「社会保険」は、国民生活の安定と安全、とりわけ企業に勤める人の暮らしを支える公的な制度として運用されている。ただし、いくつかの種類があり、さまざまな届け出や手続きが必要となってくるうえに、保険料や年金額の計算は正確に行わなければならない。そこで本稿では狭義での「社会保険」、すなわち「健康保険」、「厚生年金保険」、「介護保険」について、その機能・役割・目的、加入条件や計算方法などを詳しく解説する。
社会保険

「社会保険」とは?

「社会保険」とは、「健康保険」、「厚生年金保険」、「介護保険」という3つの保険の総称である。そもそも「保険」とは、将来のリスクに備える金銭的な保障手段だと言える。病気の治療費が必要になった、怪我のために働けなくなり収入が激減した、そうした事態に備えて保険料を支払い、いざという時に給付金を受け取るという仕組みだ。

国民全体の安心や生活の安定を支えるセーフティネットとして用意され、加入が義務づけられている保険が前述した3つの「社会保険」であり、厚生労働省のホームページでは「国民が病気、けが、出産、死亡、老齢、障害、失業など生活の困難をもたらすいろいろな事故(保険事故)に遭遇した場合に一定の給付を行い、その生活の安定を図ることを目的とした強制加入の保険制度」と説明されている。

また広義では2つの「労働保険」を「社会保険」に含める場合もある。2つの「労働保険」とは、失業者や育児・介護のため休業する者などに給付を行う「雇用保険」と、業務上または通勤時に負った傷病などに対して給付を行う「労災保険」だ。本稿では最初に述べた狭義の「社会保険」、すなわち「健康保険」、「厚生年金保険」、「介護保険」について説明する。


「社会保険」の加入条件や計算方法とは? 手続きや適用拡大についても解説

3つの「社会保険」の役割

●健康保険

「健康保険」は病気・けがに備える保険で、会社に勤める正社員および一定の条件を満たす非正規社員に加入が義務づけられている制度である。加入者(被保険者)とその家族(配偶者や三親等以内の親族)が病気・けがを治療するために病院にかかる際、費用の一部は「健康保険」によって支払われるため、自身が支払うのは“自己負担分”のみとなる。もし「健康保険」に加入していない場合は“全額自己負担”となってしまう。

「健康保険」を運営する組織には「健康保険組合」と「全国健康保険協会(協会けんぽ)」の2種類があり、これらは「保険者」と呼ばれる。「健康保険組合」は常時700人以上の従業員を雇用している大企業、または複数の会社によって設立された組織で、全国に1300以上の組合が存在し、約2800万人の加入者を擁する。いっぽう「協会けんぽ」は主に「健康保険組合」を設立していない中小企業のための組織で、加入者数は約4000万人となっている。

「健康保険」は個人ではなく勤め先を介して加入すること、収める保険料は被保険者と会社が分担する“労使折半”であることも特徴である。

●厚生年金保険

「厚生年金保険」は老後や障害に備える保険で、こちらも正社員および一定の条件を満たす非正規社員に加入が義務づけられている。保険料の“労使折半”も「健康保険」と同じだ。運営主体は日本政府、管轄は厚生労働省で、日本年金機構に事務などを委託している。

「年金」という形で給付金を受給することができるのは、まず被保険者が一定の年齢に達した時(老齢年金)。従来の支給開始年齢は60歳だったが、段階的に引き上げられ、男性は2025年度、女性は2030年度以降、65歳となる。また病気・けがで障害を負った場合にも給付金(障害年金)を受給できる。

なお日本の年金は、20歳以上60歳未満のすべての人が加入する「国民年金(基礎年金)」と、ここで説明している「厚生年金保険」の“2階建て”となっている。「厚生年金保険」の被保険者は、「国民年金」の給付金(1階部分)に「厚生年金保険」の給付金(2階部分)を上乗せして受け取れるのである。

●介護保険

「介護保険」は介護が必要となった場合に備える保険で、老化・疾病によって要介護・要支援状態となった時に給付金を受け取れる仕組みである。国・市区町村の予算と40歳以上の国民が支払う介護保険料が財源で、運営主体は市区町村となっている。

「社会保険」の加入条件と適用拡大

●事業所の加入条件

原則としてすべての法人事業所(企業)に加入義務がある。保険が適用されるのは事業所単位となるが、本社が一括して実務を担当するのが一般的だ。また保険が適用される事業所は以下の2つに分類される。

強制適用事業所
製造業、土木建築業、運送業、物品販売業など定められた事業を行い、常時5人以上の従業員を使用する事業所、および常時従業員を使用する国、地方公共団体、法人の事業所。これらは事業主の意思に関係なく、強制加入となる。

