1. トランジションに必要な行動変化

「長期にわたって有能だった人が、なぜ急に凡人になってしまうのか。(中略)彼らは新しい任務についても、前の任務で成功していたこと、昇進をもたらしてくれたことをやり続ける。(中略)彼ら自身が無能になったからではなく、間違った仕事のやり方をしているからだ。」

これは、ピーター・F・ドラッカーの言葉です(注4)。私たちビジネスパーソンは、成果を上げた結果として次のポジションに進むことが通常です。そのときに問題になることは、成果を上げたポジションで求められる行動と、次のポジションで求められる行動が同じではないということです。それにもかかわらず、自分がそれまで得意としてきたことをやり続けてしまえば、「凡人」になってしまう。経営リーダーの立場になったならば、変えなければならない行動があるのです。
それでは、どのような行動に変わるべきなのでしょうか。定性・定量調査(注5)を実施したところ、3つの行動が抽出されました。

1-1. 経営リーダーへの飛躍に必要な3つの行動変化

●積極的依存:自分を上手く補完してくれる他部門や他者を積極的に頼り、意思決定の質とスピードを向上する(すべてに精通しようとするのではなく)。
●選択的対応:重要事項のみに対応したり、見込みのある部下のみに育成の時間を割くなど、メリハリを付ける(隅々まで関わろうとするのではなく)。
●新たな人脈形成:新たな視点で考えるヒントを与えてくれたり、自分の幅を広げてくれる人との接点を増やす(当座の業務遂行のための人脈形成ではなく)。

企業内で一目置かれる経営リーダーは、現場をまとめるリーダーだった頃と比べると、「積極的依存」、「選択的対応」、「新たな人脈形成」という3種類の行動変化を遂げていたのです。それでは、なぜこうした行動変化が必要なのでしょうか。他の研究結果をもとに、考察します。

1-2. なぜ「積極的依存」が大切なのか

ハーバード大学の研究メンバーによって、米国投資銀行の1,000人以上の花形アナリストを対象とした追跡調査がなされました。転職によるパフォーマンスの変化を知るためです。
アナリストとは自分自身の力で成果を上げるような職業であり、またそのスキルはポータビリティー性が高いことは疑いの余地はありません。ところがほとんどの場合は、転職後にパフォーマンスが低下したそうです。そうした中で、以前のパフォーマンスを維持できていた人たちもいました。その人たちに共通していたことは、一人で転職したのではなく、チームごと移ったことでした(注6)。一見、一匹狼のようなアナリストであっても、実は周囲の協力を得ながら成果を上げていたのです。
我々ビジネスパーソンが一人でできることなど、たかが知れています。ましてや、ポジションが上がって管掌範囲が広くなれば、そのすべてに精通することは不可能です。そのような中でも判断を下さなければならないのが、経営リーダーです。そのため、自分の弱みを謙虚にそして冷静に把握し、それを補ってくれるような人を近くに置くことを考えなければなりません。

1-3. なぜ「選択的対応」が大切なのか

ハーバード・ビジネススクールでは、新任のCEO向けのワークショップ(The New CEO Workshop)を開催しています。1990年代に開始されたこのコースには、これまで200人を超える新任CEOが参加しまし。
そのワークショップで何度も話題に上がる悩みの1つが、「とにかく時間がない」ことです。社外の様々なステークホルダーへの対応や、社内の様々な問題への対処で、身動きがとれなくなってしまうというのです。この悩みに対する教授陣のアドバイスは至って単純で、「多くのことをあきらめなさい」というものです。それを聞いたCEOの多くは、愕然とするそうです(注7)。アドバイスのレベルの低さに愕然とするのではなく、自分が多くのことに関与できないことに愕然とするのです。どうやら我々ビジネスパーソンは、常に隅々まで関与していないと気が済まないようです。責任感が強いほど、このような気持ちになるでしょう。
すべてに関与しようとすれば、すべてにおいて中途半端になってしまいます。さらに言えば、経営リーダーの時間の使い方は、組織の優先順位を伝えるメッセージでもあります。忙しい中でも、わざわざ時間を費やしてくれたことに、従業員は重要性を感じます。誤ったメッセージを送らないためにも、 自分が本当に関与しなければならないことを見極めなければなりません。

1-4. なぜ「新たな人脈形成」が大切なのか

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