マタニティハラスメントの略である「マタハラ」。妊娠・出産・育児に関して、女性労働者が職場で受ける不当な取り扱いや嫌がらせなどを指し、セクハラやパワハラと同様、社会的にはかなり定着してきた感がある。加害者としては、ほんの冗談で言ったつもりであっても、被害者にとっては大きな苦痛となることが多いのが「マタハラ」だ。それだけに、厳正に対処していかなければいけない。そこで、本稿では「マタハラ(マタニティハラスメント」の定義や具体例、防止措置などについて考察していく。
マタニティハラスメント

「マタハラ」とは?

「マタハラ」とは、マタニティハラスメントという和製英語の略語だ。女性従業員が職場において妊娠や出産、育児などを理由として、上司などから不当な取り扱いや嫌がらせをされ、精神的苦痛を被ることを言う。厚生労働省では、2017年の男女雇用機会均等法および育児・介護休業法の改正により、「職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント」、すなわち「マタハラ」への防止措置を事業者に義務付けている。

●「パタハラ」との違いについて

「マタハラ」と類する用語に「パタハラ」がある。和製英語である「パタニティハラスメント」の略だ。「マタハラ」が女性に対しての妊娠・出産・育児に関するハラスメントであるのに対して、「パタハラ」は育児休業の取得や時短勤務などを申し出る男性に対する不当な取り扱いや嫌がらせを意味する。ただ、場合によっては「パタハラ」も含めて妊娠・出産・育児に関するハラスメントを「マタハラ」と総称することもある。

厚生労働省が示す「マタハラ」の分類と言動例

次に、厚生労働省では「マタハラ」をどう分類しているのか。具体的な言動例と併せて見ていきたい。

●制度等の利用への嫌がらせ型

男女雇用機会均等法や育児・介護休業法で対象としている妊娠や出産・育児に関する制度・措置等を女性が利用しようとする際の不当な言動を指す。例えば、解雇等の不利益な取り扱いをほのめかす、制度利用を妨害する、嫌がらせを行うなどが挙げられる。

具体的な言動例は以下の通りだ。
・産前の健診のために休業を申請した女性従業員に対して、正当な理由なく「勤務時間外に病院に行くようにしてほしい」と発言する
・育児休業の取得を希望する女性従業員に、「休みを取るのであれば退職してもらう」と圧力をかける
・育児のために短時間勤務を続けている女性従業員に、「仕事が楽で羨ましいな」と嫌味を言う

●状態への嫌がらせ型

状態への嫌がらせ型とは従業員が妊娠・出産する(した)という状態に対して、解雇等の不利益な取り扱いを示唆したり、嫌がらせを行ったりすることで、労働者の就業環境を悪くすることを言う。

具体的な言動例は以下の通りだ。
・妊娠した女性従業員に「よりによって、どうしてこんな忙しい時期に妊娠をするんだろうか」と嫌味を込めて発言する
・上司に妊娠を伝えたところ、「この際に会社を辞めてはどうか」と言う
・「妊婦は戦力にならない。雑用を担当してくれるだけで良い」と言う

「マタハラ」の主な原因

ところで、「マタハラ」はどうして発生してしまうのであろうか。その主な原因を説明したい。

●妊娠や出産、育児への理解不足

理解や知識不足によって「マタハラ」をしてしまう人は珍しくない。例えば、「妊娠をしていても従来と同様の仕事ができるのでは」と無理強いをしたり、逆に「大変な時期だから」と本人への確認もないまま簡単な仕事しか任せなかったりしてしまう。中には、妊娠や出産を経験した女性が、「自分の時には症状が軽かったから」と主観を押し付けてくるケースもある。

●仕事と育児の両立が困難な環境

法律によって、妊娠や出産、育児をする権利が守られている。当然ながら、その期間中は従来のようには働けないので、他の社員が業務を補う必要がある。ただ、どの職場でも人的な余裕はないだけに、実際のところはかなり負担を強いられることになりがちだ。その不満が「マタハラ」として現れてしまう。

●性別への固定観念

「男性や女性はこうあるべきだ」という強すぎる固定観念も、「マタハラ」の原因となり得る。「男性が育児に関わるとは情けない。必死に働いて家を守るべきだ」、「子どものためにも母親と一緒に過ごす時間を多くした方が良い」などといった発言は、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)によって引き起こされると言える。

事業者が知っておくべき「不利益取扱い禁止」と「事業者の責務」

ここでは、法律で定められている事業者による不利益取扱い禁止と事業者の責務について解説したい。

●不利益取扱いの禁止

男女雇用機会均等法9条、育児・介護休業法10条等により、事業主に対して妊娠、出産、産前産後休業・育児休業の申出・取得等を理由とする不利益取り扱いを禁止している。

具体的には、解雇や契約更新の拒否、雇用形態の強制的な変更(例:正社員からパートタイム労働者へとする)、降格、減給、昇進等での不利益な評価、不利益な配置転換、一方的な自宅待機の指示などが対象となる。もし、こうしたことが行われた場合には、被害者は離職を考えるかもしれないし、会社に対して損害賠償請求等の訴訟を起こす可能性もあるので注意を要する。

●事業者の責務

男女雇用機会均等法11条4項、育児・介護休業法25条2項により、事業者には以下の責務が課せられている。

・従業員が「マタハラ」の問題に関心と理解を深めるよう努めること
・従業員が他の従業員に対する言動に必要な注意を払うよう、研修を実施するなど必要な配慮をすること
・国が「マタハラ」禁止を目的に行う広報活動などに協力すること
・自らも「マタハラ」に対する関心と理解を深め、従業員に対する言動に必要な注意を払うこと