任意適用事業所
上記「強制適用事業所」に該当しない事業として、飲食店、接客業、旅館業、サービス業などがある。これらの事業を行う場合でも、社員の半数以上が同意し、会社が厚生労働大臣の認可を受けることで「社会保険」が適用されることになる。これが「任意適用事業所」である。

●従業員の加入条件

適用事業所で働く従業員のうち、以下の人たちが「社会保険」の加入者となる(ただし「介護保険」は原則として40歳以上の人が加入)。

・75歳未満の正社員や会社の代表者、役員等
・70歳未満で週の所定労働時間および1ヶ月の所定労働日数が、常時雇用者の4分の3以上である人
・以下のすべてに該当する短時間労働者(パート、アルバイトなど)
 1.従業員数51人以上の事業所に勤務している
 2.1週間の所定労働時間が20時間以上
 3.2カ月を超える雇用の見込みがある(フルタイムと同様)
 4.学生ではない(夜間学生、通信制は除く)
 5.月額の賃金が8.8万円を超える

●加入条件の拡大とその背景

短時間労働者(パート、アルバイトなど)に関しては、これまで「従業員数101人以上の事業所に勤務している」ことが加入条件となっていたが、2024年10月から適用範囲が拡大され「従業員数51人以上」となった。正規雇用者に比べて非正規雇用者が十分な社会保障を受けられていないという格差を是正するための改正であると同時に「少子高齢化にともなう社会保険加入者の減少を鑑み、より多くの労働者に加入してもらい、制度を維持する」という目的も持つと言える。

「社会保険料」の計算方法

3つの「社会保険」は、それぞれ保険料(加入者が収めるお金)の計算方法が定められている。

●健康保険料の計算方法

「健康保険」の保険料は、被保険者の年齢、4月から6月に支払われた報酬の平均額から算出した「標準報酬月額」などに基づいて、下記の式で計算される。なお保険料率は「保険者(組合)」や都道府県によって異なる。

A.給与から納付する健康保険料=標準報酬月額×健康保険料率
B.賞与から納付する健康保険料=標準賞与額×健康保険料率


健康保険料は“労使折半”なので、算出された額の半分が企業負担、残り半分は自己負担分としていわゆる“天引き”されることとなる。「標準報酬月額」が50万円、保険料率が10%の「保険者(組合)」の場合は、保険料が5万円、企業負担と自己負担が各2万5千円ということになる。

●厚生年金保険料の計算方法

「厚生年金保険」の保険料も、「健康保険」と同様の式で計算され、“労使折半”で納めることとなっている。

A.給与から納付する厚生年金保険料=標準報酬月額×厚生年金保険料率
B.賞与から納付する厚生年金保険料=標準賞与額×厚生年金保険料率


なお厚生年金保険の保険料率は、年金制度改正に基づき段階的に引き上げられてきたが、2017年以降は18.3%で固定されている。

●介護保険料の計算方法

「介護保険」の保険料は40歳以上65歳未満の被保険者が納付することとなり、健康保険料に上乗せする形で“労使折半”で納める。住んでいる地域(市町村)によって介護保険料率は異なる。

A.給与から納付する介護保険料=標準報酬月額×介護保険料率
B.賞与から納付する介護保険料=標準賞与額×介護保険料率

●社会保険料の注意点

上述の通り「厚生年金保険」の保険料率は全国一律だが、「健康保険」と「介護保険」の保険料率は加入している組合や住んでいる地域によって異なる。おおむね「医療費や介護にかかる費用(予算)が大きい地域ほど負担も大きくなる」と考えていいだろう。

また「社会保険」では、加入者の家族が加入者の収入によって養われている「扶養」と判断された場合、保険料を負担する必要はない。だが配偶者や子どもが上述した「従業員の加入条件」を満たす場合、「社会保険」への加入および保険料の支払い義務が生じる点には注意が必要である。

健康保険(社会保険)と国民健康保険の違い

日本では“国民皆保険制度”が導入され、すべての国民が公的医療保険に加入することとなっている。本稿で説明している「社会保険」としての「健康保険」は、企業の従業員、公務員、一定の条件を満たす短時間労働者が加入する公的医療保険である。これとは別に運営されているのが「国民健康保険」だ。

●国民健康保険の加入対象者や運営主体

「国民健康保険」は、自営業者やフリーランス、年金受給者、学生などが加入する公的医療保険である。機能・役割は「健康保険」と同様で、保険料を納めることで個人にかかる医療費を軽減するのが目的となっている。

「国民健康保険」の運営主体は都道府県・市区町村で、「健康保険」に加入していない者すべてに加入義務があり、保険料は全額が被保険者負担となる。

●扶養の考え方の違い

「社会保険」としての「健康保険」では、加入者の収入によって養われている「扶養」と判断された家族は、保険料を負担する必要はない。一方で「国民健康保険」には「扶養」という概念が存在しない点が「健康保険」との大きな違いである。

