最近、人事のITツールのテレビCMが流れるようになりました。有名俳優やタレントが人事について語る姿は、なんとなく慣れない感じがします。そうした人事向けITツールを提供しているベンチャー企業に目を向けてみると、巨額の資金調達や積極的な投資を行っている姿が見られます。「HRテクノロジー分野」は今まさにバブル期を迎えているといってもいいでしょう。しかし、こうしたITツールが「実際にどのように人事を変えるか」、について人事目線で語られる機会は少ないと感じています。そこで今回は、最近話題のHRテクノロジーについて人事の視点からお伝えします。
デジタル化は人事をどう変えるのか? ITツール活用を人事目線で考える【21】

最近話題の「アレ」を導入。実際に使ってみてわかった「壁」とは

ついに私の職場にもついに「アレ」がやってきました。テレビCMやWEB広告で話題の「タレントマネジメントシステム」です。これで我々もやっと科学的で戦略的な人事になれる! と意気込んでいます。

多くの人事部では、いまだにExcelや旧型の人事ERPシステムで社員情報や評価を管理しています。また、人事担当者は人事データの収集、分析にかなりの工数を割いています。経営陣から何かデータを出してほしいと依頼された際に、データがなかったり、データが古すぎたりすることも多々ありました。データを簡単に収集、分析できるタレントマネジメントシステムは、人事の業務をかなり効率化してくれるものとして期待が高まります。早速使ってみようと思い管理画面にログインしてみたところ、予想通りひとつの壁に直面しました。

基本的なことですが、タレントマネジメントシステムはデータがなければ使用できません。多くの人事部では、たくさんのデータを取り扱っているものの、その多くはExcelや担当者の頭の中など、分散的に管理しています。これらのデータを集約することがまず難しい。どこにどんなデータがあるのかを整理することから始めなければなりません。データは闇雲に整理すればよいものではありません。

これからの課題や施策を考えた際に、「どんなデータが必要なのか」に重点を置く必要があります。また、データにはある程度の蓄積も必要です。単に数個程度のデータを集めただけでは、なんの意味も見出すことができません。「データの整理」と「データの蓄積」の壁。人事のデジタル化を目指す人事担当者は、この壁に直面しているのではないでしょうか。

なぜいま人事のデジタル化が盛んになったのか

そもそも「タレントマネジメントシステム」は、これまでの人事ERPシステムとどう違うのでしょうか。

まずひとつは「クラウド型」であることです。クラウド型のサービスは、ユーザーの要望を聞きながらどんどんアップデートすることが特徴です。

もうひとつは、「人事データの見える化や蓄積・分析に特化」していることです。これまでのERPは給与や勤怠管理、異動管理などの労務管理機能が中心でした。しかし、タレントマネジメントシステムは人材配置や能力、エンゲージメントといった組織生産性に関わる機能を中心に構成されています。何より、一般的なタレントマネジメントシステムは給与や勤怠管理機能を搭載していません。

なぜこのような違いがあるのでしょうか。有効求人倍率の上昇や雇用の流動化により、人材が貴重な資源となる現代社会では、離職防止やエンゲージメントなど新たな人事課題が発生するようになりました。また、最近はAIといったIT技術がかなり進化してきました。なかなかデジタル化が難しかった人事の世界でもIT化がやっと進むようになったわけです。こうした新たな人事課題への対応とIT技術の進歩が、タレントマネジメントシステムを生み出したといえます。

誤解を恐れずにいえば、これまでの人事は楽な仕事でした。もちろん担当者によっては、社員の労務管理などで大変な思いをされた方もいらっしゃるでしょう。しかしそれでも営業や技術などの現場での業務や他社が関わる仕事と比べると、楽な方だといえるでしょう。利益という形で結果を求められることが少なく、データを根拠にした説明を行うことも難しい分野でした。

一方、最近は人事の仕事がかなり高度化・複雑化してきました。「働き方改革」推進や人手不足によって、人事は経営陣からの関心も高い領域のひとつになりました。経営陣に対して、データやロジックをもとに説明する機会も増えてきています。

さらに、デジタル世代の社員も増えてきました。デジタルツールを使いこなせる社員が増えたことで、人事領域にもデジタルツールを導入しやすくなったのです。こうした背景の中で、人事業務の効率化や高度化を支援するITツールが「HRテクノロジー」として徐々に普及し始めているのです。

デジタルツールの装備で人事は「サイボーグ化」する

AI技術の進歩により、将来的に人からAIに代替される仕事が増えてくることが予想されています。すでに一部の仕事はRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の活用でかなりデジタル化ができていると聞きます。しかし、人事は人を扱う仕事である故に完全デジタル化はできないでしょう。仮にほとんどの業務をAIが担うことになっても、社員との面談やモチベーション変化の機微、離職の兆候を読み取るようなシーンでは人間の共感性や勘と経験も大切になります。また、社員と会社の間に立って調整を行うこともAIやロボットにはできない仕事だと思います。

私は、昨今の人事のIT化は「サイボーグ化」に近い感覚だと捉えています。データやデジタルツールで武装した人事担当者が、エンゲージメント向上や離職防止などの課題に立ち向かうイメージです。

これまで人事担当者が提供できるソリューションは、「制度構築」や「教育研修」など大掛かりで時間がかかるものが中心でした。しかし、サイボーグ化することで、リアルタイムに社員情報を把握し、素早くタイムリーにデジタルツールを活用した解決策の提案ができるようになるでしょう。例えば、離職の兆候がある社員に対してすぐに面談を行ったり、データに基づいた最適な配置を行ったり、といった具合です。

「HRテクノロジー」は少しずつ人事のあり方を変え始めています。2020年、この流れはますます加速すると考えられます。それとともに、人事の効率化と高度化もさらに進んでいくでしょう。「サイボーグ人事」がこれからまさに生まれようとしています。
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