本連載の第7回で、「経営幹部各位に必読書としていただきたい経営書・ビジネス書」について触れましたが、『ビジョナリー・カンパニー』シリーズも、この中に入れておくべき経営の原理原則本です。この著書において特に注目したいのは、著者のジム・コリンズが「偉大な企業を創る経営者は、事業、ビジネスを進める際に、絶対に外さない3つのことがある」と述べている箇所です。今回はその『ビジョナリー・カンパニー』シリーズについて、“経営幹部育成”という観点から、特に押さえておきたい箇所にフォーカスして紹介したいと思います。
第9回:『ビジョナリー・カンパニー』シリーズから学ぶ、“偉大な企業”を創るために経営幹部に絶対に妥協させない「3つの円」

世界中の経営者を惹きつけた『ビジョナリー・カンパニー』シリーズ

注目すべき箇所についてお話しする前に、まず『ビジョナリー・カンパニー』シリーズ全7冊について概括してみます。7冊精読しますとひと月、あるいはお忙しい人は数ヵ月を要すると思いますので、こちらでぜひ概要をおさらいください。

世界中を席巻した「ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の法則」(ジム・コリンズ 著)が米国で発刊されたのは、1994年。その後、日本版が1995年に発刊されました。日本においては、バブル崩壊に喘ぐ時期、事業や経営の本質を見つめ直す著書として、時宜を得る一冊だったのではないかと思います。

永続して偉大な企業であり続ける企業は何が違うのか。本書において、著者であるジム・コリンズは、その要素を「時を告げるのではなく、時計をつくる」、「ANDの才能を活かす」「基本理念を維持し、進歩を促す」、「社運を賭けた大胆な目標(BHAG)を掲げる」、「カルトのような文化を築く」、「大量のものを試して、うまくいったものを残す」、「生え抜きの経営陣」「決して満足しない」、「一貫性を追求する」などであるとしました。

そして、経営者の座右の書として最も多く挙げられるのが、第2作の「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」(ジム・コリンズ 著)です。筆者自身もまた、本書を初版で購入して以来、折々読み返しています。

第2作の発刊は、ちょうどネットバブルとその崩壊というイベントがあった頃の2001年。当時のムードとしては、シリコンバレーベンチャーが続々とメガ企業へと至り、日本もまたネット系を中心としたベンチャーブームで、新進気鋭の企業が続々と登場し始めた時期でした。そんな時代にあって、本書は「普通の企業がいかにして偉大な企業へと変化し得るのか」を明らかにした書であり、起業家から大手企業経営者までが、「これから自社を偉大な会社にするには」の解を求めて貪り読んだという側面があったかと存じます。

「第五水準のリーダーシップ」、「誰をバスに乗せるか。最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」、「厳しい現実を直視する。だが、勝利への確信を失わない(ストックデールの逆説)」、「針鼠の概念(3つの円の中の単純さ)」、「人ではなく、システムを管理する。規律の文化」、「新技術に振り回されない。促進剤としての技術」、「弾み車と悪循環」。これらの要素により、普通の企業が偉大な企業へと至る。ジム・コリンズは本書をまとめてみて、「これは『ビジョナリー・カンパニー』の続編ではなく、前編なのだと気が付いた」と述べています。

批判や経済状況の変化に応えた第3作・第4作

『ビジョナリー・カンパニー』第1作・第2作で名声を得たジム・コリンズでしたが、同時に様々な批判も受けることとなりました。その大きな理由が、この2冊で紹介された事例企業の幾つかが、その後「偉大ではない企業」に転落したことです。そして、これについて追分析を行い、その衰退の理由を明らかにしたのが、「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」(ジム・コリンズ 著)です。そのリサーチは2005年から開始されましたが、発刊された2009年(日本版は2010年)は、おりしもリーマンショックに全世界が揺らぐ時期でした。

いかに偉大な永続企業であっても、その原理原則を忘れればその座から転落する。第一段階として「成功から生まれる傲慢」に陥り、第二段階で「規律なき拡大路線」に走り、第三段階として「リスクと問題の否認」が社内に蔓延し、第四段階には「一発逆転の追求」に走る。そしてついには、第五段階として「屈服と凡庸な企業への転落か消滅」が待っている、と。第3作では、段階ごとに警鐘を鳴らしつつ、最後に「ここからどう復活し得るのか」についても解明しているところが、ジム・コリンズらしいと思います。