「国民健康保険」の保険料は、被保険者の人数、収入、年齢を基に計算され、世帯主が被保険者全員分の保険料を納めることになる。

●国民健康保険の保険料計算方法

「国民健康保険」の保険料は、料率、算定方法、徴収期限などが市区町村ごとに定められている。計算式の代表例としては以下のようなものがあげられる。

「国民健康保険」の保険料=所得割+均等割
※所得割=世帯所得×料率
※均等割=固定額×被保険者の人数


また保険料は「医療分(すべての加入者が対象/医療費の財源)」、「後期高齢者支援金分(すべての加入者が対象/75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度の医療費の財源)」、「介護分(40歳~64歳の加入者が対象/介護保険の保険料)」の3つで構成される。

「社会保険」の加入手続き

会社を設立する際や、「社会保険」の適用を受けようとする場合には届け出が必要となる。また雇用される側(従業員)は、一般的には会社への入社時に「社会保険」にも加入し、被保険者としての資格を取得することとなる。各保険料の算出、個人負担分の徴収、会社負担分の支払い、それらの納付などは会社が担当することになる。

●事業主(法人)・雇用者としての手続き

【「健康保険」や「厚生年金保険」の適用事業所となった場合】
「健康保険・厚生年金保険 新規適用届」や「任意適用申請書」を作成し、法人(商業)登記簿謄本、法人番号指定通知書、事業主の世帯全員の住民票の写しなど必要な書類とともに、日本年金機構や年金事務所に届け出ることとなる。



【従業員の採用時/契約変更によって従業員が「社会保険」の加入要件を満たした時】
「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届/厚生年金保険 70歳以上被用者該当届」を、日本年金機構へ提出する。

●被雇用者(従業員)の手続き

被保険者に扶養家族・親族がいる場合は「健康保険・厚生年金被扶養者(異動)届」を提出する必要がある。その際、続柄を証明する書類として被扶養者の戸籍謄(抄)本か住民票の写しも用意しなければならない。

なお届出用の書類については日本年金機構のホームページにてダウンロード可能となっている。

従業員の退職時の手続きと任意継続制度

●従業員が「社会保険」から脱退する場合

退職、死亡、契約変更などによって従業員が「社会保険」の加入要件を満たさなくなった時には、会社が“資格喪失”の手続きを行う。届出用の書類については日本年金機構のホームページにてダウンロード可能で、提出先は管轄の事務センターもしくは年金事務所となる。

●退職時に選択できる「健康保険」の任意継続制度

上述の通り、会社を退職した場合、従業員は「社会保険」の被保険者資格を喪失する。もちろん別の会社に入社する場合には、その会社が新たに被保険者の資格取得を届け出ることになる。そうでない場合は「国民健康保険」に加入することになる。

しかし従業員側が希望すれば、「国民健康保険」には加入せず、それまでの「健康保険」の被保険者資格を継続させることが可能だ。この制度は「任意継続」と呼ばれている。なお「厚生年金保険」に「任意継続」の制度はない。

「健康保険」の「任意継続」を選択するためには、退職日の前日まで被保険者期間が2カ月以上継続していなければならない。また75歳以上は後期高齢者医療制度の対象となるため「任意継続」は選択できない。

「任意継続」の場合、会社による保険料の半分負担がなくなり、全額自己負担となる。単純に退職前の2倍の保険料を支払う必要が生じるわけだ。ただし保険者(組合)によっては保険料に上限が定められている場合がある。また「国民健康保険」に移行する場合と比較して保険料の安いほうを選べる点に「任意継続」の利用価値があると言える。

「任意継続」できる期間は2年で、その間の保険料は確定申告で控除を受けることができまる。2年経過後は「国民健康保険」に加入するか、家族の「扶養」に入る必要がある。

まとめ

「社会保険」は、ほぼすべての事業所・事業主に加入義務がある。未加入のままだと「6ヶ月以下の懲役もしくは50万円以下の罰金」という罰則が科されるほか、過去2年間遡っての保険料徴収、延滞金、ハローワークに求人を出せないといったペナルティも発生する。

そもそも厚生労働省が「国民全体の安心や生活の安定を支えるセーフティネット」と謳っているように、「社会保険」への加入や各種手続きは労働者を雇う者としての義務であり、また求職者が勤務先を選択する際に当然のように期待する制度であるといえる。もし疎かにすれば企業としての信頼は失墜するだろう。

逆に、労働者の立場に配慮したサポートや速やかな申請などを通じて、雇用する側とされる側に信頼関係を築くことも可能といえる。「社会保険」に関する手続きや届け出などは、滞りなく進めたいものである。

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