組織には戦略があり、リーダーたちはその達成に向けて日々努力を続けている。しかしいくら戦略を綿密に立案したとしても、それが実行され、達成できるとは限らない。なぜ、「戦略」と「実行」には隔たりがあるのだろうか。
ベストセラー『7つの習慣®』『実行の4つの規律』をフレームワーク化し、戦略を実行する風土を組織に定着させることを提唱するフランクリン・コヴィー・ジャパン社。その副社長である竹村富士徳氏は、企業組織の戦略実行を、スポーツに例えて話すことがよくあるという。戦略を設定し、様々なリソースを投じてその達成に向かうという点で、ビジネスとスポーツは共通している。そこで今回、30年以上にわたりオリンピック選手やプロスポーツ選手のメンタルトレーニングを続け、その指導者からの信頼も厚いメンタルトレーナーの白石豊氏を招き、竹村氏と「組織が戦略を実行するために必要なこと」をテーマに対談を行った。
組織が戦略の実行に向けて動くには、リーダーのパラダイムシフトが不可欠

スキルやナレッジを高めるだけでは、パフォーマンスは上がらない

組織が戦略の実行に向けて動くには、リーダーのパラダイムシフトが不可欠
竹村 富士徳 氏(以下、竹村) 白石先生は、オリンピック選手、プロ野球選手といったアスリートのメンタルトレーニング、そして元サッカー日本代表監督の岡田武史さんのチーム作りのサポートを行ってこられたと伺っています。メンタルトレーニングには、どのようなきっかけで出会われたのでしょうか。

白石 豊 氏(以下、白石) 私が10歳の時、東京オリンピック(1964年)がありました。そこでは男子体操が5つの金メダルを取ったのですが、それを見た私は「日本人がこれほど世界に通用する競技があるのか」と感銘を受け、体操を始めました。その後、東京教育大学(現・筑波大学)の体育学部に入学したのですが、厳しい練習により、すぐに椎間板ヘルニアになってしまったのです。見学だけで練習ができず、もどかしい気持ちのまま様々な文献を読んでいた時、旧ソ連の『スポーツマン教科書』という本に、体だけでなく頭でも体操の練習をしている、という、ローマオリンピック女子体操競技の金メダリスト、ラリサ・ラチニナさんの言葉を見つけました。頭でも練習をする、という概念が当時なかった私はそれに衝撃を受けました。私だけでなく、当時は日本のスポーツ界も「スポーツの練習とは体でするもの」というパラダイムがあったと思います。それで海外の文献を調べていくうちに「イメージトレーニング」という言葉に出会い、勉強を始めたのです。
卒業後は大学で働きながら男子体操部のコーチをしていました。スポーツで成果を出すには、肉体はリラックスし、精神は集中している状態を作ることが重要です。しかし考えてみれば、中学や高校の体操顧問の先生は、「リラックスしろ!」「集中しろ!」とは言いますが、どのようにしてその状態を作るのかまでは教えてくれませんでした。そこで、それを見つけるために、さらに様々な文献を読み、メンタルトレーニングについて勉強したのです。ありがたいことに私は、自律訓練法、座禅、ヨーガ等、壁にぶつかるたびに心身を鍛練するさまざまな手法に出会うことができました。それに伴い、指導内容もブラッシュアップしていきました。転機は1988年、駒澤大学野球部の太田誠監督から、選手たちにメンタルトレーニングを教えてくれとご依頼をいただいたことです。それが、メンタルコーチとしての第一歩でした。
組織が戦略の実行に向けて動くには、リーダーのパラダイムシフトが不可欠
竹村 アスリートが最大のパフォーマンスを発揮するには、肉体だけではなくメンタルの調和が取れていなければならない。今では当たり前のように言われていることですが、先生は日本にそのようなパラダイムが生まれる前から実践していらっしゃるのですね。ビジネスの世界でも、同様です。昔はスキルやナレッジを高めればパフォーマンスが上がるとされていました。しかし、マインドが整わなければスキルを活かすことはできません。

