「人々が意欲、能力、適性に応じて希望する仕事を準備、選択、展開し、職業生活を通じて幸福を追求する権利」、すなわち「キャリア権」をめぐる規定が法律で定められていることへの認知度はまだ高くありません。労働者と事業主に「キャリアをめぐる努力義務」が法律で課されているという事実に、驚かされる人も多いことでしょう。本セッションでは、法政大学の諏訪 康雄氏にキャリア権の内容や意義、今後求められる方策などについてご講演いただきました。

講師


  • 諏訪 康雄氏

    諏訪 康雄氏

    法政大学 名誉教授 / 日本テレワーク協会アドバイザー

    平成期は日本に「キャリア」概念を根づかせ、発展させた時代でした。これまで「人足→人手→人材→人財」と人的資源の呼び名が移ってきました。今後、新しい個人と組織の関係により生まれる、多様な才能をもった人びとは「人才(ジンザイ)」と呼ばれ、人間と機械の分業と協業のなか、進化する機械を使いこなし、新たなシステム化を工夫し、人間だからこそといった能力を発揮して活躍する存在となることでしょう。AI、IoT、ロボティクスと少子高齢化が同時進行する激変の時代に、人びとのキャリア発達を促進し、企業と経済社会を活性化する基盤を築くうえでキーとなる概念、「キャリア権」の意義とそれを尊重する方策を深掘りします。

今、なぜキャリア権なのか? ~雇用慣行の基礎に広がる新しい動き~

法律で課されている「キャリアデザインをめぐる努力義務」

皆さんは、「キャリアデザイン等をめぐる努力義務」が法律で定められていることをご存じでしょうか。実は、キャリアという言葉がそのまま法令用語となっているわけではありません。法令用語では職業上のキャリアは「職業生活」、職業上のキャリアデザインは「職業生活設計」とされています。そして、現在、すでに法律では、それらをめぐる労働者、事業主、国の責務が規定され、労働者にはキャリアデザインをめぐる努力義務が課されているのです。
職業生活という言葉は2つの法律のタイトルに含まれており、現時点で78の現行法令の中に存在しています。例えば、「職業能力開発促進法」には、「労働者は職業生活設計を行い、その職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発及び向上に努めるものとする」(3条の3)、そして、事業主は「労働者が職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発及び向上を図ることを容易にするために必要な援助を行うこと等によりその労働者に係る職業能力の開発及び向上の促進に努めなければならない」(4条1項)という条文があります。国及び都道府県も、「労働者が職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発及び向上を図ることを容易にするための援助、技能検定の円滑な実施等に努めなければならない」(4条2項)と定められています。これらは全て努力義務ですから、果たさなくても処罰されるわけではありません。しかし、努力していないと、企業が補助金や助成金を申請する場合などには不利益を被る可能性があります。

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