古賀 信行 氏
1950年、福岡県出身。1974年東京大学法学部卒業後、野村證券株式会社(現、野村ホールディングス株式会社)入社。1995年取締役就任、常務取締役、取締役副社長、野村ホールディングス取締役副社長兼COOを経て、2003年野村ホールディングス取締役社長兼CEO、野村證券取締役社長就任。2011年より両社の取締役会長(現職)。
経営とは組織をどう動かすか。人事こそ経営の原点
経営というと、先を読む、決断する、実行する、こういうことが経営だとよく言われます。確かに大事な要素ですが、経営というのは「組織をどう動かすか」です。頭の中にいくら立派なものがあっても、組織が動かなければ「経営」とは言わないと思います。組織を動かすというのは、組織の人材を最大限に活用することで、そのためには、どうすれば社員にいきいきと働いてもらえるか、日々考え、実践していくしかありません。そういう意味で、私は経営の原点は人事だと思っています。
次に、人事は、人のことを知る、人のことについて考えるということを貫かなければならないのだと思います。そのためにはまず、原点として人間にはどんな特性があるのだろうかと考えることが、非常に大事であるような気がします。
そこで考えてみたいのが、「なぜ人は働くのか」ということです。誰でもまず「お金のため」という答えが浮かぶと思います。古来、人間は飢えないために生産活動を行ってきたわけですから、正しい答えです。でも、働く理由が食べるためだとしたら、食べるのに不足がなくなれば働かなくていいとなるのが道理ですが、そうでしょうか。
日本理化学工業という、障がい者の方を多く雇用されているチョークのメーカーがあります。経営者である大山泰弘会長は、養護学校教師の「働く経験を生徒にさせたい」という熱心な願いを受けて、障がい者の雇用を行ったのですが、障がい者ですから、働かずに施設で暮らすこともできるのに、彼らがなぜ毎日会社に来て一生懸命働くのか、どうしてもわからなかったそうです。そこで、あるとき、禅宗のお坊さんに問うてみると、「人間の喜びというのは4つに尽きる。『人に愛されること、人にほめられること、人から必要とされること、人の役に立つこと。』愛されること以外の3つは仕事をして得られるものなのですよ」という答えが返ってきたそうです。
確かに、私も社員と話すと、「あなたがいて助かったよ」といった言葉に支えられて仕事をしている人は実に多いと感じます。このあたりに事の本質があるような気がしてなりません。
組織全体の力を極大化するために「見守る」「認める」ことが必要
人がいきいきと働くためにはどうすればいいかというと、制度や仕組みを整備するだけではだめだと思います。人事の制度や仕組みは往々にして、できる人のために作られた制度であり、できる人のインセンティブになるということを主に考えがちですが、経営のテーマは組織全体の力を極大化することです。むしろ、できない人に焦点を当てた運営がなされないと実現できません。そのためには、きちんと見守ること、あるいは認めることがマネジメントにビルトインされていないと、どんな制度や仕組みをつくってもなかなか有効に機能しないと思います。たとえば、会社の中の人事評価にはどうしても相対評価の要素が出てきます。情のある管理者は、Aさんもいい、BさんもCさんもいいと言いたがりますが、これではAさんもBさんもCさんも変わらないと言っているのと同じです。大事なのは、Aさんのここはいいが、ここはやや見劣りする、一段の努力が必要だといったことを表現できるかどうか。つまり、社員一人一人の特性を見極めることです。そして、そのために必要なのは、見守ることと、認めることです。
どんな人に対しても、ほめる、しかるという動作でインタラクティブにやりとりしながら、見守り、認めていく。こういう動きが埋め込まれた組織では、できる人もそうでない人も含め、トータルとしていろいろな人がいきいきと働けます。それが組織の力を高めることにつながると考えています。
経営に問われるのは「続ける・残す」「変える・捨てる」ことの峻別
次に、経営の要素を掘り下げてみると、「続ける・残す」、あるいは「変える・捨てる」、この峻別をきちんとできるかどうかが経営だと私は思います。例をいくつか挙げてみると、まず、「続ける・残す」べきこととして、コミュニケーションの維持は時代が変わっても変わらず重要ですし、「FACE TO FACE」のコミュニケーションも同様だと思います。ネット全盛の世の中でも、人と人が直接会って話す価値は大きいのです。また、社会、世の中がどう変容しても、仕事とプライベートの区切りをつける「公私の別」なども必ず残すべきことだと思います。
一方、経営的に言えば、「続ける・残す」ことよりはるかに難易度が高いのが「変える・捨てる」ことです。これも例を挙げると、コミュニケーションの重要性は変わらないと先ほどあげましたが、一方でその方法は変える必要があると思っています。以前は、会社の上司・先輩・同僚・後輩と業務終了後に必ずと言っていいほど飲みに行き、また新入社員が寮で一緒に生活することが円滑なコミュニケーションを促していました。かつて、コンビニエンスストアや携帯電話が普及していなかった時代の話です。時代が移り変わった今、社員寮の復活を検討する会社もあるようですが、個人のプライバシーや生活が尊重される時代となった今では、ただ寮を再度設置するだけではコミュニケーションを促す場は作れません。私も時代に合ったコミュニケーション方法を試行錯誤しておりますが、まだ最適な方法は思いついておらず、これは今日参加されている若い方にも一緒に考えていただきたいことの一つです。
また、「観念的な公平感」というものが会社の中には案外あります。たとえば、業績が悪くてボーナスをカットするとき、上の役職ほどきつくするというのがよくありますが、課長は10%カット、その下は5%カットというのを続けると、何年かで両者が逆転します。公平そうで全く公平じゃありません。
