イノベーターシップを実現するための「ライフ・シフト」
こうした力は拙著の『未来を構想し、現実を変えていく イノベーターシップ』(東洋経済新報社)で詳述したようなスキル練磨の日々の努力がいるとともに、時間をかけてさまざまな経験と努力を通して、磨いていくしかない。そのためには、まず自分が組織に属している間に、深みのあるキャリアをどのように形成するのかという問題意識が必要だ。「イノベーターシップ」を身につけるには、キャリアの中で、節目を意識してステップアップしながら一貫してこれらの力を磨いていく必要がある。これはインサイドアウトのオーガニックな視点だ。そして、もうひとつ、人生100年時代を迎えたいま、ひとつの組織だけではなく、80歳現役時代を見据えて、キャリアをイノベーションしながら、自分の社会への貢献を高めていく必要がある。どういう自分を作り、どう社会に貢献するかという外からの視点が自分のイノベーターシップを引っ張るアウトサイドインの視点だ。
この二つの視点は、ともに自分の人生をいかに豊かに深みのあるものにするかということでもある。そういう意味で、リンダ・グラットン氏の最近のヒット作である書籍「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)~100年時代の人生戦略~」とイノベーターシップの熟達は密接に結びついていると言える。これらをテーマとして、「イノベーターシップを実現するためのライフ・シフト」について考えてみたい。
SECIキャリアモデル
今回は、インサイドアウトの視点で、イノベーターシップを磨くライフ・シフトについて考えてみる。そのポイントが、私が提唱する「SECI」キャリアモデルだ。SECI(セキ)とは知識創造論の生みの親である野中教授が提唱した知を創造するための方法論だが、暗黙知から形式知へ、形式知から暗黙知へというやり取りの中で、知は生み出されるとされるモデルだ。
これをキャリアに当てはめたものが、「SECI」キャリアモデルだ。すなわち、60代までのキャリア人生を想定した場合、20代をSocialization(仕事の直接体験を通じて暗黙知を潤沢に蓄える時代)、30代をExternalization(20代で得た暗黙知を自分なりに料理して自分の知の体系をコンセプト化する時代)、そして40代をCombination(これまで蓄えた専門性を他の知と連結することでより幅の広い分野で活用していく時代)、さらに50代以降はInternalization(多くの実績を内面化し自分の知恵の集大成を行い、後進へつなぎ、システム全体のイノベーションを提言していく時代)と考えている。
たとえばベンチャーで活躍する人材はもっとこのサイクルが早いので、SECIを何度も回し、それによって知のスパイラルアップが加速度的になって、イノベーターシップの習得も早くなるだろう。
このようなSECIキャリアパスを想定すると、それぞれの時代において自分が担うべき役割が見えてくる。そこで、イノベーターシップの5つをどう学び、実践していくかを試すことができる。すなわち、イノベーターシップという知の作法、イノベーションの知を学べるわけだ。
「時分の花」を生かしイノベーターシップのベースをつくる20代
手初めに、20代のSocializationから紹介してみよう。まずSECIモデルのSである「Socialization」(暗黙知を吸収するフェーズ)だ。これが特に重要なのが、キャリアのスタートラインである20代だ。この年代はいわば「時分の花」を活用できる時代。若さゆえの力、美しさ、エネルギーに満ち溢れている。吸収力や柔軟性にも優れて、失敗してもすぐにその経験が肥やしになる。
そんなキャリアのスタートラインでは、力任せに無限の力を発揮できる。がむしゃらに働き、深夜まで残業もできる。すべてが自分にとって新しい経験で、勉強になる。とことんやって自信もついてくる。一方で、それに酔ってしまう人も出てくる。一生懸命がんばることで身につけるのは「がんばり癖」になりかねない。ひたすら働く美学に酔ってしまうことは、いわば小さい仕事に埋没するだけに終わってしまいかねない。それが「時分の花」の罠だ。
若さに内在する体力は、小さな仕事をたくさんやって得られる達成感のために使うのではなく、現場に身を置き、幅広くかつ高質な知を吸収する自分なりの方法論を見つけ出すために使うべきだ。その模索のために仕事に没頭するわけだ。いわばこれからの長い人生で自分の枠を広げ続けるための、自分なりの基盤となる仕事術という暗黙知をいろいろな体験から吸収(Socialization)する時期なのだ。
年を取ってしまうと、「今さらできないこと」が増えていく。やりたくても身体が動かない。そんな制約のない20代に重要なのは、がむしゃらにがんばってやりがいを感じることではない。様々な直接体験をしたり、いろいろな人に出会ったり、現場で知を吸収する喜びを感じ、自分の行動範囲を広げる素地をつくっておくことこそが、頑張りの目的であり、重要である。忙しさに埋没せず、「頑張りは手段だ」という認識が必要だ。そうしてこそ、直接体験やフェイストゥフェイスの出会いから学ぶ力、すなわち「現場力」というイノベーションの基盤を人生の早期に構築できる。
このような素地をつくるスタイル、すなわち自分なりの身体知、暗黙知をしっかり身につける。それが20代のSocializationが重要な所以だ。それを明確に意識して日々を送るのがSECIキャリア的生き方なのである。仕事を覚えるのに忙しい20代ではあるが、若い体力があればカバーできるし、やり続けることで、一生続くライフスタイルにしていくことができる。20代はイノベーターになるための生き方という暗黙知を吸収することを目指したい。そんな生き方によって、まずライフ・シフトの第一幕が下りるわけだ。
次回は、30代のExternalizationの視点からライフ・シフトを眺めてみます。
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