しかし、近年では社員の健康問題も経営課題と捉える「健康経営」の考え方が広まってきており、経営的な視点、戦略的な実践が企業に求められるようになった。
日本政府の“日本再興戦略”を受けて2015年から始まった東証一部上場企業の健康経営銘柄の選定、ホワイト500の認定など、国全体で健康経営に取り組む企業を評価する動きが進んでおり、東京商工会議所も中小企業への浸透を目指し、昨年から健康経営アドバイザーの認定研修を始めるなど、広がりを見せている。
社員の健康を把握し、守るための現状とリスク
健康経営の概念は1980年代に米国社会心理学者のロバート・ローゼン博士の著書『The Healthy Company』から始まったと言われている。今、日本では生産人口の減少により人材が不足している。大手宅配会社のニュースに見られるように人材確保が大きな経営課題になっている中、長時間労働対策をはじめとし、社員を大切にする会社の表れの一つとして社員の健康を守ることが重要視されている。
社員の健康を守ることに関して、確かに企業は今までも健康診断という形で実施してきた。
企業に義務づけられた健康診断の歴史は長く、昭和22年に制定された労働基準法に始まる。結核等の感染症を代表とする労働者の健康異常を早期に発見するためだった。
昭和47年には労働安全衛生法が制定され、労働基準法で定められた感染症以外の項目が加えられた。同法では、年に1度の定期健康診断を従業員に実施、診断結果を本人に通知しなければならないことになっている。
平成27年からは肉体的な疾患だけでなく、メンタルヘルス不調の未然防止のためストレスチェックも始まった。
健康診断後の措置は履行義務ではないが、適切な対応がなされないとリスクがある、という認識が近年広がっている。例えば、私傷病による高血圧等が原因で労働時間の短縮などの措置が必要な従業員に対し、会社側が対応を怠ったことで就業中に障害や死亡に至った場合は、安全配慮義務違反に問われるという可能性がある。
健康診断を行っても、やりっぱなし、はリスクをはらんでいる。不完全な労働環境提供による企業の不利益を少なくするためにも、身近な定期健康診断からPDCAを確実に回すことが、健康経営として必要な視点ではないだろうか。
アブセンティーズムとプレゼンティーズム、メンタルヘルス不調把握の重要性
一口に健康と言っても、上々の時もあれば、そうでない時もある。健康と不調は一線上にならんでいて、健康維持と健康破綻の間を行ったり来たりしているという認識が重要だ。殊にメンタル面は変わり易いと知っておく必要がある。不健康な状態による経営上の逸失利益を考える上で、「アブセンティーズム(病気欠勤による損失)」と「プレゼンティーズム(出勤しているが病気影響での生産性低下による損失)」という概念がある。
病気での欠勤による損失は分かりやすいが、プレゼンティーズムは見えない損失のため見過ごされてしまいやすい。アレルギー、腰痛、頭痛などで体調が優れず、集中力にかけることにより生産性が低下し、良質な労働提供ができない状態による損失である。
アブセンティーズムの例として、厚労省のデータでは自殺・うつ病がなくなった場合の経済的便益は2兆6782億円と算出している(出典:厚生労働省「自殺・うつ病がなくなった場合の経済的便益(自殺・うつによる社会的損失)の推計」2010年9月)。プレゼンティーズムによる損失は算定しにくいと言われているが、米国のダウケミカルの調査例では15兆円と推定している。
厚労省はメンタルヘルス不調を精神障害や自殺だけでなく、心身の健康等の不調も含むものと定義している。(出典:厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」2006年3月)
アレルギーや腰痛といった体の不調であっても、こころの問題が影響している場合があり、長引く風邪、頭痛なども疑ってみる必要がある。また、精神疾患と診断されなくとも、日常の生活に支障が出た場合はメンタルの不調と考えた方がよいことなど、社員のメンタルヘルス面の不調の早期把握、リスク回避にプレゼンティーズムの認識が非常に重要になる。
心身ともに社員の健康を維持するために、新しい健康感、こころと身体のバランスを目指す必要がある。そのためには経営トップから行動を起こし、指し示すことが重要だ。
健康管理の第一次的責任は本人にある。しかし、昨今の判例やストレスチェック制度の導入に見るように、使用者に、より積極的な予防措置が求められる傾向が増々強まっている。
リスクを機会と捉え、社員の健康を企業の資産と考え、積極的に行動する企業に人は集まってくるのではないだろうか。
※ 健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
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