1回目では、「経営階層と実務階層の違い」について記述しました。経営階層は「空間の視点」としては「外向き」、「時間の視点」としては「長期」、「変化の視点」としては「革新」、「作用の視点」としては「間接」というのが特徴です。今回はこの特徴を踏まえ、経営階層に必要な能力について、記述したいと思います。
経営階層に必要な能力
 1回目では、「経営階層と実務階層の違い」について記述しました。経営階層は「空間の視点」としては「外向き」、「時間の視点」としては「長期」、「変化の視点」としては「革新」、「作用の視点」としては「間接」というのが特徴です。
 今回はこの特徴を踏まえ、経営階層に必要な能力について、記述したいと思います。

「外向き」に必要な能力

 経営階層は、「空間の視点」としては先ず「外向き」であることが求められます。実務階層はこの反対に「内向き」が必要となります。両者の働きの違いをうまく表現する言葉としては、「鳥の目」と「蟻の目」があります。「蟻の目」は具体的対象に対する目ですので、「分析的」「論理的」とならざるをえません。実務は明確なプロセスに則って進めることから、「蟻の目」が必要となります。一方経営階層は、幅広く内外を観察し、とりわけ外の事象について目を向ける必要がありますので、「鳥の目」が必要となってきます。鳥は空高く飛翔しますが、経営階層に当てはめると、一度現行の業務視点から離れて、外側中心の視点で観察することを意味しています。普段の業務に浸かっていると、どうしても業務に関係したことに焦点を絞りがちとなるので、いくら外を見ても自分の関心事しか目に入ってこないことになります。ですから一度業務から離れることが必要になる訳です。

 この「鳥の目」を磨くには何が良いかというと、実は心理学のカウンセリングで必要な「傾聴」スキルが有効となります。「エー?」と意外に思われるかもしれませんが、勿論、傾聴スキルは、カウンセラーがクライアントの悩みや辛い気持ちを受容・共感する際に使うスキルですので、クライアントにフォーカスするものです。
 それが何で「鳥の目」と関係するかというと、「傾聴」スキルは、徹底的にクライアント主体が前提となっているからです。筆者も、産業カウンセラーの資格取得で約7ケ月間、傾聴スキルを徹底的に練習しましたが、なかなか上手くできずに何度も指摘を受けました。大変なストレスで、一時は耳鳴りや難聴まで発症したのですが、カウンセリングの講師の話では、男性のマネージャー経験者のほとんどは、この傾聴スキルの実践で脱落するということでした。
 現代のマネージャーは何か問題が発生すると、原因の追究から対策の決定、部下への作業指示までを速やかに行うことを求められます。しかし、こうした能力が「傾聴」の際にはかえって邪魔になります。というのも、このマネージャーとして求められるスキルは「自分主体」であるのに対して、「傾聴」を実践するには、この「自分主体」を捨てて、「相手主体」に立ち位置を変更しなければなりません。これは頭で理解していても、なかなか実践することができません。180度異なる姿勢に身を置く感じですね。
 もう一つ、「傾聴」スキルが「鳥の目」にとって有効なことは、「感情の共感」です。カウンセラーがクライアントから信頼を得るためには、クライアントの「感情を共感」することが必要となりますが、この「感情」を現代のビジネスでは捨象しています。製品サービスや業務のプロセスでは、「標準化」と称してできるだけ少ない構成要素で、普遍的な関係づけをする「モデル化」を行います。この場合、「感情」という人によって変わる多様な要素は、モデル化の対象要素から削除されてしまうわけです。
 しかし、この「モデル化」が「外を見る」際に足かせとなります。すぐ整理された既存のモデルに当てはめてしまい、新たな視点が持てなくなってしまうのです。本当に「外を見る」ためには、既存のモデルを一度捨てなければなりません。そのためには、逆に、これまでビジネスで捨象してきた「感情」を受け止めることが効果的となります。なぜかと言うと、「感情」というのは、一つの「抽象化思考」と位置づけることができるからです。ちょっと飛躍した記述となりましたが、これを解説するには、少し論理思考の深堀りが必要になります。

