テレワークやジョブ型雇用、終身雇用の崩壊、キャリア自律、副業、ダイバーシティ、シニア雇用など、いま多くの企業が複雑に絡み合う様々なHR領域の課題に直面しています。新連載「ロッシェル・カップが考察する日本のFuture of work」では、日本への理解も深い経営コンサルタントのロッシェル・カップ氏が、グローバル視点から日本の働き方の未来について考察していきます。経営者として、また時には大学の講師として日本で働きながら、異文化コミュニケーション、人事管理、リーダーシップ、組織活性化など様々なHR領域を専門分野とするロッシェル氏。本連載で紹介していく独自の考察は、日本のこれからの働き方を考えるうえで新たなヒントとなるはずです。(HRプロ編集部)
日本人はなぜリモートワークを非生産的と捉えているのか
私は既に1年以上、政府からの「ステイホーム」の要請に応じて外出を控え、家に閉じこもって過ごしてきました。しかし、5月末から代々木公園の樹木及びパフリックビューイングに関するボランティア活動の関係で外出が増え、ラッシュアワーの電車に何度か乗る必要に迫られました。その時の電車の中は、新型コロナの感染拡大前と同じように通勤者と思われる人で混雑していて、とてもショックを受けました。「みんな一体どこへ行くのだろう?」、「なぜまだ会社に行くのだろう?」、「パンデミックが起きていることを知らないのだろうか?」などの考えが頭に浮かびました。

新型コロナウイルスの危険性があるにもかかわらず、従業員の出社を期待している日本企業の多さに驚き、呆れているのは私だけではないようです。5月27日、東京都の小池百合子知事は、テレワークを推進するために「昭和の働き方をやめましょう」と発言しました。新型コロナウイルスの大流行でリモートワークの導入が遅れている日本では、何度も緊急事態宣言が発令されるにつれて出社を控えようとする雰囲気が弱まっているように感じますが、その理由を問うのは当然です。

いわゆる「昭和の働き方」とは、ここ数十年、日本の仕事に対する考え方が変わっていないことを要約する表現であると考えられますが、具体的にはどのようなものなのでしょうか。日本企業がリモートワークに消極的なのは、どのような特徴があるからなのでしょうか。また、日本企業の人材マネジメントにはどのような役割があるのでしょうか。

多くの日本人は、リモートワークを非生産的だと捉えている

日本ではリモートワークに対する否定的な見方が特に強いようです。レノボ・ジャパン合同会社が2020年5月に実施した「コロナ禍における働き方の変化と、在宅勤務へのテクノロジーの貢献に関する意識調査」(※1)によると、日本人の40%が「在宅勤務の生産性はオフィス勤務に比べて低い」と回答。それに対し、アメリカ人は11%にとどまっています。なぜそのように思っているかという質問への回答を見ると、日本におけるリモートワークへの取り組みや反応の違いの原因を知る手がかりになります。

※1:レノボ・ジャパン合同会社「コロナ禍における働き方の変化と、在宅勤務へのテクノロジーの貢献に関する意識調査」

「在宅勤務の生産性が低い」と思った調査対象者の67%は、雇用主がITやDXに十分な投資をしていないと回答しています。日本企業は新型コロナの拡大が始まってからの在宅勤務期間中に、従業員1人当たり132ドルしか新しいハードウェアやソフトウェアに投資しなかったのに対して、米国企業は348ドルだったという事実がそれを裏付けています。調査対象者の61%がデータ流出の懸念を挙げていますが、企業やその従業員がITシステムに関する知識や信頼性を高めていれば、懸念は軽減されると思われます。また、20%が新しい技術を導入した際のトレーニング不足を指摘しています。これらの数字は、日本企業がソフトウェアやハードウェアへの投資に消極的であることや、投資することで生産性にプラスの効果があるという認識が低いことを反映しているのではないでしょうか。

この調査では、31%が「家庭生活と業務の線引きが難しく集中できない」と回答しています。他の国の人々にとっても同様の問題がありますが、日本の家は狭い特徴があり、仕事をするための独立したスペースがほとんどないため、日本人にとっては特に難しい問題です。この調査は子供たちが自宅で遠隔学習をしていた時に行われたため、日中に子供たちが学校に行くことを想定した通常のリモートワークの状態よりも、家の中が混雑していたことが回答に影響を与えただろうと言えます。

また、内閣官房の成長戦略会議(第7回)の配布資料で示された「コロナ禍の経済への影響に関する基礎データ」(※2)によると、会社の規則や政府の規制などにより、自宅ではできない仕事の存在が3分の1あることがわかりました。これは、日本のメディアで盛んに報道されている有名な「ハンコ」の問題です。さらに興味深いもう一つの回答もありました。19.3%の回答者が「上司などがいないので緊張感がなくなる」と答えています。

※2:内閣官房「コロナ禍の経済への影響に関する基礎データ」

この懸念は、株式会社あしたのチームが2020年4月に調べた「テレワークと人事評価に関する調査」(※3)にも現れました。管理職の25.5%、従業員の28%が「仕事に緊張感がなくなった」と回答しています。また、同じ調査では、管理職の48%がテレワーク中に部下は「生産性が下がっているのではないか」と懸念し、32.7%が「仕事をサボっているのではないか」と回答していました。これらは、私がこの1年間に確認した米国でのリモートワーク関連の調査や記事では全く見られなかった感情です。

※3:株式会社あしたのチーム「テレワークと人事評価に関する調査」

日本人が一生懸命働くには「役割」が必要か

なぜ多くの日本人が、一人で仕事をすることにプレッシャーを感じなくなるのか。そしてそのプレッシャーがなくなると、生産性の低下やサボりにつながるのではないかという懸念が生まれているのか。

それは、日本の伝統的な仕事観が影響しているからではないでしょうか。仕事の内容や個人の目標が明確でないため、多くの日本人の会社員は自分が何をすべきなのかわからず、「プレッシャーを感じない」という感覚を持っているのです。もし、いつまでにどんなアウトプットをするのかが明確になっていれば、それだけで、ある決まった場所にいなくても十分な 「プレッシャー 」になるはずです。つまり、現在の日本の多くの職場では、ある場所に他の人と同時に出向くことが、仕事の役割を明確にすることの代わりになっているのです。そのため、会社に出社しない時、他の社員と一緒に仕事ができないからモチベーションが上がらない社員がいたり、社員の仕事ぶりを直接見られないことに違和感を覚える管理職がいたりするのです。

このような問題は、リモートワークではなく、日本企業の働き方全般が起因していると思います。このように、役割が明確でなく、アウトプットではなくインプットで社員を評価する傾向が、日本企業や日本経済全体を悩ませる生産性の低さにつながっています。このような傾向は、小池知事の言う「昭和型」の真の核心であると思います。しかし、ただ諭すだけでは変わらず、仕事の仕組みや人材管理のあり方を抜本的に改革する必要があるでしょう。

幸いなことに、最近では「ジョブ型人事」という名で、そのような改革を行う動きが始まっています。その動きについては、次回の記事に詳しくコメントしたいと思います。
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