“懲役刑”が定められている労働基準法違反行為
2016年6月1日現在、日本には約386万の企業が存在し(「平成28年経済センサス-活動調査」総務省統計局)、各企業には経営を司る経営者やリーダーが存在している。星の数ほどいる経営者・リーダーの中には、残念ながら「残業代を正しく支払わない経営者」や「有給休暇を正しく与えないリーダー」なども、少なからず存在するのだ。適法に経営されている企業に勤務するリーダーの方々には考えられないことかもしれないが、これもわが国の企業経営のひとつの側面である。
「残業代を正しく支払わない」、「有給休暇を正しく与えない」などは、いずれも「労働基準法」に違反する行為だ。ここには見逃してはいけない重要なポイントがある。例えば、「残業代を正しく支払わない」という行為には、「6ヵ月月以下の懲役、または30万円以下の罰金」という“刑罰”が定められているという事実だ。
“懲役刑”とは暴行罪・傷害罪・窃盗罪などに対して定められている“刑罰”である。誤解を恐れずにいえば、「残業代を正しく支払わない」などの行為は、暴行罪・傷害罪・窃盗罪と同様に“刑罰”の対象とされるほど、重大な法律違反と位置付けられているということだ。
まず、経営者・リーダー諸氏は、この点をしっかりと肝に銘じる必要があるだろう。
リーダーの「遵法意識」の欠如が若年社員を離職に追い込む
それでは、経営者やリーダーが労務面でのコンプライアンス意識(遵法意識)に欠ける場合、具体的にどのような問題が発生するのだろうか。当然、「労働基準監督署や年金事務所の調査対象となり、行政指導を受ける」、「従業員から違法性を指摘され、訴訟を提起される」などの問題が起こる可能性が高くなる。さらには、「違法性がメディアで報道され、『ブラック企業』のレッテルを貼られて社会的批判を浴びる」といったこともあるであろう。
しかしながら、経営者やリーダーが「労務コンプライアンス」の意識に欠ける場合、最大の問題は、「従業員の心が企業から離れてしまうこと」と「従業員に愛想をつかされること」ではないだろうか。
現在、法律関係の基本的な情報は、インターネット上で容易に取得可能である。そのため、自身の勤務する企業の労務関係の対応が適法かどうかは、従業員側が比較的簡単に検証できる環境にある。
仮に、企業側の違法性に気付いた従業員が「労働基準監督署に助けを求める」といった行動を取らなかったとしても、その従業員の心が企業から離れてしまうことに変わりはない。その結果、職場に見切りをつけて転職をするケースが非常に多い。特に、若年社員の場合には離職を決断する傾向が顕著なため、人材不足により事業継続が困難になることも少なくない。
「労務コンプライアンスの実現」はリーダー主導で
ところで、自社の労務面の法令違反を発見・改善しようと考えた場合には、どうすればよいだろうか。もちろん、従業員による内部調査で法令違反を発見し、人事労務部門などの担当部門が改善に取り組む、という方法が考えられる。しかしながら、このような方法は必ずしも有効ではない。仮に、違法行為が発見できたとしても、法令違反を発見した従業員からの指摘に、担当部門が真摯に対応しない可能性もあるからである。例えば、このような実例がある。ある時、本社の人事労務部門が、支店勤務の従業員から「厚生年金保険法違反」を指摘された。しかしながら、本社人事労務部門は「これがわが社のやり方だ!」と当該従業員からの違法性の指摘を一蹴し、対応しなかったという事例である。もちろん、従業員の主張が法律上、正しいケースである。
このように、内部からの違法性の指摘は、“社内力学”に負けやすいという特徴がある。その結果、法令違反の是正に至りづらいという事例を、筆者は数多く経験している。
そこで有効なのが、“外部から指摘を受ける仕組み”を採用することである。外部の専門家などから違法性を指摘されれば、「これがわが社のやり方だ!」というような詭弁が通用することはない。例えば、「第三者の労務監査を受ける」という方法は、労務コンプライアンスの状況を精査し、問題点を是正するうえで非常に有効な手段である。
ただし、人事労務などの担当部門が自らの意思で労務監査を受けるというのは、特殊なケースを除いては考えづらいものだ。自分たちの違法性を自ら暴く行為など、進んで行うはずがないからである。そのため、労務監査は経営者・リーダー主導で取り組むことが、どうしても必要といえよう。
現代の経営者には、「労務コンプアイアンスの実現」を先導する姿勢が必須である。労務コンプライアスの実現に前向きでないリーダーは、市場から淘汰され、労務コンプライアンスの実現に積極的なリーダーの市場価値は高まる。そんな時代が刻一刻と近づいているのではないだろうか。
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