ピープルアナリティクスは配置・異動や人材教育への活用が急速に進んでいる
「ピープルアナリティクスは、そのビジネスにはどのような人材をアサインすべきか、次期マネジャーには誰が最適かなど、人材配置・異動への活用が進んでいます。また、分析結果に基づいて個人に最適な研修プログラムを提案するなど、人材育成に役立てられることも増えてきました」そう語るのは、人事領域の先端手法とテクノロジーの研究における第一人者、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆特任教授だ。
岩本氏は、ピープルアナリティクスが注目され始めた要因として、“サラリーマンのプロ化”および“対マーケット”という視点を挙げる。
「産業構造の変化によって単純な製造能力よりも創造する付加価値が重要となり、一人の従業員が10億円、100億円を稼げるという“生産性が個人の資質によって左右されるビジネス”が増えてきました。まるでプロスポーツのような世界です。そうした環境下においては、金太郎飴的な人材育成では競争に勝てません。
このような変化に伴い、現代の投資家は、人材の充実度や組織力から企業を評価したいと考えています。そうしたニーズに応えるべく、国際標準化機構(ISO)が人事データの報告を国際標準として定めました。経済産業省の研究会でも、機関投資家などとの関係においては人的資本など非財務情報の活用も重要であるといったことが議論されています。今後、市場の要求に応じて、経営者は否が応でも人事データの整備に着手せざるを得なくなるでしょう」
ピープルアナリティクスの効果そのものが広く認められるようになったことで、とりわけ中小企業において導入が進んでいると岩本氏はいう。
「リーマンショックの影響などにより、エレクトロニクスや自動車製造の量産工場が海外に置かれるようになったことが、ひとつのきっかけです。これまで下請けを担ってきた国内の中小企業にとっては、大企業に依存しないビジネスと、その実現のための組織力強化が重要課題となったのです。中小企業は身軽であり、経営トップが決断さえすればすぐ実行に移せる。ピーブルアナリティクスのような人事領域の新たな手法は、大企業より導入・運用が進んでいるといえます。
また、外資系企業でもピープルアナリティクスは盛んです。先進的な企業では自らツールを開発し、汎用化もしているため、データさえ揃えればどんな分析も可能、というレベルにまで到達しています。今から導入するのであれば、SaaSで簡単かつ安価にピープルアナリティクスを行えるサービスが出ているので、それを活用するのも一つの手段です」
実際、ピープルアナリティクスをいち早く導入し、成功している企業は急増している。例えば、インターネット広告・モバイル広告やメディアコンテンツ事業を手がける株式会社セプテーニ・ホールディングスが挙げられる。同社は、社内の人材研究を専門とする「人的資産研究所」を設置し、社員の経験値を独自アルゴリズムで定量化する『Human Capital Point(HCP)』という仕組みを開発。このHCPを最大化させることが業績の向上につながる、という前提でさまざまな人事施策に取り組んでいる。新入社員の配属後のHCPをAIによって予測し、配属先を最適化する、といった具合だ。
ヤフー株式会社も、2017年に専門部署「ピープルアナリティクスラボ」を創設し、部署ごと・種類ごとにバラバラだった人事データの一元化と可視化を実現。整理されたデータは、退職率の分析やエントリーシートの改善などに役立てられているほか、全社的な配置転換の際の人材リスト作成、異動によってパフォーマンスが高まりそうな人材の抽出、現場の主観的な人材評価とデータによる客観的な分析の比較……などへの利用が考えられているという。ピーブルアナリティクスを活用してタレントマネジメントを高度化する取り組みだといえるだろう。
人材育成への活用も進んでいる。例えば、従業員個々がどのようなスキルを身につけているのかをデータとして管理し、と同時に、既存の研修プログラムに加え、社内に蓄積されている業務ノウハウの動画なども整備。「いつ何をどう学べば、どのようなスキルが身につくか」を体系化し、各従業員に対して、次に必要となるスキルや、その習得のためのコンテンツをリコメンドするのである。スキルとラーニングを効率的に連携させる取り組みであり、こちらはソニーなどで実践が始まっているという。
岩本氏は、こうした取り組みを高く評価している。
「セプテーニ・ホールディングスでは20年以上に渡って人事データの蓄積を進めていて、経営課題に応じて必要なデータを適宜組み合わせ、迅速な分析ができるようになっています。また、いまHRテクノロジーで一番流行っているのが、スキルとラーニングの連携です。年功序列で育てるのではなく、ハイパフォーマーを作っていく必要があるということで、目立つようになってきました」