【人事が持つべき経営視点】第1回から読む▶なぜ今、人事が「経営視点」を持たなければならないのか
「経営戦略」とは何なのか?
「経営戦略」の意味や範囲については、いろいろな定義がなされていますが、「企業が競争環境を勝ち抜き、持続的成長を実現していくための方針」とイメージしていただくとわかりやすいと思います。つまり企業というのは、「他社に負けたっていいじゃないですか」、「別に今以上に成長しなくたっていいじゃないですか」という前提には「ない」ということです。結果的に他社に負けてしまった、マイナス成長になったということはあっても、計画段階、目標段階では原則として中長期的な成長を前提、目標としているということです。
ただその一方で、現実の企業を取り巻く経営環境は、常時勝ち続けられる、成長し続けられるほど楽観的なものではありません。今回のようなコロナや為替レートの急激な変動など、あらゆる要素が交錯し、それらが自社の売上にとって全て追い風になる時もあれば反対に全て逆風になる時もあります。あるいは一部は追い風で一部は逆風、といったように、状況は都度目まぐるしく変わります。
さらに、社内環境も、働き方改革や組織のDX化への対応など、こちらも後手にまわることなく、あらゆる変化に順応していかなければなりません。
このような「一筋縄にはいかない環境下にある現状の会社」が、どのような道をたどれば「目指す理想」に到達するのかを指し示したものが「経営戦略」です。つまり経営戦略は、そのスタートである「現実」と、ゴールである「理想」の両方を熟知していないと、作ることができません。
これらを正しく認識できていないと、現実を知らずに理想に寄り過ぎた無謀な経営戦略、反対に現実に寄り過ぎて理想とも呼べない魅力の乏しい経営戦略になるということです。だからこそ、経営層は現場を知る必要があり、現場は経営層に現場の状況を正確に知らせなければならないのです。
変化が激しい時代だからこそ「経営戦略」が重要になる
高度経済成長の時代や、今、勢いのある業界など、全ての要素が右肩上がりの経営環境の場合は、「ヒト、モノ、カネ」が無限にあるに等しい環境下ですので、綿密な経営戦略を立てなくても、大量生産、大量販売、大量採用、大量投資などで、おのずと倍々ゲームのように企業規模が大きくなることもままあります。しかし現実にはそうした環境も永遠には続きません。
不景気がおとずれたり、業界のバブルがはじけたりして、「ヒト、モノ、カネ」が無限から有限に変わった時に、無策な会社はたちまち経営悪化に陥ります。経営戦略を練り、「ヒト、モノ、カネ」を組織のどこに配分をするかということを綿密に考えながら経営をすることで、どのような経営環境下でも、他社との競争を勝ち抜き、持続的成長を実現できる体制が整うのです。
特に今のような不確実性の高い時代は、短期間のうちに大きな外的環境の変化が頻繁に訪れる可能性が高く、それに合わせて企業も「軌道修正」をしていく必要があります。このような場合でも、全社員が認識している経営戦略があれば、その経営戦略自体を軌道修正することで、その修正の内容を瞬時に全社員が理解し、一丸となって正しい方向に素早く対応ができます。
「経営戦略」の中身によって「人材戦略」は大きく変わるもの
他社との競争優位を勝ち抜く戦略としてアメリカの経営学者、マイケル・ポーター氏(ハーバード大学経営大学院教授)は3つの基本戦略を提言しています。同じレベルの商品・サービスなどを提供するのであれば、より安価に提供できるほうが競争優位をとれる戦略です。
●差別化戦略
他社が追従、模倣することが困難な、消費者に付加価値を提供できる差別化された商品、サービスであれば、価格が高くても競争優位をとれる戦略です。
●集中戦略
特定の顧客・商品・サービスなどにターゲットを絞り込み、そこに経営資源を集中させて競争優位をとれる戦略です。
これらの戦略のどれを会社が経営戦略として選択するかによって、人材戦略も大きく変わることは人事部門の皆さんもおわかりになると思います。
「コスト・リーダーシップ戦略」をとる場合であれば、より従業員の生産性を高める施策を構築できる人材の育成が人事部門の課題になるでしょう。「差別化戦略」をとる場合は、ブランディングなど実際に差別化を実現できるスペシャリストの招聘が人事部門のタスクとなるでしょう。また、「集中戦略」を選択する場合は、ターゲットの絞り込みによる経営資源の集中によって、業務がなくなってしまう社員達を、絞り込み後の組織に再配置できるように、従業員のリスキルができる施策や教育をできる人材育成が人事部門の重要な任務となることでしょう。
経営戦略の役割や、自社の経営戦略の中身を熟知しておくことで、それに見合う人材戦略はどのようなものにすれば良いかということもわかり、人的資本経営の実現が可能となる人材戦略も構築できることと思います。
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