新人が入社する前に 古参社員の教育が必要か
筆者の友人に,ある意味でベテラン社員の見本ともいうべき男がいる。工業高校を卒業して自動車会社の工場に勤務すること30年。クルマ造りに誇りと情熱を持ち,それを衒いもなく人前で表現する奇特な人物だ。
アフターファイブに私たち社外の仲間と飲んでも,口にするのは昔からクルマのことばかりで,自分の手がけている車種がいかに美しく高性能かを得意そうに話す。飲んだ帰りに街路を歩いていると,行き交う車列をながめ,「お,あれはずいぶん古いモデルだな。おーい,元気か!」と大声を出して,子供のように手を振ったりする。それがいかにも素直な感じで,憎めない。
その彼が若い部下たちと飲む席に呼ばれたことがあるが,そのときも態度は変わらなかった。自分たちが造っているクルマをさかんに賞賛し,店を出ると,車道に向かって手を振る。「また始まった」と言って,部下たちは苦笑するのだが,それがとてもいい雰囲気なのだ。やがて上司と並んで手を振る者も現れた。
何でも自画自賛すればよい,という単純な理屈ではない。しかし,年を重ねるうちに情熱が色あせ,自分たちの仕事を自嘲気味に語るベテランよりは,こういう元気な人間のほうが上司として適任であることは確かだ。
最後に,城山三郎の作品から印象深い言葉を掲げる。以前の号にも引用したことがあるが,ぜひ拳拳服膺していただきたい。
「新入社員を迎えるたびに,しゃんとしなければならないのは,古参社員の方である。新人の初心を前に,粛然と姿勢を正すべきである。新入社員教育は,新入社員の入社ごとに,古参社員が受けるべきである」(『猛烈社員を排す』)