転んだ人を笑うな。彼らは歩こうとしたのだ

稲垣 そんな日本は、多様性への適応力が弱いのでしょうか?

米倉 今の日本は、「Group Think」になっていて、弱くなっているかもしれないけれど、本来は強いと思うんです。幕末なんて、地方のなまりの強い方言で西郷隆盛や坂本龍馬、勝海舟などが語り合い、外国人を雇って、わずか20年で日本の繊維産業という国際競争力を獲得したわけですよ。これは世界的に見てすごいことです。ところが、だんだんとモノリシックになっちゃったわけですよ。戦争に行く、日本は神の国だなんて言い出してしまって、国民みんなが同じ思考に陥った。そして、戦争に負ける。

渋澤 健さん(渋沢栄一の直系の子孫)が、「30年ごとに分けて見ていくと、日本は面白い」とおっしゃっていました。1867年に明治維新、それから30年間頑張って日清・日露戦争に勝ち、先進国のひとつになるわけです。しかし、先進国になったと思い込んで、今度は傲慢になって戦争に突き進んで負ける。それからまた、1930年から戦争に入っていき、戦後を含めて50年頃はバタバタするんだけど、60年ぐらいにもう1回目が覚める、というわけです。「これからは高度成長だ」、「戦争では欧米には負けたけど、経済では負けない」と、30年間、ガンガン頑張って、1990年にバブルが弾ける。それからさらに30年間経って、今はノタノタしているわけよ。ということは、日本はこれからです。

稲垣 まさに今30年経ったところですね。日本でも多様性をもってどんどんイノベーションを起こしていきたいですが、イノベーションを起こす人材は、年齢が若いほうがいいのでしょうか?

米倉 ウルマン風にいうと、「年齢は青春とは歳の数ではない。心の持ちようだ」と。今、蓄電池の世界ですごく伸びている、エリーパワーという企業があるのですが、そこの社長は今、80歳代ですよ。69歳で起業したんです。三井住友銀行の副頭取までやった方です。あのような方を見ていると「人は年齢ではないな」と思いますね。「心の若さ」です。ただ、やはり物理的に年をとると、頭は固くなるし、馬力がないとできないこともあるから、そういった意味では、若い人にたくさんの経験をさせたほうがいいと思います。ただし、若ければいいというものではない。もうひとつ大事なことは、「失敗した人に再登場してほしい」ということです。
第19話:日本は「Group Think(集団浅慮)」を抜け出してイノベーションを起こす必要がある!
稲垣 僕が好きな米倉先生の言葉に「転んだ人を笑うな。彼らは歩こうとしたのだ」というのがあります。本当に素晴らしい言葉だと思います。最後になりますが、そんな日本の将来は明るいでしょうか。

米倉 僕は歴史家なので、よく「歴史は繰り返しますか?」と聞かれます。「おお、繰り返すよ、歴史を学ばない者には。おお、繰り返さないよ、歴史を学ぶ者には」。これも同じ。「日本の将来は明るいですか?」、「おお、明るいよ。明るくしようと思っている人間には。おお、暗いよ。何もしない人間には」。ですから、ちょうど我々にかかっているんですよね。日本の将来を明るくするか暗くするかは。

「チャーチルの、ペシミストは素晴らしいオポチュニティがあるのに、できないという」、「オプティミストはどこを見てもできなさそうだけど、ここはできる、ここはすごい」というのと同じです。日本に今、必要なのは「楽観主義」。我々はできますよ。だって、これだけのインフラをもっていて、これだけ清潔で、これだけエフィシェントなんです。例えば、新幹線の年間遅延時間はたったの「8秒」ですよ。10分に1本走っているのに。こんな国ないですよね。人は親切、食べ物は美味しく、しかも安い。今どき5ドル程度で昼ごはんが食べられる国なんて、そうそうないですよね。牛丼ならお釣りもくる。そういうアドバンテージでみんなが国際競争力を意識してほしい。

英語もティーンエイジャーがしゃべるような英語じゃなく、意志を伝えられる英語にすることが大事。ペラペラ流暢にしゃべれなくてもいいんです。「きちんと伝える英語」を学べばいい。世の中にはいろんな英語があるんですから。今、世界で1番英語を使っている人はどこの国の人だか知っていますか? 中国人です。13億人が英語を話す。インド人もしゃべります。ネイティブじゃないから少しわかりづらいですけどね。だから、こういった英語にみんなが慣れていき、大事なのは言葉ではなくて中身だという世界になってくると面白いですよね。

稲垣 最後に、先生が「CQI」に期待していらっしゃることや、アドバイスをいただけますでしょうか。

米倉 やはり、「データ×カルチャー」という部分です。イタリア車のアルファロメオが中国で車を販売するときに、パートナーに選んだのがアリババです。彼らはあるキャンペーンで350台を販売目標とした。パートナーになったアリババはどれくらいの時間で売ったと思いますか? なんと33秒で完売です。

稲垣 33秒……。何が起こったのでしょうか。

米倉 「データの力」です。北京と上海と深圳の資産2億円以上の富裕層で、過去3年以上前に外車を買って、イタリアブランド好き、というデータをピックアップし、プロモーションをかけた。すると、一瞬でターゲットにアプローチできるんです。

稲垣 従来の、店舗を作って、広告を打って、来場者に風船を配って試乗会をやって、後日パンフレットを郵送して顧客フォローをして……というやり方と随分違うのですね。

米倉 そのやり方は、決してアルファロメオを買わない人に対して一生懸命アピールしているわけです。本当にアルファロメオを欲しがっている人のデータがあれば、マッチングは一瞬なんです。そして、CQIが面白いのは、「カルチャーに注力している」ところです。稲垣さんが講演でよく話していらっしゃいますが、日本人は「インドネシア人は時間にルーズだ」と思っている。しかし、インドネシア人は「時間を守っている」と思っている。これは、「許容度」が違うんですよね。日本は1分遅れて来たら遅刻。インドネシア人は5分遅れだったら時間に正確。そういうことを理解しながらタスクや仕事をしていくことなんですよ。

だから、日本の「暗黙知」を「形式知」にしていく必要がある。これは、バックグラウンドが違うカルチャーをもっている人同士が、協働するのに必要な工程です。大変ですけれど、だからこそこのプロセスが「集団浅慮」を抜け出してイノベーションを起こせるんです。

対談を終えて

米倉先生とのお付き合いは長いのだが、毎回お会いするたびに緊張感とワクワクを感じる。今の自分に足りないものを高い視座から指摘され、今の自分がやりたいことを暖かく引き出していただくような気持ちがする。

アリババがアルファロメオ350台を33秒で完売したように、まずはしっかりとデータを集めて、人と組織のカルチャーマッチングを実現したいと思った。今まで日本で働く外国人にたくさんインタビューをしてきたが、その会社のカルチャーに合わず、低いモチベーションで働いていたり、失望して日本を去ったりすることが悲しすぎるのだ。日本が世界から必要とされる国になるために、「CQの概念」をもっと極めていこうと思う。
登壇者:米倉 誠一郎(よねくら せいいちろう)氏
一橋大学 名誉教授、法政大学大学院 教授
1981年、一橋大学大学院 社会学研究科 修士課程修了。1990年、ハーバード大学にてPh.D.(歴史学)を取得し、1997年より一橋大学 イノベーション研究センター 教授。現在、法政大学、一橋大学の他に、Japan‐Somaliland Open University 学長も務める。企業経営の歴史的発展プロセス、とくにイノベーションを中心とした経営戦略と組織の史的研究を主たる研究領域としている。経営史を専門とする一方で、関心領域を広く保ち、学際的であることを旨としている。
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