その後、『ビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる』(ジム・コリンズ 著)が発刊されたのは、米国で2011年、日本版が2012年です。前3作以降、さらに無秩序化する世界の中で、企業や経営者はどのようにしてそれを切り抜ければ良いのか。不安定化する経済・社会、地球環境の中にいる現代の私たちが、今まさに最も知りたいことですね。

ジム・コリンズは本書にて、不安定な環境下、脆弱な経営基盤からスタートし、目覚ましい成長を遂げて偉大な企業になった企業を「10X(十倍)型企業」、それを率い成し遂げた経営者を「10X型リーダー」と命名。10Xリーダーは「レベルファイブの野心」を持ち、主要行動パターン「3点セット」を備えていると分析しました。この3点セットとは、「狂信的規律」(二十マイル行進)、「実証的創造力」(銃撃に続いて大砲発射)、「建設的パラノイア」(死線を避けるリーダーシップ)です。そして、具体的で整然とした一貫レシピ(SMaC)を持ち、運の利益率(ROL)を高め、何より重要なことは「自分の意志で偉大になる」ことなのだと、ジム・コリンズは総括します。

事業をブレイクスルーさせる「3つの円」とは

シリーズ著書には、上述の4冊以外に、「ビジョナリーカンパニー 【特別編】」、「ビジョナリー・カンパニー 弾み車の法則」、「ビジョナリー・カンパニーZERO ゼロから事業を生み出し、偉大で永続的な企業になる」(すべて、ジム・コリンズ 著)の3冊が発刊されています。

「ビジョナリーカンパニー 【特別編】」は、2006年に「ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則」の補遺として発刊。「偉大な存在となった企業の条件」は、営利企業だけではなく、さまざまな社会組織(Social Sectors)、非営利セクターにも適用できると、ニューヨーク市警・クリーブランド管弦楽団・ガールスカウト・公立学校・大学・病院などの事例を挙げて紹介しています。

「ビジョナリー・カンパニー 弾み車の法則」は2020年に発刊され、「弾み車の法則」をフル活用してビジョナリー・カンパニーへの道を歩み続けてきた、アマゾンやアップルなどの事例を紹介。私たちが「自社の弾み車」をつくるためのポイントを解説した小冊子でした。

そしてシリーズ最新刊は、2021年発刊の「ビジョナリー・カンパニーZEROゼロから事業を生み出し、偉大で永続的な企業になる」です。それまで、大手企業対象のイメージが強かった『ビジョナリーカンパニー』シリーズですが、本書においてはスタートアップにフォーカスし、「どのようにして偉大な企業を創るか」が語られています。シリーズの集大成的な内容ともなっていますので、ベンチャーや中堅・中小企業、あるいは大手企業において新規事業開発に従事している方々には、まず本書を読まれることをお勧めします。

さて、『ビジョナリー・カンパニー』シリーズ全7冊を概観し、“偉大な企業の創り方”、“永続のさせ方”、“危機回避”について見ましたが、中でもぜひ皆さんに着目いただきたい部分が、今回のテーマとした「事業をブレイクスルーさせる『3つの円』」です。

「情熱をもって取り組めるもの」
「自社が世界一になれる部分」
「経済的原動力になるもの」

この3つは、先にご紹介した「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」の中の、「針鼠の概念と三つの円」に当たります。以下が、本書で述べられている要点です。

「情熱をもって取り組めるのは何か。偉大な企業は、情熱をかきたてられる事業に焦点を絞っている。どうすれば熱意を刺激できるかではなく、どのような事業になら情熱をもっているかを見つけ出すことがカギになっている」

「自社が世界一になれる部分はどこか(同様に重要な点として、世界一になれない部分はどこか)。この基準は、中核的能力(コア・コンピタンス)がどこにあるかよりもはるかに厳しい。中核的能力があっても、その部分で世界一になれるとは限らない。逆に、世界一になれる部分は、その時点で従事していない事業かもしれない」

