戦後、荒廃した日本から産業界が復権し高度成長時代を経て、高いグローバル競争力を実現できたのは、「メイド・イン・ジャパン」と言われる、日本製品の高品質さにあることは周知の通りである。その高品質経営実現の一端を下支えしてきたのが、TQM(品質経営)の推進やデミング賞で知られる日本科学技術連盟だ。日本科学技術連盟では、長年に渡り、全国の企業の“クオリティ”に関するベストプラクティスをベンチマークする場を提供している。「クオリティフォーラム2017(品質経営総合大会)」がその一つで、本年は2017年11月14日~15日に開催する。同フォーラムでは、50件を超える講演が行われる予定であるが、経営プロでは、注目する講演のインタビュー記事を掲載する。(聞き手:ジャーナリスト 伊藤 公一氏)
クオリティフォーラム2017 登壇者インタビュー 共生型ものづくり社会「Factory of the Future」を目指す~日立流IoTの実践~日立製作所 IoT推進本部 担当本部長の堀水修氏に聞く(前編)
――貴社のIoTはコスト構造改革に取り組む中で導かれたと伺いました。

堀水:その通りです。心ならずも出してしまった史上最大の赤字を解消するために進めてきた経営改革の一環です。東日本大震災に見舞われた2011年ごろまでには「出血」をある程度止めることができましたが、欧米のグローバル企業との競争に打ち勝つためには、もっともっと収益力を上げねばならない。

 そこで、すべての売上原価を見直すことにしました。全グループ、全社、全コストを同じコンセプトで抜本的に洗い直す大がかりな取り組みです。震災直後の11年4月にプロジェクトを立ち上げ、1年の準備期間を経て12年から15年までの4年間で約4,300億円のコスト削減効果をうみだしました。年間1000億円の計算です。当時の売上高10兆円に対して毎年1%の原価低減を達成したことになります。 

――企業として、筋肉質の体を目指した。

堀水:日立は大所帯ですからグループ内にはさまざまな事業会社があります。しかし、それぞれが自前主義にこだわってきた結果、重複する部門や機能が方々にでき、それが壮大な無駄となって利益確保を遠ざけていた。例えば、震災時の調査で実装の生産ラインが国内に28箇所もあることが分かりました。さすがに持ちすぎだろうということで早速見直しに取り組み、重複の排除で稼働率を高めて原価を低減しました。

 コストのうち、製造原価の半分は購買関係です。私は生産コストの縮減を担当していたので、施設や機能の集約、IT化などを進め、15年に当初の目標をクリアしました。では、次に何をすべきかという議論を進める中で出てきたのがIoTです。

■IVIの論議でガラパゴス化を回避

――IoTについて、当時はどのような受け止め方をされていましたか。

堀水:IoTやデジタルトランスフォーメーションについてはすでに欧米が先行し、一定の成果を挙げていました。そうした動きに目を見張りながら、当社はIoTとかITとかを使ったものづくりやその先にある社会貢献に力を入れていかねばならないと考えました。

 そこで、社内の専門家を集めて外部要因を把握しながら、今後起こり得る変化を思い描き、それに対して当社がどのような取り組みを進めていくべきかを探りました。

――国の提唱する「Society 5.0」構想でもIoTの活用を強く打ち出していますね。

堀水:Society5.0ではIoTの活用をものづくりだけでなく、経済成長や健康長寿社会の形成、社会変革につなげていくとしています。しかし、当社が独自に進めると、ガラパゴス化する恐れがある。そこでIVI(Industrial Value Chain Initiative)などで論議を重ね、進化の方向性を模索したり、課題を明確にしたりしながら対策を打ってきました。

