今回はタレントマネジメントを構成するもうひとつの重要な機能である、人事に焦点を当てて、まずはその課題から考えてみたいと思います。
タレントマネジメント戦略の立案は人事部の責任
タレントマネジメントの本質が理解できたとしても、人事部が担う役割や機能の実現は簡単なものではありません。これまでの採用や配置、異動、評価、処遇といった基本的な人事機能のサービス範囲は、国内外の関連グループ企業(特に、連結対象の企業)に及ぶことは避けられません。これまでのような、本社と国内の支社・支店・営業所だけの範囲はもはやありません。さらに、経営と現場のマネージャの戦略的パートナーになることが求められます。タレントマネジメント戦略を実現させるとき、大きな抵抗勢力が、実は人事部であることも珍しくありません。人事部がたとえ抵抗しないとしても、人事部がいきなり経営や各事業の戦略的パートナーとなることは簡単なことではありません。
戦略的パートナーになってもらうためには、まず、ゴールであるタレントマネジメントが実現できた状態を明確に伝え、そこまでのロードマップを伝え、現状分析を行うのが効果的です。ここで現状の人事部、人事機能・制度、さらに、人財マネジメントの現状をしっかりと把握させ、課題を整理させてから、重点課題・緊急課題、組織課題・人材課題という分類で課題の優先順位を決めていきます。
これらの現状分析は、人事部の役割です。必要に応じて、全世界の連結企業の経営陣や、マネージャ達、現地の人事とのヒアリングも検討した方が良いでしょう。本社の人事だけで勝手に現場を確認せず課題整理したりしないように、また、現場の人事への要望も認識させておく必要もあります。
人事部門の組織の課題は、次回のテーマとし、今回は人事制度や仕組みなどの課題について2つの違った側面・視点から考えてみたいと思います。
まずは、日本企業における人事担当者の認識と重要性を統計で確認し、それから経営視点からの人事課題を考えていきます。
人事課題をあぶり出す
最初に、人事部の視点から見た人事課題について確認してみます。図1はリクルートワークス研究所のアンケート資料「ワークス人材マネジメント調査2015」です。
結果の棒グラフには2種類のデータが含まれており、全体の長さが「認識している課題」を、その中のオレンジ色の部分が「重要度」を示しています。
注目すべきは認識と重要度の差が大きいもので、「メンタルヘルスへの対応」「ワークライフバランスの強化」「教育研修体系の見直し」は、認識と重要性の乖離が目立ちます。
ではなぜ、この課題がなかなか解決できないのでしょうか。
著者が人事部長を務めていた時、同業他社との人事交流会(研究会や懇親会など)で情報交換して分かったことがありました。それは、経営幹部の手前の部長候補、さらに、課長候補ですら候補が上がっていないということです。経営幹部の候補だけが決まることはなく、課長候補からの連鎖の問題も深刻な状況でした。
原因のひとつは、候補の選定を人事が現場任せにしていたことにありましたが、そうせざるを得ないという人事部の言い分がありました。その言い分は、人事部の課題として次回の第10回のコラムで解説したいと思います。
図1での人事課題の一覧は、統計資料ですので、全てが自社の状況と同じとは限りません。そのため、人事部は現状分析をする際、人事に関するあらゆる課題を徹底的にあぶり出ししていかなければなりません。人事部視点、経営視点、現場視点などに分けて課題発見の作業をしていく必要があります。その後の課題の分類においては、人事部門の分類、人事制度の分類、人材に関する分類、組織に関する分類といった大分類で整理をしてみることをお勧めしています。
では、次の経営視点から見た場合の人事課題について、考えていきます。
経営視点による人事課題
図2は2016年11月に発表された、「第37回 当面する企業経営課題に関する調査 日本企業の経営課題2016」(日本能率協会)のアンケート結果です。人事に関する課題として、トップに挙がっているのが、2位の「人材の強化(採用・育成・多様化への対応)です。広い意味で、先に話題にした後任者育成も含まれています。「事業基盤の強化・再編」において、経営はタイムリーに適切な人材を集め、育成し、配置し、評価し、処遇する、という一連のマネジメントが求められます。集めただけでも、育成しただけでも、事業機能は機能しません。
さらに、グローバルに関係する企業は、人を動かす仕組み作りの範囲が、国内からグローバルへと一気に拡大されてしまいました。しかし、国内だけの人材優先の体質、海外支社でも日本人優位な制度や待遇、海外の人事とのコミュニケーション不足、本社の人事戦略や計画、ポリシーの共有不足など、人事が解決していかなければならない課題が山積みです。また、海外のローカルスタッフをどのようにして動かしたらいいのか、どのような価値観で仕事をし、何を評価すればいいのか、本社人事では全く手も足もでないため、現地任せとなっている企業も多いのではないでしょうか。