同様に従業員も、「マタハラ」に関する関心と理解を深め、他の従業員に対する言動に十分な注意を払うとともに、事業者の講ずる措置に積極的に協力すべきであると、上記の法律で定められている。

「マタハラ」の裁判事例

実際の判例から、具体的にどんな行為が「マタハラ」にあたるのか、その基準を学んでいこう。

●広島市中央保健生協事件

最高裁平成26年10月23日の判例では、理学療法士の女性が妊娠を理由に副主任の職を解かれ、育児休業後も復帰させられなかったことが男女雇用機会均等法違反であると判断された。裁判所は、労働者の自由意思による同意がない限り、妊娠・出産等を理由とした降格や不利益変更は違法であるとの判断基準を示している。

具体的に「マタハラ」に該当すると判断されたのは、以下のような行為だった。
・妊娠を理由に、労働者の意向に反して降格や職位の剥奪した
・軽易業務への転換に伴い、労働者に十分な説明をせずに不利益な処遇変更を行った
・妊娠・出産・育児休業後の復職時に、以前の職位や待遇を回復させなかった
・会社側に業務上の必要性がないにもかかわらず、妊娠・出産等を理由とした不利益な取り扱いを行った

事業者が講ずべき「マタハラ」防止措置11項目

厚生労働省では、職場におけるハラスメントの防止に向けて事業主が雇用管理上講ずべき11項目もの措置を指針として掲げている。それらを大別して取り上げたい。

●方針の明確化および周知・啓発

事業者には「マタハラ」に対する方針を明確化するとともに、周知・啓発を行う義務がある。具体的には、以下の事項を明らかにし、管理監督者を含むすべての従業員に周知・啓発しなければいけない。

■項目1
・「マタハラ」の内容
・妊娠や出産、育児休業などに関する否定的な言動が職場における「マタハラ」の原因や背景となり得ること
・「マタハラ」に該当する行為はあってはいけない旨の方針
・従業員は、妊娠や出産、育児に関連する制度等を利用できること

■項目2
・「マタハラ」を行った従業員は、厳正に対処する旨の方針、対処の内容

●相談・苦情に対応するための体制整備

事業者は、「マタハラ」に関する相談や苦情に対する窓口を設けるなど、体制を整備することが義務付けられている。具体的には以下の通りだ。

■項目3
・相談窓口をあらかじめ設けること

■項目4
・相談窓口担当者が、「マタハラ」行為の内容や状況を踏まえて適切に対応できるようにすること
・「マタハラ」が起こり得る可能性がある場合や、「マタハラ」行為のレベルが軽微である場合であっても相談に対応すること
【望ましい取り組み】昨今、ハラスメントはかなり多様化してきている。その内容によって相談窓口をわけてしまうと従業員は相談しにくくなる。そのためにも、厚生労働省では指針として、一元的な相談窓口を設置することを推奨している。

●事後の迅速かつ適切な対応

「マタハラ」を含め、ハラスメントは放置するほど事態が悪化の一途を辿ってしまう。「マタハラ」が発生した際には以下の対応を迅速かつ適切に行わなければいけない。

■項目5
・事実関係を迅速かつ正確に確認すること

■項目6
・事実確認ができた場合に、速やかに被害者に対する配慮の措置を適正に行うこと

■項目7
・事実確認ができた場合には、行為者に対する措置を適正に行うこと

■項目8
・再発防止に向けた措置を講じること

●原因や背景となる要因の解消措置

「マタハラ」には起こる原因や背景となる要因があるとされている。それらを解消するための措置を講じなければいけない。

■項目9
・業務体制の整備など、事業主や妊娠等をした労働者その他の労働者の実情に応じ、必要な措置を講ずること
【望ましい取り組み】妊娠等をした労働者の側においても、制度等の利用ができるという知識を持つことや、周囲と円滑なコミュニケーションを図りながら自身の体調等に応じて適切に業務を遂行していくという意識を持つことを周知・啓発すること

●その他の措置

上記以外にも、企業では以下の措置も講じなければならない。

■項目10
・相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、周知すること

■項目11
・相談したこと、事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、労働者に周知・啓発すること

まとめ

人的資本経営が叫ばれる中、多くの企業では「自社における成長の源泉は人である」と喧伝している。しかし、どれだけ開示された数値が素晴らしかったとしても、妊娠・出産・育児に関わる従業員を一人でも守ることができないようでは、何の意味も成さない。しかも、昨今は共働き家庭が増加しており、妊娠、出産を経てからの復職を望む女性は珍しくない。それだけに、「マタハラ」は絶対に起こしてはいけない。

しかし、後を絶たないのが実態だ。「マタハラ」には偶然に起こるものはないと言われている。要は、起こるべき要因が必ずあるというわけだ。良い職場環境を構築し、維持していくためにも、たとえ小さな芽であっても早めに措置を講じる必要がある。事業者だけでなく、人事担当者やマネージャーとしても責務を果たすことを心がけたい。



よくある質問

●「マタハラ」になる発言の例は?

妊娠や出産・育児に関する制度・措置等を女性が利用しようとする際に、「休みを取るのであれば退職してもらう」など解雇等の不利益な取り扱いをほのめかしたり、制度利用を妨害したり、「仕事が楽で羨ましい」と嫌味を言ったりすることは「マタハラ」に該当する。また、妊娠・出産する従業員に対して、「この際に会社を辞めてはどうか」、「雑用を担当してくれるだけで良い」などと、不利益な取り扱いを示唆したり、嫌がらせを行ったりすることも「マタハラ」となる。
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