 議論を進めるにあたってはPESTLEの動向を分析しました。PESTLEはそれぞれ、政治、経済、社会、技術、法律、環境を表す英単語の頭文字を綴ったものです。

■ものづくりとITに通じている強み

――IoTに対する取り組みにおける貴社と同業他社との違いはなんですか。

堀水:ベースは変わらないと思います。公開されている情報は同じなので、多少突っ込んだ分析をしても得られるトレンドや変化のドライバに大差はありません。にもかかわらず、他社との違いを打ち出せているとすれば、自分たちでものを作っていることでしょうね。

 当社は「製作所」ですから、単なるITベンダーとは根本的に異なるものづくりのオペレーションテクノロジーや制御技術などをもっています。加えて、ITのソリューションプロバイダーでもある。ものづくりとITの双方を備え、かつ相乗効果を得られるのは何よりの強みでしょう。当社に対するお客様の期待もそのあたりにあると思います。

――貴社のIoTソリューションの成果をお客様に訴えていく上で留意されたのは?

堀水:お客様の多くは当社の強みをよくご存じです。ですから、当社と組まれるほとんどのお客様がITの日立ではなく、ITプラスものづくりの日立に期待される。当然、提案したものは社内できちんと評価された完成版だと思われます。

 そこで、売り上げや利益を云々する前に、グループ内のものづくりの現場をITやIoTを使って改善していくことに努めました。外部に出す以上、社内でしっかりと検証することが肝心だからです。ものづくりを社名に冠する企業として当たり前の心構えです。

■思い思いに改革を進める気概と気風

――「社名に込められた思い」をグループ内ではどのように具現化しましたか。

堀水:お客様や社会にソリューションを提供する前に社内で一度使ってみろと呼びかけたところ、いち早く動いた会社が3、4社ありました。初めにデータを取って、設計実績や生産実績、リソース、キャッシュなどの見える化を図りました。見えることと何を改善したいのかということ、そしてその道具立てが揃えばパワーユーザーたちが動き出す。

 傘下にはそんな元気な会社がいくつもあります。そこで、グループ内限定で今日でいうIoTプラットフォームの走りのようなシステムを開放しました。好き勝手に使えるので、意欲的な会社は工場内の種々雑多な情報を見たり、結び付けたりして、思い思いに現場改革や経営改革などを進めました。

――まさに日立流IoTの実践ですね。

堀水:最初はどこも半信半疑でしたが、クラウド上に上げやすかったことが奏功して活用が始まりました。ものづくりに対する気概のある会社ですから、どこかが成功したとか新しい道具が出たとかの情報を聞きつけると途端に競争のスイッチが入る。そういう環境をいち早く提供できたことは大きかったですね。

 それを成果に結び付けるガッツのあるフロントランナーが何社もあったのがグループとしてはよかったのかもしれません。現在もどこかで、こんな道具を使って、こんな成果を出したということが広まれば、うちもうちもというモードに入る気風は健在です。実際、刺激を受けて後を追う事例が増えています。

■見える範囲の行動は個別最適止まり

――現場と経営をつなぐ手段としてIoTを活用する際に心がけておくべきことは。

堀水:IoTには陥りやすい罠があります。「とにかくビッグデータを解析すれば、何かが分かるんじゃないか」という、期待を込めた思い込みです。ただし、良質のデータを集めるには金がかかります。ですから、解決したい課題を明らかにすることが先決です。

 そうすれば、課題解決のためにはどこにあるどんな情報をどんな業務につなげればよいのかが分かり、PDCAが回るので、ミニマムコストで最大効果を得ることができる。IoTの責任者が悩むのは課題解決のための豊富な技術やデバイスの何をどう組み合わせればよいのかが分からないことです。現場と経営をつなぐためには社内外を問わず、複数の担当者との協力が欠かせません。

――同じことをしても成果が出る場合と出ない場合の分かれ道はどこに?

堀水:どれほど本質的なところを攻めているかどうかの差だと思います。自分の見えている範囲だけでなんとかしようとすると個別最適になってしまうからです。だから、今までつながったことのない業務に目を向けたり複数の人と共同で挑戦したりすることが大切です。そのキーワードこそがIoTです。
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