「経済的原動力になるのは何か。飛躍した企業はいずれも、鋭い分析によって、キャッシュフローと利益を継続的に大量に生み出すもっとも効率的な方法を見抜いている。具体的には、財務実績に最大の影響を与える分母をたったひとつ選んで、「X当たり利益」という形で目標を設定している」

――ジム・コリンズ『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』


偉大な組織や企業は、この「単純で一貫した概念」に一致する優れた決定を幾つも積み重ねていくことで築かれるのだと、ジム・コリンズは断言します。

偉大な企業は「平均4年」で“自社が世界一になれる部分”を見いだしていた

上述の「3つの円」は、最近取り上げられることの多くなった「3つの輪」の企業版・事業版とも言えるでしょう。「やりたいこと」、「できること」、「求められること=結果として提供価値が出せること」の重なりの中に、個人であれ、組織・企業であれ、そのベストパフォーマンスが存在するのです。そして、ジム・コリンズは、この3つを特定することについて一切の妥協を許していません。特に難しいと思われるのが、「自社が世界一になれる部分」です。針鼠の概念を確立しようとするときに最も大切なことは、厳しい現実を直視し、“3つの円”に基づく問いに導かれ、適切な人たちが活発に議論を交わすことです。

事例として分析された、“偉大”へと至った企業は、自社が世界一になれる部分を見いだすのに平均4年を要していたとのことです。私たちに求められることも同様に、信念を持って諦めず、自社の理念に基づき、これまでのものに固執せず、自社のGREATを見いだすことに全精力を注ぐ執念ではないでしょうか。

「世界は変化している。この難題に組織が対応するには、企業として前進しながら、信念以外の組織の全てを変える覚悟で臨まなければならない。(中略)組織にとっての聖域は、その基礎となる経営理念だけだと考えるべきである」――トーマス・J・ワトソン・ジュニア(IBM2代目社長)

こうしたことをしっかり押さえ、PDCAをしつこく回すことで、「劇的な転換がゆっくり進む」結果、ブレイクスルーは起こります。

地道にPDCAを回すことで、ブレイクスルーが起こる

意外なことに、ある局面から偉大な企業へと転換を遂げた企業の共通項は、カリスマ経営者の登場でもなければ一発逆転の大ヒット事業でもなかったことを、ジム・コリンズは『ビジョナリー・カンパニー』シリーズ4作で明らかにしました。逆に考えると、カリスマ経営者の就任によるハロー効果的な短期的事業拡大や一発逆転大ヒット事業での売上急拡大は、数年後に同じ企業を概ね事業の急落と経営危機に陥らせているという事実を、私たちは認識すべきでしょう。

偉大な組織・事業・企業を築く時に、決定的な行動や壮大な計画、画期的なイノベーション、たったひとつの大きな幸運、魔法の瞬間といったものがある訳ではありません。偉大な企業への飛躍は、地道で最初はなかなか動かない重たい弾み車を、正しいひとつの方向に押し続け、回転数を徐々に上げて勢いを増し、それがある時に突破の段階に入り、それでもなおさらに押し続ける、ということなのです。

ジム・コリンズは、「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」で、「第五水準のリーダーシップ」と表現していますが、これは謙虚さと不屈の精神、つまり自分にではなく“会社や社会に対する野心を持つリーダー”だと言います。

筆者自身もここ最近、クライアントの経営者各位や、当社運営の経営者・リーダー向けサイト「KEIEISHA TERRACE」(https://keieishaterrace.jp/)での注目社長インタビューでお話を伺っている経営者の方々から、まさにこの「謙虚さと不屈の精神、自社や社会に対する野心」を共通して感じます。


令和時代に活躍するリーダー・経営幹部の条件とは、まさに、社会に対する提言やメッセージを強く持つ、謙虚さと不屈の精神で自社の弾み車を回す変革リーダーなのだと思います。皆さんの会社でもぜひ、企業版・事業版「3つの円」について、経営幹部各位への棚卸しワークや、経営チームでのグループディスカッションなどに取り組んでいただければと思います。そこから、次の時代の「第五水準のリーダー」が次々と輩出されることを楽しみにしております。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!