このような課題の原因を深く調べていくと、確かに現象として現れる課題は様々なのですが、その根底となる要因は意外にも人事に一番身近で基本的なところにありました。それは、人事戦略と人財マネジメントに、そもそも根本的で重要な課題だったとことに気づきます。
組織構造や人事制度、人材は人事戦略に強く影響されます。そして、人材と組織は人財マネジメントによって管理されています。この仕組みを理解した上で、どのような人事戦略を立案し、どのような具現化策を人財マネジメントで展開させるのか、その責任と役割は人事部にあるのです。これができない人事部は、この役割を経営企画部や経営戦略室などといった現場の部門に任せることになります。経営陣も人事部の実態が良く分かっているので、人事部には任せられないというのです。
話を戻すと、経営視点による人事課題とは、人事自体に人事戦略が策定できず、人財マネジメントが現場任せになっている、というきわめて重要な点にあるのです。
「人事戦略」が作れない人事
「人事戦略」とは、企業の成長戦略も含む経営戦略や各事業戦略を実現させるための戦略です。当然、経営戦略に一致したものでなければ経営目標の達成は困難になります。人事戦略が不十分な場合は、人事に代わって経営陣が人材と組織の戦略を考えることになりますが、基本戦略はできたとしても、実行させるための人財マネジメントまで設計し、実行するのは非常に難しいでしょう。企業規模が小さい場合は、経営が全ての戦略やマネジメントを行っても問題は起こらないかもしれませんが、規模が大きくなってくると役割分担をしながら、それぞれの専門家に役割と責任を与えていかなければ立ち行かなくなってしまいます。組織、制度、働く環境、人財について総合的に検討し、策を練っていくためには、人事戦略が単独で独立したものであってはなりません。
しかし、この意識を念頭に置いて「人事戦略」作りに取り掛かったにもかかわらず、実際にできた「人事戦略」を見てみると、経営戦略と一致していないこともよくあります。
原因は、「人事戦略」を具現化させていく際、関係する業務や組織からの強いニーズに引きずられてしまうことにあります。
こうしたニーズによって徐々に経営戦略から乖離し始め、出来上がる頃には(残念ながら)きわめて現場ニーズの強い、それぞれの組織に部分最適化された人事戦略になってしまうことも珍しくありません。各組織の部分最適化をいくら整理し集約したところで、経営戦略の実現に一致する全体最適化にはならないのです。
戦略の作成は、PDCAマネジメントの経験が必須で基本です。
Planは計画です。目標を達成するためのアクションプラン(実行計画)も含まれます。この計画とは、目標達成させるための最適なやり方で計画が検討されなければなりません。計画策定とは、「仮説」策定です。目標を達成するのに、なるべく無駄なことはやりたくないので、最適で実行可能な「仮説」策定が求められます。戦略策定には、ビジョン(中長期的な目標)に向かってのロードマップと、その具現化のための「仮説」策定となります。最終的には、仮説検証ができなければなりません。これを何度も繰り返すことによって質のいい「戦略」ができるのです。人事戦略と言う仮説策定では、経営と各事業の目標達成における人事面での「仮説」を検討し、策定し、検証するプロセスを踏みます。人事部は経営を理解し、各事業部を理解し、全体整合性を意識しながら、しかも未来洞察(米国企業ではフォーサイトと呼ぶ)を持って「人事戦略」を策定するという、極めて高度な能力が求められます。
まとめ
今回のコラムは長くなってしまいました。そこで、もう一度、人事課題について整理すると、以下の重要で深刻な人事課題があります。①次世代リーダーの育成(幹部職の後継者、リーダーが育っていない深刻な問題があります)
・人材の強化(採用、教育、多様化対応)の課題も含む
②経営戦略に一致した人事戦略の策定ができない、または、できたとしても部分最適化になっており、経営戦略に一致した全体最適化の戦略になっていない
③人財マネジメントの人と組織を動かす仕組みが現場任せになっており、戦略的、計画的に管理される仕組みに課題がある
次回の第10回は、「人事部の変革」の必要性について、人事部に期待されている役割や、人事部の課題を中心に理解し、検討していきたいと思います。
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