当社は、成果は抜群でなくても長年貢献している人を評価しようというところがずっとありました。社会や市場が変わって、ディーラーやアナリストといった新しい職種が生まれ、営業では業績が振るわなかったが新しい職種で花開いた、という人がでてきます。しかし「長年の実績が大事」と言っていたら、その人を引き上げることができません。そうすると、市場はその人を評価しますから人材流出につながります。だから当社は評価の基軸を変えました。
世の中の流れに応じて、変えるべき部分は変え、捨てるべき部分は捨てる。それをきちんとできると強い会社に、中途半端にやって失敗するとだめな会社になっていくのだろうと思います。
次の時代に強い会社になるために重要な3つの分野
最後になりますが、経営と人事という観点で、これから注力すべき重要な分野は、女性、外国人、シニア、この3つだというのが私の考えです。経営的に見ると、世の中であまり活かされていない人材をうまく使ってポテンシャリティを引き出せれば、会社は強くなるからです。たとえば、女性活用ならどこの会社にも負けないというものを一番早くつくった会社が強くなる。そう思います。当社では、どんなに優秀でも経済的な理由で大学に行けない人が多かった時代、昭和20年代~30年代に、高卒で入社して4年たつと、その年に入ってくる大卒と全くイコールのスタートにしたのです。優秀な高卒の人にしてみれば、野村で働けば「野村大学」を出たと認定されたようなものですから、他社と比べて「野村に入りたい」と思う要素にはっきりなったと思います。そういうものは、いまなら何だろうということを考えてみます。
女性活用に関して言えば、女性を差別していたのではなく、男性は一人前に育てる必要があるという認識のもと、男性を優遇していた時代がございました。そこで、当社では私が社長在任中に総合職と一般職を廃止して、それぞれ全域型と地域型に変えました。以前は一般職から総合職になるには試験を受ける必要があったのをなくし、全域型には自分の意思で誰でもいつでもなれる、逆に地域型になりたい場合は会社に申し出た人からふさわしい順に決めるというように発想を変えたのです。その結果、一般職だった優秀な女性が課長になるなど、いろいろなことが起きました。でも、まだまだ努力が必要だと思います。
外国人の活用についても、外国人が働いてもいい会社ではなく、外国人が是非働いてみたい企業にしていくことが重要です。
女性活用も、外国人活用も、シニア活用も、いろいろいわれていますが、そこまで競争優位を確立した企業はまだ無いのではないでしょうか。この中のひとつでも、よそにはないぞと世の中の人が思うようなものを確立できたら、次の時代に非常に強い会社になっていける大きな要素になると思っています。
経営と人事は本当は一番近い。同じ目標に向かっていくべき
寺澤康介(ProFuture株式会社 代表取締役社長):ここからはトークセッションとさせていただきます。「経営と人事」というテーマでお話をいただきましたが、いま企業では、経営と人事が対話をしながら、変化の激しい時代に対応できる組織をどうつくっていくかということが問われていると思っています。経営と人事のコミュニケーションについて、ご自身の経験を含めてお聞かせいただけますか。古賀氏:私は人事部門と経営企画部門を行ったり来たりしましたが、バブル時代で新卒を大量採用したことがありました。そのとき、「500人以上採用するらしいのですが何に使うつもりですか」と電話がかかってきて、「冗談じゃない、決めたのはそちらでしょう」というやりとりをした覚えがあります。伝統的なサイロ型の日本の組織の典型ですね。それではだめで、経営と人事なんて本当は一番近いわけですから、共通認識の下で、同じ目標に向かっていかなければいけません。
寺澤:経営と人事の間には距離があると感じる方々も多いようですが、どうすれば、同じ目標に向かってうまく進んでいけるでしょうか。
古賀氏:経営トップと、経営企画部門、人事部門のトップ、こういう人たちが「人をどうする」という話ではなく、「こういう企業にしたい、こういうところが欠けている、こういうところを解決するにはどうすればいいか」といった議論をしながら認識を共有していくことでしょう。そうする必要性がどんどん高まっているように思います。
寺澤:もうひとつ、多様な人材の力を活用できる企業がこれから強くなるというお話でしたが、「見守る、認める」というあたりは、和の精神のようなものを感じた部分が私にはありました。ただ、価値観が違う多様な人たちを束ねていくなかで、それは外国人にも通じるものでしょうか。
古賀氏:見守る、認めるというのは、違いを峻別する、その人の特性を見極めるということです。日本の企業はそういうことをせず、「なんとなくこの人はできそうだから重用しよう」みたいなことに陥りがちですが、いいといわれている人も、要素分解すると「たいしたことない」ということだってあるわけです。だから、「この人はできる人、できない人」で終わらず、どちらの人もずっと見ていく。外国人も一緒です。その人のやっていることをわかっていないのに、ただ業績が悪いというだけでは説得力がありません。じっと後ろから見て、「あなたはあのときこう言ったけど、その通りやっていない」とか「やれると言ったけど、そういう能力を具備していない」とか、要素分解して言う手法を身につける必要があると思います。
寺澤:大変示唆に富む話です。多様性を認めるがゆえにしっかり見続けて、フィードバックをきちんとするということですね。今日はありがとうございました。
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