「ジョブ型雇用」と「人材育成」の考え方
ジョブ型雇用の導入で直面する、根本的な問題があります。それは、「人材育成に対する考え方をどうすればよいのか」です。これまでの日本企業は、メンバーシップ型雇用が中心でした。メンバーシップ型雇用では、まずポテンシャルのある人材を採用して、入社後に教育研修を行います。また、ジョブローテーションを行って幅広い領域を担当させた後、適性に応じて仕事に配属します。しかし、ジョブ型雇用はそもそも「仕事に必要なスキルを持った人材を採用する」ため、「人を育てる」のではなく、「その仕事ができる人材を調達する」という考え方に変化します。その「仕事に必要なスキルのある人材」がいる前提で雇用制度が運用されるため、企業での人材育成自体が不要になってしまうのです。ただし、完全に人材育成が不要か、というとそうではありません。前回もお伝えしたように(※1)、ジョブ型雇用の運用は、「労働市場の流動性が高いこと」が前提条件になります。スキルを持った人材が常に市場に供給されているからこそ、企業は各業務に必要な人材を調達できるのです。
しかし日本ではまだまだ雇用の流動性が高いとは言えません。平成31年に発表された経済産業省の資料(※2)によると、現在の日本は1社での平均勤続年数が13.3年となっており、アメリカの4.3年、イギリスの8.2年と比べても開きがあります。日本で労働市場が活性化するには、「転職する働き方」が主流になっていかなければならないのです。
つまり日本企業では、ジョブ型雇用制度を導入しても、当面の間は「社内で人材育成を行い、社内労働市場を形成しながら仕事に必要な人材を配置していく」という人材管理手法が必要になると考えられます。
教育研修担当者は「メンバーシップ型雇用時代」の慣習を破れるか
メンバーシップ型雇用制度における人材育成は、「階層別教育」が中心的でした。新入社員から始まり、入社3年目、10年目など「年次」単位で教育を行います。また、教育手法も集合研修が中心です。さらに「同期づくり」を重視し、研修でも同期同士を競わせます。そして、同期の中から優秀な人材を見出して管理職へ登用する、という人材管理手法が中心的でした。しかし、ジョブ型雇用では従来の「年次」や「同期」という考え方がなくなります。全員が何らかの専門職になるため、育成手法も「よりプロフェッショナルを育成する方法」に変わるでしょう。また、仕事を基準とした人材管理手法になるため、その仕事に必要なスキルが求められます。そうなると、育成の考え方も「ポテンシャルある人材を育成する」のではなく、「仕事に必要なスキルを習得するための能力開発や能力強化を行う」ことへと変化していきます。しかも、人によって職務内容が異なるため、ラーニングマネジメントシステムなどを活用して、職務に応じた学習コンテンツを用意する必要があるでしょう。
このように、ジョブ型雇用制度では「人材育成の考え方」が根本的に変化しますが、企業の教育研修担当者は、つい従来の考え方で階層別教育を続けようとします。しかし、ジョブ型雇用時代ではこれまでの慣習を打ち破り、各職務に必要な人材を供給していかなければならないのです。もし「職務に必要な能力開発」を提供できなければ、次第に組織の生産性が低下し、最終的には企業業績にも影響を及ぼすかもしれません。
企業がキャリアアップの「メニュー」を提供する時代へ
これまでの日本では、会社が社員教育を行うことが当たり前でした。しかし、ジョブ型雇用時代は「個人の時代」になるため、労働者自身が常にスキルアップを図る必要があります。こうした変化の中で、企業は「個人から選ばれる企業」になる必要があるでしょう。そのためには、人材育成に特に力を入れる必要があります。これは、ジョブ型雇用のコンセプトと一見矛盾する考え方かもしれません。しかし、優秀な人材が定着している外資系企業に目を向けてみると、人材育成にかなりの予算を投じていることがわかります。それは、優秀な人材がその企業の働き方を通じて成長できるように、キャリアアップの機会を提供しているからです。
以前、とある外資系自動車メーカーの社員の方が、「研修メニューが充実していて、社員は成果さえ上げていれば、いつでも好きな時に好きなように様々な知識やスキルを学ぶことができる」と言っていました。また、ある外資系IT企業の人事担当者の方は、「優秀な社員がキャリアアップするために、研修や社外講座のメニューを提供している」とお話していました。
このように、優秀な人材はキャリアアップ志向が高く、常に学ぶ姿勢があるため、定着のためには「人材育成の仕組みを充実させること」がとても重要なのです。
ジョブ型雇用時代では、個人が自らスキルアップし続ける必要があります。そのために労働者は、資格取得やビジネススクールへの通学など、様々な学習を続けることになります。もしそのスキルアップが会社の費用でできるとしたら、労働者は間違いなくそこを選ぶでしょう。
メンバーシップ型雇用時代では、毎年のルーティンワークとして、ほぼ全社員を対象に研修を実施してきました。しかしジョブ型雇用時代では、人材育成制度の充実度が、優秀人材の定着率や組織の生産性、企業の業績を左右するのです。もしこの時代に会社を成長させたいと考えるなら、キャリアアップのメニューとして、戦略的に人材育成を充実させていきましょう。
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