■主旨と内容

厚生労働省は5 年ごとに『労働者健康状況調査』を行っています。最新の平成19年調査では,職業生活等において,「強いストレス等を感じる」労働者は約6 割に上っています。そのストレスの内容では「職場の人間関係」「仕事の質」「仕事の量」などが多くを占めています。この状況を放置するとメンタルヘルス疾患のリスクが増加します。
職場におけるメンタルヘルス対策には,職場の雰囲気を高めるモチベーションアップの取り組みから,メンタルな問題が起きないようにするための対策,そしてうつ病などの精神障害が発生した場合の対応まで,多岐にわたります。これらを分解すると大きく3 つの対策になります。
 一次対策は,精神障害やメンタルヘルス不調の発生を未然に防ぐための取り組みです。メンタルヘルスのリスクをできるだけ減らし,職場の活性化を図る対策です。
 二次対策は,病気を早期に発見し,迅速に適切な対応を取るための取り組みです。病気の早期発見や早期の適切な治療も含みます。
 三次対策は,発生した病気を適切に把握,管理して病気の悪化を防ぐ取り組みと,発症による休職者の職場復帰への取り組みが挙げられます(「休職・復職規定」2010年8 月号/「リハビリ出社規定」2010年9 月号)。
 今回は,メンタルな問題を起こさないようにする一次対策を中心に整理し,規定化します。会社として,管理職として,個々人としての取り組みを整理することによって日々の管理手法を明確化します。

■検討内容

まず,メンタルヘルス対策規定の作成に当たっては,会社として,管理職として,そして各社員として,という全方位的な取り組みが必要です。例えば,メンタルヘルス研修の実施や健康相談窓口の設置などが挙げられます。
 各社員の取り組みでは,ストレス耐性をつけるための個々人の取り組みの方向性などが挙げられます。一般にはセルフケアの勧めを指します。

 今回の規定では管理職の役割を中心に展開しています。一般にラインケアの中心となるのは管理職に他ならないからです。
 メンタルヘルスに強く影響するものに「過重労働」と「ハラスメント」があります。これを健全化するためには管理職の役割が重要です。昨今は成果主義のためか部下の健康管理や精神衛生管理に目を向ける余裕のない上司がたくさん見受けられます。しかし,管理職には部下への指示命令,指導教育を通じて部下の能力を上げるとともに,職場環境を改善し,風通しを良くする義務があります。これらを一定のルールとして規定化すると管理職の役割と責任が明確になります。「時間がなくて部下の観察・指導ができない」という管理職には,部下の観察・指導が管理職のコア業務であることを理解させる必要があります。
 
 具体的に規定化する内容には以下のものがあります。
 第一は部下との定期的な面談です。これは目標管理等との面談とは別に設定します。日頃のコミュニケーションが,メンタルヘルスリスクの発見やハラスメントを防ぐことにもつながります。
 第二に重要なことは部下の労働時間管理です。一過性の業務の過多に無理やりに過重労働で対応することのリスクを規制します。それが業務改善を促進するきっかけにもなります。
 第三にハラスメントの防止です(「パワーハラスメント防止規定」2009年12月号/「セクシュアルハラスメント防止規定」2009年11月号)。管理職はこれら規定を把握し,現場で適切に運用しなければなりません。自ら起こさないのは当然,職場全体に起こさせないよう管理監督する必要があります。
 最後はメンバーとのふだんからのコミュニケーションです。社員の究極の欲求は承認(認知)です。他人から認められることや必要とされているという環境作りが社員のメンタルに大きく影響します。無視や無関心が最も危険なメンタルヘルスリスクといえます。

 現在の職場では,多くの社員が一日中パソコンに向かって仕事をしています。そんな状況だからこそ管理職のメンバーに対する「ひと声」はとても威力があります。そんなこと当たり前,と思われるかもしれませんが,必要性を感じていない管理職が多いから問題が起こるのです。規定で明確に定め,まずは義務化して励行します。

 マズローの欲求5 段階説をご存じでしょうか。
第1 段階:生存欲求
第2 段階:安全欲求
第3 段階:社会的欲求
第4 段階:承認欲求
第5 段階:自己実現欲求
メンタルヘルス疾患はこのすべての段階に影響します。過重労働が生存欲求や安全欲求に影響することも考えられますし,ハラスメントが社会的欲求,承認欲求にも関係するということです。承認欲求を阻害するのはセクハラであり,パワハラです。反対に承認欲求を高めるのは日頃からの,お互いを思いやるちょっとした言動です。上司から,またメンバー同士で言葉をかけあうことによって,メンタルヘルスは予防でき,職場が活性化するのです(下記)。

メンタルヘルス予防に有効なちょっとしたひとこと

「仕事うまくいっていますか」「大変そうですね」「どこまで進んでいますか」「手伝いましょうか」「ちょっと教えてもらえせんか」「お疲れ様です」「ありがとう」

メンタルヘルス対策規定例

第○条 この規定は社員のメンタルヘルスのリスクをなくし,職場の活性化を推進するために定めるものとする。
(会社としての取り組み)
第○条 会社は社員のメンタルヘルス対策のためにメンタルヘルス診断システムを備え周知する。※注
第○条 会社は健康相談室を設け,社員のメンタルヘルス対策のために産業医,産業カウンセラーを配備する。
第○条 ・・・・
(各社員としての取り組み)
第○条 各人は心の健康を保つためにストレス予防のための習慣を持つこと。
第○条 各人は毎日職場の各メンバーと1日少なくとも1 回以上声かけを行い,コミュニケーションを図ること。
第○条 メンタルヘルス上異常があると感じた場合は,自ら会社の健康相談室に連絡し,産業医等に面談すること。
第○条 メンタルヘルス上の問題で上司や会社から面談や受診を勧められた場合は,カウンセラーとの面談や産業医等に受診すること。
第○条 ・・・
(管理職としての取り組み)
第○条 管理職は少なくとも2ヵ月に一度各部下と30分以上の個別面談を実施すること。
2 管理職は面談においては,部下の話を傾聴し,部下の業務進捗の現状把握を行うことに留まらず,メンタルヘルス面の状況をチェックする。
第○条 管理職は各部下の時間外労働の状況を把握し,部下の労働時間管理の徹底を図ること。
2 36協定内容を把握し,時間外労働は36協定の範囲内で管理する。
3 時間外労働は月45時間以内とし,それを超える場合は部下と面談を実施し,健康状態のチェックを行い,その状況を人事部に報告する。
4 時間外労働が月80時間を超える場合は産業医と面談をさせる。
5 部下の健康状態がすぐれない場合は,時間外労働を禁止し,場合によっては休暇を指示し,休養を取らせる。
第○条 管理職はパワーハラスメントおよびセクシュアルハラスメントについての知識を深めるとともに,各ハラスメントの予防に心掛けメンバーに周知すること。
2 管理職自らハラスメントを起こさないように,知識と意識を持って行動する。
3 管理職はメンバーにハラスメントについてのリスクを周知させ,ハラスメントを起こさないように管理する。
4 管理職はハラスメントが起きていないかを常に観察し,万一その兆候がある場合は事実確認を行う。
5 事実がある場合は人事部に報告し,人事部の指示のもと協力して対策を打つ。
第○条 管理職は職場の活性化のために,毎日1回以上全ての部下に声かけを行うこと。
※注:中央災害労働防止協会による「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」なども活用できます。
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