経営トップから意識変革が必要
近年、労働者の「健康」を追求してパフォーマンスを向上させることにより、企業が持続可能な成長を遂げることへの気運が高まっている。大綱も、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)のとれた働き方ができる職場環境づくり」として、「定時退社や年次有給休暇の取得促進等」の「積極的な取組は企業価値を高める」のに対し、「過労死等を発生させた場合にはその価値を下げることにつながり得る」(第2・2-3)と、この動きと軌を一にした指摘をしている。
企業としては、長時間残業など過重労働のリスクを認識しつつ、健康な働き方を指向することが求められていると言えよう。
企業は、労働者が長時間の残業をした場合は、これを是正して心身の健康を損なうことがないよう配慮する義務(安全配慮義務)を負っている。
この労働契約法5条が定める安全配慮義務に違反すると、損害賠償責任というリスクが発生するのだが、そのリスク回避策の一端もやはり大綱から読み解くことができる。
大綱は閣議決定された行政文書として公表されているのだから、企業は内容を知っておく必要がある。過労死が発生してから「知らない」と主張しても、免責されることはない。
そこで、まずは経営トップの意識を変えていかなければならない。この点を、大綱では「長時間労働が生じている職場においては、人員の増員や業務量の見直し、マネジメントの在り方及び企業文化や職場風土等を見直していくことが必要であり、これまでの働き方を改め、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)のとれた働き方ができる職場環境づくりを進める必要がある」(第2・2-3)とし、さらに、「過労死等の防止のためには、最高責任者・経営幹部が事業主として過労死等は発生させないという決意を持って関与し、先頭に立って、働き方改革、年次有給休暇の取得促進、メンタルヘルス対策、ハラスメントの予防・解決に向けた取組等を推進するよう努める」(第5・2-1)と述べている。
長時間労働が常態化している職場環境においては、企業だけでなく、経営者個人も損害賠償責任を負う可能性があることに留意したほうがよいだろう。
労働時間の把握と長時間労働の是正
長時間労働を防止するためには、まず労働者の労働時間を把握する必要がある。この点につき、大綱は「過労死等の防止のためには長時間労働の削減や休息の確保が重要であるが、同時にこれまでの調査研究において、労働時間の適正な把握や職種ごとの特徴を踏まえた対応が効果的であることが示され」ており、「職場環境や勤務体制等を含めてどのような発生要因等があるかを明らかにしていく必要がある」(第1・2-8)と述べている。また、「『労働時間を正確に把握すること』及び『残業手当を全額支給すること』が、『残業時間の減少』、『年次有給休暇の取得日数の増加』、『メンタルヘルス状態の良好化に資する』旨の分析がある」(第4・3-3)とし、「(長時間労働を防止するためには)労働時間の把握が様々な対策の前提になることから、その把握を客観的に行うよう、より一層啓発する必要がある」(第1・2-8)と指摘している。
長時間労働を看過することは、2017年1月20日に発出された「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(基発0120第3号)に違反している。労働時間を知らなかったと言っても、企業は免責されないので留意されたい。
そして、長時間労働の実態が判明すれば、これを是正しなければならない。大綱も、「過労死等をもたらす一つの原因は長時間労働であるが、労働時間については、平均的な労働者ではなく、特に長時間就労する労働者に着目して、その労働時間の短縮と年次有給休暇の取得を促進するための対策が必要である」(第1・2-8)とし、「各職場において、これまでの労働慣行が長時間労働を前提としているのであれば、企業文化等の見直しを含め、それを変え、定時退社や年次有給休暇の取得促進等、それぞれの実情に応じた積極的な取組が行われるよう働きかけていくことが必要である」(第2・2-3)と指摘している。
つまり企業としては、長時間労働を認識し得たのであれば、安全配慮義務の履行として、業務の優先順位づけ、不要不急の業務の削減、定時退社、年休取得など、具体的な是正措置を現実に講じなければならないのだ。
このような措置を講じる際には、トップダウンで対策を計画し、実行に移すことが肝要である。自明のことだが、職場の実情から乖離していては「絵に描いた餅」になるので、従業員の意見を反映することも重要だ。企業の実情を踏まえ、トップダウンとボトムアップを融合させた変革が望まれると言えよう。