやすさに取り組む
近年の働き方改革の流れで、時間外労働の削減を中心として非管理職の働き方改革は進んできました。しかし、(労働基準法上の管理監督者ではない)部下を早く帰すために、管理職が仕事を引き受けている場合があります。企業の経営者や人事部門からも、「管理職の働き方改革がなかなか進まない」という声を聞きます。ワークインライフへの変化を機に、管理職の働き方改革に取り組んでみたら良いのではないでしょうか。

(2)社員が選べる状況をつくる
しばしば、「対面かリモートか」といった二項対立の議論がされることがあります。また、コロナ禍の長期化によって、リモートワークが平時の対応ではなく、緊急対応としてのものとなっており、このままのリモートワークの姿で継続するのは望ましいとは思えないという意見も理解できます。平時のリモートワークは、「社員が選べる状況にある」ということがキーワードになるでしょう。

この「選べる」には、2つの意味があります。それは、「社員一人ひとりが、自分の力を一番発揮できる働き方を、対面・リモートに関わらず選択することができる」という観点。そしてもう一つは、「ライフイベントに直面したときなど、いざというときにリモートワークを選べるようにする」という観点です。

後者は文字通りの意味ですが、これはすでに整っている企業も多いでしょう。重要なのは前者です。これは、近年人事の分野で話題になることの多い「社員の自律」の話とも通じるところがあります。自律した社員が関係者と協働して、成果をあげ組織に貢献するために、自分の力を発揮できる環境を整える責任が増す中で、その環境の選択肢を整えることが会社の役割の一つとなるでしょう。

(3)働きやすさの発想を拡げる
業種や職種を理由にリモートワークをできないと決めつけて欲しくはないのですが、それでも難度が高い職種・職場がある現状は、十分に理解できます。そのときに、リモートワーク以外の働き方で、社員を個として尊重し、メンバーが自律的に働ける支援ができるなら、リモートワークが実施できる人か否かに関わらず、目的レベルでは実施したいことができるようになります。

リモートワークは、元々、働き方改革の施策のうち、「働く場所・地理」の柔軟化、という数ある選択肢の1つでした。しかし、今はリモートワークに焦点が当たっているために、リモートワーク内だけで最適解を求めることになりがちです。働き方の多様な選択肢には、その他にも次のようなことが挙げられます。

・ 場所、地理に関すること(モバイルワーク、サテライトオフィス、在宅勤務、ワーケー
ション、勤務地限定社員など)
・ 時間に関すること(スーパーフレックスタイム制度、週休3日制、夜だけ勤務社員など)
・ 所属に関すること(社内インターン、社内兼業など)
・ 雇用に関すること(副業OK、雇用形態の一本化など)
・ 仕事との付き合い方に関すること(ジョブ型グレード、3ヶ月休暇など)


リモートワークだけに捉われずに、こうした施策を組み合わせることで、「ある部署でリモートワークはできないから、全社で導入しない」、「私の部署には、職種的にリモートワーク可能なメンバーとそうでないメンバーがおり、後者から不公平だという声があがっている」といった状況も解消できるのではないでしょうか。

以上、リモートワークとワークインライフがもたらす「働きやすさ」と「働きがい」の関係性の変化、および対応の方向性についてご紹介しました。
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