平成24年に厚生労働省から「職場のパワーハラスメント対策の推進について」という通達が出され、パワーハラスメント対策を推進することが明確に都道府県労働局長に指示された。平成26年4月、この通達が改正され、再度、職場のパワーハラスメント対策をより一層推進することが指示された。
パワハラと業務上の指導の線引きはどこ?

 理由としては、総合労働相談コーナーへの職場のいじめや嫌がらせの相談が増加し続けて、社会問題として顕在化しており、適切な労働条件の確保や労働者の心の健康の保持増進等良好な職場環境の維持改善を図る観点から、また、個別労働関係紛争を未然に防止する観点から、職場のパワーハラスメント対策の推進は、労働行政にとって重要な課題となっている、としている。

 企業にとっては、
・パワーハラスメント(以下、パワハラという)を受けた人が休職や退職に追い込まれることは人材の喪失である。
・パワハラの被害を受けた人ばかりでなくその影響は回りの人にも波及し、仕事への意欲の低下が職場全体の士気の低下を招いて生産性にも影響を及ぼすおそれがある。
・裁判で、知っていながらパワハラを放置していたと使用者責任を問われれば、安全配慮義務違反、損害賠償の責任を負うことになりかねない。
・平成23年12月「心理的負荷による精神障害認定の認定基準について」が新たに定められ、労災認定基準がこれによって判断されることとなった。

 具体例としては、部下に対する上司の言動が業務指導の範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれていた、あるいは同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた、治療を要する程度の暴行を受けた、などという行為が、精神障害の発病前おおむね6か月の間に行われていたなら、それは労災の認定要件を満たすとしている。
企業にとって、パワハラ対策が経営上重要な課題であることは間違いない。

 取り組む重要性を感じていても、なかなか取り組みが進まない理由のひとつに、パワハラと業務上の指導の線引きの難しさがある。
セクハラの基準は、受けた側が嫌だと思ったか思わないかが基準であるが、パワハラの場合は、境界線がはっきりしない。業務の適正な範囲(指導、教育)を超えているか超えていないかが判断基準なのだが、この線引きが難しい。
 どのような行為がパワハラに該当するのか、どのような行為を職場からなくすべきなのかを労使ともに認識を共有することが必要である。
 厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」(以下、「円卓会議」という)のワーキンググループは、平成24年1月、職場のパワーハラスメントの概念をこう位置付けた。
 職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性(※)を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。
※上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。

 多少の行き過ぎは仕方ない、自分が若いころはそれが普通だった、とか、厳しい指導は熱意のあらわれとして許容してきた風潮が、会社の中にないだろうか。
 たとえ熱意のあらわれであっても、行き過ぎは何をおいてもダメだということを、まず会社のトップは明言しなければならない。
 
 具体的な例で考えてみると、
皆がいる前で、聞こえるような大きな声で「こんな簡単な仕事もできないやつには用はない」というのはパワハラになるだろうか。
言葉自体を問う前に、そもそも皆がいる前で聞こえるような大きな声で言う必要があったのだろうか。これは、成長につながる指導と言えるだろうか。人権や人格を傷つける行為ではないだろうかと考える視点が必要である。
 そう考えれば、皆がいる前で大きな声で言う行為が、成長につがなる指導として適切ではないことは疑問の余地はないだろう。
自身の言動を、一度、こういう視点で点検してみてはいかがだろうか。


鈴木社会保険労務士事務所 鈴木 早苗

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