利潤を重視するか、従業員の健康を重視するか
会社は、商行為を行う法人だ。それゆえ、営利を目的とする活動を行う。株式会社の経営者である取締役は、株主総会で選任される。会社と取締役との関係は委任契約関係にあり、取締役は会社に対して善管注意義務を負う。
取締役は、利潤を追求して会社の利益を上げ、株主に対する剰余金の配当を最大化することが使命の一つとなる。経営者(取締役)が利潤重視の立場に立つことは、ビジネス倫理の観点からしても完全に否定されるべきことではないだろう。
しかし株主への分配を最優先にし、利潤の最大化を短期的に図るため、従業員の生命や健康を犠牲にしてよいはずはない。経営者は従業員を、株主の利益という目的の手段としてのみに扱ってはならないのだ。
それでは、コンプライアンスを意識していれば、経営者は利潤重視でもよいのか。
このような見解は当然あり得る。なぜなら労働法で言えば、労働基準法と労働安全衛生法は、労働者が人たるに値する生活を営むための最低基準を定めたものである。よって「この最低基準だけを遵守していればよい」と言えないこともないからだ。
メンタル不調による「損失」も対策による「利益」も、どちらも目に見えにくい
冒頭で述べたように、従業員がうつ病により自殺し、それが業務に起因する場合、会社は遺族に対して高額な損害賠償責任を負うことがある。会社が訴訟対応に費やす労力も無視できない。そこまで至らないとしても、従業員がうつ病を発病すると、思考力や集中力が低下する。それとともに欠勤、休職、退職した場合には、職場全体の労働力の損失が大きくなる。
この「損失」を解消するため、リスクマネジメントの観点から、メンタルヘルス対策を実施している企業もある。
ただ、現代の企業経営では、コンプライアンスやリスクマネジメントを実行していくのは当然のこととして、常日頃から従業員の健康的な働き方を追求することが重要である。一人のメンタルヘルス不調者が出たことによる「損失」は、目に見えにくいからだ。
例えば、労働時間を適正に把握することは、賃金不払残業をなくし、従業員の健康管理にかかる法令遵守にもなる。同時に、残業時間が減少し、適正な残業代が支払われると、従業員は趣味やスポーツなどの余暇を充実させることができる。
そうすると従業員は、ストレスを解消して元気に働くだけでなく、余暇での体験から、思わぬひらめきを生むこともあるだろう。
こうしたアイデアが、直接的ないしは間接的に仕事に結びつく。目に見えにくいものではあるが、会社にとって「利益」となり、ひいては企業価値を高めることにつながる。