「定年延長」と「希望・早期退職」の奇妙な同時進行
人生100年時代の到来。それは、同一企業で60~65歳まで働き続けることが、もはや“終身”雇用には当たらないことを意味している。では、定年年齢をもっと引き上げればいいのかというと、話はそう単純ではない。国は、人手不足の軽減や年金など社会保障費の抑制を目的として、希望者全員が70歳まで働ける機会の確保を企業の努力義務とする「70歳定年法」(高齢者雇用安定法改正)の導入を進めているが、現実には雇用の延長や安定どころか、むしろそれに逆行するかのような動きが顕在化しつつある。2017年以降、大企業がシニア社員の希望・早期退職を募るケースが相次いでいるのだ。会社が従業員に、あらかじめ退職金の割増支給などのメリットを示して、定年前に退職することを促すしくみを「早期優遇退職」などと呼び、これには
(1)業績悪化に伴い、臨時に期間限定で希望者を募集するケース
(2)業績にかかわらず、組織の若返りを促す目的で一定の年齢に達した従業員全員を対象に募集するケース
の2種類がある。一般的に「希望退職」というと前者を、「早期退職」は後者を指すことが多いが、いずれにせよ、実態は人員の削減=リストラにほかならない。
東京商工リサーチの調査(※1)によると、リーマンショック直後の09年、希望・早期退職者募集を実施した上場企業数は191社にのぼった。円安で大手企業の業績が好転した13年からは減少を辿っていたが、17年に5年ぶりに増加。そして昨年1年間では延べ36社と前年比3倍に急増し、募集人数も約3倍の11,351人にまで膨れ上がった。希望・早期退職者数が1万人を上回ったのは6年ぶりだという。
1社で1,000人以上の募集・応募があった企業は、富士通の2,850人を筆頭に、ルネサスエレクトロニクス約1,500人、東芝1,410人、ジャパンディスプレイ1,200人の計4社で、前年より3社増えた。統計を開始した2000年以降で3番目に多く、大企業による規模の大きなリストラが目立つ形となった。
「黒字リストラ」の加速、好業績企業がシニアを削る
注目すべきは、規模の大きさだけではない。リストラはリストラでも、今回の動きにはバブル崩壊後やリーマンショック後のそれとは明らかに異なる特徴が含まれている。日本経済新聞が2019年に希望・早期退職を実施した上場企業の業績について分析したところ、全体の約6割にあたる企業が直近の通期最終損益は“黒字”であるとわかった(※2)。人数で見ると、これら好業績企業の削減人数は中高年層を中心に計9,000人超と、全体の8割を占めている。業績悪化から人員削減に追い込まれる赤字企業がある一方で、足元の業績が好調・堅調な企業があえて希望・早期退職に踏み切る「黒字リストラ」が急増している実態が浮かび上がった。
ここ一年で特に動きが顕著だったのが製薬業界である。18年12月期に純利益が2期連続で過去最高を更新した中外製薬では19年4月に45歳以上の早期退職者を募集し、172人が応募した。アステラス製薬も同年3月期の純利益が前期比35%増えるなかで、3月までに約700人の早期退職を実施。他業種でもカシオ計算機やキリンホールディングスといった大手が同様の黒字リストラを断行した。
さらに、この流れは一過性で終わりそうにない。東京商工リサーチによると、2020年もすでに9社が計1,550人の早期・希望退職を実施する方針だが、うち7社は19年度に最終黒字を見込む業界大手。味の素は同年1月から50歳以上の管理職の1割強にあたる100人程度の早期退職者を募集する。
年功序列型が色濃い大手企業の賃金体系では、いわゆるバブル大量入社組を中心とするシニア社員の賃金がもっとも高くなる傾向にあり、ボリュームコストになっていることは否めない。とはいえ、好業績の企業までが競ってその層を削減しようとしているのはなぜなのか。背景にどのような変化があるのか。後編でさらに考察を深めてみたい。
【参考】
※1:2019年(1-12月) 上場企業「早期・希望退職」実施状況(東京商工リサーチ)
※2:「黒字リストラ」拡大、19年9100人 デジタル化に先手(日本経済新聞)
※3:2019年(1-11月) 上場企業「早期・希望退職」実施状況(東京商工リサーチ)
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