 「理性」的思考の中核となっている「論理思考」の前提は、「同一律」「矛盾律」「排中律」の三原則です。
 「AはAである」の「同一律」を「普遍性の原理」、「AとA'は違う」の「矛盾律」を「分別の原理」、「AとA'が全てである(AとA'以外は存在しない)」の「排中律」を目に見えるものしか扱わない「顕在の原理」と言い換えることができます。
 この三つの原理は、実はモデル化でも当然の前提としているものです。「モデル」からフリーになるためには、この三つの原理の逆を行わなければなりません。
 「普遍性の原理」の逆に対しては、「多様性の受容」が有効です。「感情」というのは、同じ事象に出会っても、人によって浮かべる感情はさまざまなので、まさに相手の「感情を共感」することは、「多様性の受容」に効果的となります。
 「分別の原理」の逆に対しては、自分主体からの脱却、すなわち相手主体の視点に立つことが有効です。これにも少し解説が必要ですが、「みにくいアヒルの子の定理」というものがあります。これは物理学者であり情報科学者でもあった渡辺慧氏が証明したものです(岩波新書『認識とパタン』参照)。この定理では、「二羽の白鳥と、アヒルと白鳥の二羽において、その類似性の度合は同じだ」ということを主張されている訳です。常識的には後者の方が類似性が低いと思われますが、それは比較する人が比較したい要素に限って比較しているからであって、その自分主体を外して幅広く比較要素を拡大すると、同程度の類似性があるという言うものです。ですから、「分別原理」の逆に対しては、自分主体を捨てて「相手主体に立つ」ことが求められることになります。この意味でも、相手の「感情を共感」することは、効果的であることがわかります。
 三つ目の「顕在の原理」の逆に対しては、まさに、物理的な存在とは違うもの、目に見えないけど感じられるものに焦点をあてることが有効となります。「感情」は目には見えませんが、感じることはできるものですね。この点からも、「感情を共感」することが、効果的となります。
以上の事から、「感情の共感」は、モデルからフリーになる為のとても有効なスキルであることがわかります。
 女性の方はよくわかると思いますが、「傾聴」というのは、「井戸端会議」のような場に身を置くと言えるのではないでしょうか。「井戸端会議」というのは、特に何も目的があって話をするのではなく、日頃のよもやま話をお互い話して気持ちを共有し合うものですね。この「目的もなく気持ちを共有しあう」というのが男性のマネージャー経験者はとても苦手な訳です。「目的に向かって効率的に」という視点を捨てて、「居心地良く相手の気持ちを共感する」という「傾聴」スキルが、経営階層の「外向きに」必須な能力と言うことに納得いただけたでしょうか。

「長期」に必要な能力

 実務階層の「短期」に対して、経営階層は「長期」に責任を持たなければなりません。というのも外の「需要」の変化に対して、必要な「技術」の変革にはとても時間がかかるからです。しかし、将来の「需要予測」というのは、とても難しいことです。単純に論理的組み合わせを考えると、すぐ無限大に発散してしまいます。将来を予測するには、具体性から脱却して、何らかの抽象化による必然的選択が必要になります。この抽象化を筆者は「価値」と捉えています。現在重視している機能的価値に、将来どのような価値が引き寄せられていくか、を考えるということですね。とりわけ、機能的価値に加え心の価値をどう捉えていくかが重要となると思われます。
 時間概念に「クロノス」と「カイロス」という二つの概念があります。前者は時計で計れる機械的時間に対して、後者はその人の人生に重大な意味をもたらす時間を指し、後者では、好きな事に夢中になると時の経過を忘れてしまう、ということが起こります。言い換えれば自分の感覚感情からみて心地よい状態になると、物理的時間を超えるということを意味しています。これは、「感覚・感情」、すなわち価値的な視点に立つと、「長期」という物理的には長い将来の状態を、直近の状態に引き寄せて見ることができる、と言えるのではないでしょうか。
 以上の事から、経営階層の特徴である「長期」に必要な能力は、「『価値』というものへの感性を磨く」と言うことができます。

