ダイバーシティは目的ではなく、会社をよくするための手段

企業がイノベーションを生むためには、ダイバーシティ経営も、非常に重要です。会社の勤続年数が長い人、業界歴が長い人たちのなかに、たとえば、女性や外国人などが入ると、多様な知見が入り、それによって新しい知の組み合わせができて、イノベーションが生まれやすくなります。

「ダイバーシティ=女性の管理職比率を30%にする」という、形を変えた目的にすり変えてはいけません。ダイバーシティは目的ではなく、会社を良くするための手段です。

またダイバーシティについては、一方で、こんな考え方もできます。

そもそも1人の個人が多様な経験や知見を持てば、それ自体がダイバーシティと同じ効果を持つのです。これをイントラパーソナル・ダイバーシティといい、私などは、1人ダイバーシティと呼んでいます。

それを示す例として、日経Woman「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」の4人の女性を紹介します。

・東宝の宣伝プロデューサーの弭間友子さんは、映画「君の名は」をPR。この方はPR会社をいろいろ渡り歩きながら、多数の功績を残しています。
・クリエーターをつなぐスタートアップ企業のロフトワーク代表取締役、林千晶さんは、クリエーターで、元共同通信出身のジャーナリストです。
・飲食店の常識を覆しカスタマイズオーダーを可能にした未来食堂のオーナー、小林せかいさんは、元IBMのエンジニアです。
・VR用のヘッドマウントディスプレイを開発したFOVE CEO、小島由香さんは、元漫画家です。

この4人の共通点は、全員マルチプレイヤーと呼べる存在であること、まさにイントラパーソナル・ダイバーシティです。遠くの知を組み合わせて、それぞれいろんなことをやっているのです。

副業解禁や週休3日制の本当の目的とは

他にも例を挙げて、日本の企業の取り組みを見てみましょう。

ロート製薬は、目薬の会社ですが、『肌ラボ』という化粧品でイノベーションを起こして大成功しました。また、大手企業として初めて副業を解禁しました。これは決してロートの給料が安いからではありません。副業として、本業と離れたことをやってもらうことで、ロートでは絶対知りえない知見や経験や出会いが生まれ、それをロートに持って帰ってきてほしいというのが狙いです。まさに企業として知の探索を行い、社員のイントラパーソナル・ダイバーシティを高めています。

ヤフーの週休3日制も同様、3日ある休みのうち1日でもいいから、趣味やボランティアや副業など、本業と関係ないことをやって、その知見をヤフーに活かしてほしいという想いから始めたものです。

センス・メイキング理論とは“腹落ち”させること

知の探策が日本を変える ~「イノベーションを生めない日本企業」から脱するために~
いくつか例を挙げましたが、知の探索を実践するのは、やはり難しいことです。そこで、知の探索を実践するにあたって、大事なこと、根本的なことは何かということをお話しししょう。それは、センス・メイキング理論です。これを説明するために、こんな実話を紹介します。

ハンガリーのある雪山登山部隊がアルプスで訓練中、吹雪で遭難しました。そんな中、1人の隊員が地図を持っていました。隊長は、このままじっと動かずにいたら、全員死んでしまうだろうと判断し、その地図を頼りに一か八かで下山しよう、と提案しました。

全員一致で合意し、下山を開始しましたが、猛吹雪なので地図が見えません。それでも風の向きや、山の傾斜をたよりに、ひたすら歩き、ついに無事下山できました。しかしその後、隊長はその地図を見て、ぞっとしました。それは遭難した山の地図ではなく、別の山の地図だったのです。隊長は、部下の持っていた地図が正確な地図だと勘違いしていたのでした。

でもその勘違いによって、結果的に助かったのです。地図の正確性に頼っていたら、動こうとは提案しませんでした。そしておそらく全員死んでいました。「このままだったら全員死ぬしかない、だから行くしかない」と全員を腹落ちさせることができたので、助かることができたのです。この腹落ちが、いわゆるセンス・メイキングです。

今ビジネスの世界も、この猛吹雪のように先が見えません。圧倒的に変化が激しい、不確実性の時代に大切なのは、正確性ではありません。「正確な分析に基づいた正確な将来予測」にはしょせん限界があります。重要なのは納得性です。腹落ちです。

お客さま、取引先、投資家、銀行など様々なステークスホルダーを巻き込んで、いろんな人を納得、腹落ちさせて、一緒に巻き込んで、前に進んでいくことが大切なのです。それを実践している代表的な方が、300年先をみているソフトバンクの孫さんでしょう。

グローバル企業は、センス・メイキングを仕組み化して実行し、経営陣が長期ビジョンを腹落ちして決めています。そしてそれを下にも伝えて、浸透させています。

たとえばデュポンでは、経営陣が毎年1回集まって、外部の専門家を呼んで、100年先の未来はどうなるか?を考えています。100年先の未来に対して、デュポンはどういう価値を出していこうか、全員で腹落ちしようとしています。多くの日本企業は、これができていません。長期ビジョンがありません。たとえあったとしても、全員が腹落ちしていません。

最後にまとめましょう。

イノベーションの第一歩は、「知の探索」です。そのためにはまず、失敗を認める評価制度を考えていただきたいと思います。

ダイバーシティは、目的ではなく手段です。1人ダイバーシティが必要です。

そのためにはやはり、働き方改革を行っていく必要があります。その目的は、センス・メイキングによって、長期ビジョンを確立したうえで、自分たちの会社は、どういう会社で、どういう価値が出していけるのかを、全員で腹落ちするためです。そうしてこそ、日本企業がイノベーションを起こし、これからの新しい時代に生き残ることができるのです。
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