白石 トップアスリートは、肉体は超一流で、気力も意志の力も一流です。しかし、能力は間違いなく日本のトップクラスでも、決勝戦になるとシュートが入らない、といった選手に出会うことがあります。色々と話を聞いてアセスメントしていくと、過去の失敗体験にとらわれているなど、自分に対する認知に歪みがあることが多いのです。本来持っている力を最大に発揮させるためには、そうした誤った自己認知を正していくことが必要です。

詰め込み型でも、放任でもいけない。元サッカー日本代表監督の岡田武史さんの葛藤

組織が戦略の実行に向けて動くには、リーダーのパラダイムシフトが不可欠
白石 私たちは、スポーツ選手が極限の集中状態に入り、驚異的な力を発揮する状態を「ゾーン」と呼んでいます。心理学では「フロー」とも呼ばれるのですが、この「ゾーン」という言葉は、私がデビッド・グラハムというゴルフの全米オープンチャンピオンの著書である『ゴルフのメンタルトレーニング』を翻訳したことから、日本にも広まった概念です(1992年)。彼が全米オープンで優勝した時、1番のティーショットから18番の優勝パットを決めるまで、素晴らしいプレーを続けたにもかかわらず、何も覚えていなかったというのです。つまり「無我とか無心といわれる境地」です。

竹村 今、先の読めない時代の中で、新しいモノや高付加価値を生み出していくことがビジネスでも求められています。そのためには、会社組織で働く知的労働者の中にも「ゾーン」や「フロー」のような状態を作り出し、パフォーマンスを最大化させることが必要だと思います。白石先生はスポーツチームの指導者のサポートもされていらっしゃいますが、そのために必要なことはどのようなことだとお考えですか。

白石 チームメンバーが指示待ちではなく、当事者意識を持てるような状態を作ることですね。元サッカー日本代表監督の岡田武史さんは、2003年の横浜F・マリノス監督就任1年目から独自の戦術を選手に教え込み、2連覇を果たしました。しかし3年目が始まる時、「さあ今年の岡田監督は、どんな戦術を用意してくれるのだろう」と待ち構える選手を見て、岡田さんは「日本一の選手が、監督の指示を待つことしかできないのか」と、失望してしまったというのです。とことん教え込んだ結果、指示待ちの状態を作ってしまったと反省し、3年目は「自由にやってみろ」と放任したそうです。しかし、結果は9位という成績でした。 教え込む方法で依存状態を作ってきたので、いきなり突き放して自由にさせても、選手たちには自律的に戦術を作って実行するスキルがなかったのです。そして4年目。今後はコントロールするか放任するか、岡田さん自身が迷いながら選手に接してしまいました。しかし、順位はさらに下がり、岡田さんは責任をとって辞任しました。

竹村 どんなにスキルや知識を教え込んでいたとしても、本人たちに本質的な意味での実践力や主体性がなければ、「自由にしろ」と言われてもうまく動けないということですね。

白石 おっしゃる通りです。組織において、目標とその達成のためのアクションプランを立てるのは、リーダーの役割です。しかしそれを押し付けるだけでは、メンバーが当事者意識を持たず、“やらされ仕事”になってしまいます。それでは、良い組織になりません。納得して、腹落ちしたうえで、自走する意識を持たないと、ゾーンに入って120%の力を発揮することはできないと思います。

白石教授自身の「苦い経験」とパラダイムシフト。チームの力を引き出すために必要なこととは?

竹村 私たちは、組織が戦略を実行し成果を出し続けるための「実行の4つの規律」というプログラムを提供しています。一昔前であれば、号令をかけたら一斉に人は動きましたが、今はそういう時代ではありません。だからこそ、白石先生がおっしゃるように、いかに「自分ごと」として目標を捉えるかが重要になってきます。先生は、その当事者意識をいかに引き出していらっしゃるのでしょうか。

この後、白石教授自身の印象深いパラダイムシフト経験や、岡田武史監督に訪れたパラダイムシフトの瞬間、戦略実行の障壁となるリーダーの「リミッティング・ビリーフ」とは何か、などについての話題が続きます。続きはぜひ、記事をダウンロードしてご覧ください。


  • 1

この記事にリアクションをお願いします!