「革新」に必要な能力

 ビジネスというのは、「サービスという価値の提供」に成り立っていますが、その価値の提供は顧客ニーズに沿ったものでないと、すぐに受け入れられなくなってしまいます。ですから、常にニーズの変化に敏感でないといけません。この能力に関して、適切に表現する言葉としては、「魚の目」があります。水の中を泳ぐ魚の目が、流れる水を捉えるという訳です。この言葉から、気づくことは二つあります。一つは、社内ではなく顧客のいる現場に足を運ぶということ。もう一つは、変化を捉えるには、「静止」することです。有名な話として、昔ダイエーの中内さんがよく銀座の街頭に1時間以上立ち続けて、世の中の変化を観察していたそうですが、「静止」して定点観測することで変化が見えてくるのです。実務階層では、次々と案件をスピーディーに処理する必要がありますので「静止」することが許されませんが、経営階層では逆に「静止」しないと変化に気づかないということになります。ニーズの変化を把握した上で、「革新」する必要がありますが、その能力については、別の回で詳述したいと思っています。

「間接」に必要な能力

 ようやく最後の特徴、「間接」に辿りつきました。経営階層は、実務をするのではなく、実務階層を間接的に支援する役割があります。では、「間接的支援」とは何でしょうか?一番重要なことは、場作りです。最近、グーグルの研究成果が発表されましたが、「安心・安全の場作り」が、生産性の向上にとって一番効果的であることが示されました(プロジェクト・アリストテレス)。これはグーグルならではの結果とも取れますが、色々な企業で創造的仕事が増大しつつある状況の中で、注目すべきことです。単純労働の繰り返しでは、インセンティブ(褒賞)を与えることが効果的ですが、創造的仕事では有効ではありません。「安心・安全の場作り」とは、「アサーティブ」な関係を大切にすることと言えます。つまり、自分も他人も大切にする姿勢、相互に尊重・協調、発展しようとする関係づくりが重要ということです。
 この「アサーティブ」な関係作りのためには、文学セラピストである鈴木秀子氏が主張されるように、従来の「To Do存在」の見方から、「To Be存在」への見方に変える必要があります。つまり、「〇〇ができる」という機能的視点から人を選別するやり方から、「存在する人をあまねく尊重する」視点にシフトする必要があります。「生かされて、活かされて、伸びれば、皆嬉しくなる世界」の確立こそが、経営階層の重要な役割ということが言えます。
 そんなことは「理想論」であって、人を選別しないと倒産してしまう、と思われる経営者も多いかと思います。しかし、目に見える機能的価値の時代から目に見えない心の価値を重視する時代に入った今、あらためて1人1人の心の持つ潜在力に光をあてていく必要があると思います。「速く効率的に」という視点から、スケールをもっと広く長くしていくと言い換えてもよいかもしれません。この「広く長い目で人を育てる」という視点は、日本的経営思想では、とても重視されてきたものです。有名な近江商人の思想においても重視されております。

まとめ

 以上、経営者階層の必要な能力について、その特徴から整理すると以下の表に整理できます。

表1 経営階層に必要な能力
経営階層の特徴役割視点スキル
外向き鳥の目相手主体
感情の共感
傾聴
長期カイロス時間価値視点感性
革新魚の目顧客観察
静止
現地定点観察
間接安心・安全の
場作り
To Be 存在アサーティブネス

 これを一つの言葉で表すとすれば、「観の目」ということになるかと思います。「観」という字は、「観世音菩薩」という仏教用語からきています。「菩薩」ですから、悟りを開き、自他一体の境地をつかんだ者ということになります。俯瞰力、洞察力、利自即利他の力、この辺の総合力を身に付けることが、経営者に必要な能力と言えます。
 「利自即利他」について補足しますと、「利」という字には、「利益」という意味と「悟り」という意味があります。「悟り」とは、物理的存在として異なる自分と他人を「心の価値」の主体として見た時に、同じ心の価値に共鳴すると物理的存在の壁が取り払われて、「肝胆照らす」関係になると言い換えても良いと思われます。その境地になると、自と他が一体です。つまり、「利自」即「利他」となるわけです。
 少し前の経営者は、高僧や芸者さんに学んだと言われていますが、高僧に学ぶのは「心の働き」に関してであろうことは類推できます。芸者さんからは何を学んでいたのでしょうか。芸者さんは、文字通り、「芸をする者」ということで、琴・三味線・小唄・踊りという日本文化の粋となる技を身に付けた人です。ですから、芸者さんは「人情の機微」のプロであったということができます。表1で「感性」が経営階層の重要なスキルと整理しましたが、昔の経営者は「人情の機微」を大切にしていたのではないか、と推察できます。
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