※組織学会…約2000名が所属する、日本最大規模の経営学学術団体。
調査の実施概要
日本には、組織運営や戦略、DXといった経営実態に関する包括的な統計がありません。データが無ければ、正しい経営判断も、政策判断も、学術研究も行えません。こうした問題意識から、特にコロナの時代にあって、組織の大規模な変革が叫ばれる時代情勢を勘案し、主として「日本企業の変革の力:イノベーション能力」に焦点を当て、継続的な実態調査をしていくことを目的として当調査は実施されました。
調査の結果、組織(企業)として149社、個人として710名の有効回答を得ました。サンプルの概要は図表1の通りです。本報告では、その調査成果のサマリーとして、企業のイノベーション力がいかなる経営成果に結びついているのか、またイノベーション力を高めるためにはどのような施策が有効なのか、データから明らかになった事柄をお伝えします。
【図表1】調査サンプルの概要
調査結果①:企業のイノベーション力は、市場競争力に結び付いている。イノベーション力の高い企業はコロナへの対応もよくできている。
まず、企業のイノベーション力と経営成果との関係を確認していきます。私たちは他社に先駆けて新製品の開発ができており、かつその新製品の売上構成比率が高い企業を、イノベーション力が高い「革新企業」(n = 65)と位置付けました。この革新企業とそれ以外の企業(n = 114)を比較したところ、前者は後者に比べて、業界トップシェア、あるいは2位・3位のシェアであると回答している企業の割合が大きく異なっていました。イノベーション力を有する企業は単に新しい製品・サービスを生み出しているだけでなく、同時に、それを市場での競争力につなげることができている企業でもある、という実態が明らかになりました(図表2)。
また、革新企業は新型コロナウイルスへの対応でも、それ以外の会社と比較して、上手に対応できているとする回答の割合が多く、新しいものを生み出す力に優れている企業は、事業環境の変化に対応する能力もまた高い、という結果となっています(図表3)。
【図表2】
【図表3】
調査結果②:企業のイノベーション力には、人材の多様性や、それを実現する採用の革新性など、人事施策が影響している。
それでは、こうした企業のイノベーション力は、果たしてどのような要因で高められるのでしょうか。調査の中からは、各種の人事施策が、イノベーション力に寄与している実態が明らかになってきました。
第1には、採用段階での、多彩な選考方法や基準の採用です。革新企業では、その約7割が多彩な選考や面接を利用した募集・選考を実施している実態が明らかになりました(図表4)。
第2には、報酬体系の工夫です。基本的に、革新企業では成果に基づいた報酬システムが採用されていることが多く見られましたが、とりわけ注目すべきは、革新企業では約7割が「所属グループ」の成果に紐づいた報酬システムを採用していたことです。企業の経営成果は基本的にはその組織としてのパフォーマンスに依存することから、組織パフォーマンスを高めることに個人のベクトルを向かわせるような報酬体系が、よく機能している実態が明らかになりました(図表5)。
ダイバーシティも有効な施策でした。革新企業においては、その7割以上が多様な価値観を持った人材の採用・育成方針を実現していました(図表6)。加えてその多様なメンバーを有効活用するうえでは、部門間の連携を高めることも、組織の革新性を促す上で重要でした。革新企業では、約6割の企業で多くの従業員が部門横断チームでの仕事に従事していました(図表7)。
【図表4】
【図表5】
【図表6】
【図表7】
調査結果③:職場レベルの革新性には、心理的安全性、上司との信頼関係、主観的エンプロイアビリティが効いている。
本調査では、企業としてのイノベーション力を支えるものとなる、職場レベルでの革新性についても、いかにしてそれが高まるかを調べています。その結果、明らかとなったのは、「心理的安全性」、「上司との信頼関係」、「エンプロイアビリティ」の3要素が特に職場レベルの革新性に影響しているということでした。
心理的安全性とは、職場内で、安心して自分の考えや意見を言える環境かどうかを測る指標であり、グーグルが実施した調査において、職場の業務効率性やその改善などに強く効いている要因であったことが明らかになっています。本調査でも、心理的安全性の高いグループと低いグループに分けて分析したところ、心理的安全性が高いグループのほうが、職場の革新性の平均値も高まるという結果を得ました(図表8)。
上司との間に信頼関係がつくられていることも大切な要因でした。心理的安全性と同様に、上司との信頼感の高いグループは、低いグループと比べて、職場の革新性が高くなっていることが確認されました(図表8)。
エンプロイアビリティとは、「雇用される能力」を指します。ここでは、「自分は会社から評価され雇用され続けられる」と自己評価できるかどうかという、主観的エンプロイアビリティを個人の心理状態として測定しています。この個人の主観的エンプロイアビリティが高いとき、職場の革新性が高くなっていることが確認されました(図表8)。
【図表8】
まとめ:エビデンスに基づく最新の人事施策で、組織のイノベーション力を高め、時代を乗り越えていくこと
以上の調査内容を総括すれば、近年注目されている、各種の人事施策や概念は、いずれも企業や職場のイノベーション力を高め、経営成果や環境変化への対応力を高めることに繋がっているということになります。ダイバーシティ、グループに紐づく成果報酬体系、心理的安全性、主観的エンプロイアビリティといった要素は、現代の日本企業において、確かにイノベーション力に効いていることが明らかになりました。
近年登場している、こうした概念や施策は、決して根拠なく提案されているものではありません。いずれも、過去に時を変え場所を変えて検証され、その効果が確認されてきたエビデンスのあるものなのです。そうしたエビデンスに支えられた新しい人事施策にきちんと取り組んできた企業は、確かにイノベーション力を高め、この困難な時代にあっても上手に対応し、高い経営成果を上げているという実体が、本調査からは明らかになりました。
足下の状況を見れば、まだまだ新型コロナウイルス感染症による環境激変の時代が続きます。そうした時代を乗り越えてゆくためにも、人事はその役割を果たしていく必要があると言えるでしょう。
【調査概要】
■マクロ調査(組織の調査)
・調査期間:2020年9月20日~2021年1月31日
・調査主体:特定非営利活動法人 組織学会
・調査協力:HR総研
・調査方法:質問票によるアンケート調査(WEBによる回答)
・調査対象:「HRプロ」「人事PRO-Q」(ProFuture株式会社)登録企業の人事担当者
組織学会研究者ネットワークの担当者
・有効回答:149社
■ミクロ調査(個人の調査)
・調査期間:2020年9月20日~2021年2月28日
・調査主体:特定非営利活動法人 組織学会
・調査協力:HR総研
・調査方法:質問票によるアンケート調査(WEBによる回答)
・調査対象:人事担当者から依頼を受けたミドル層
組織学会研究者ネットワークの担当者から依頼を受けたミドル層
・有効回答:710名
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