しかし、世界での活発な動きに対して、日本企業は全体的に後塵を拝している感が否めず、イノベーションを生み出す組織に変革していく必要がある。
現在の人材マネジメントの実態と、イノベーション創出に向けたあるべき人材マネジメントの方向性を明らかにすべく、産業能率大学 総合研究所とHR総研は共同で「イノベーション創出に向けた人材マネジメント調査」を実施したので、その速報をお届けする。
多くの日本企業は、変革型よりも、開発型や改善型イノベーションの創出に注力している
【図表1 過去3年間のイノベーションの創出状況】
過去3年間のイノベーションの創出状況についてたずねた。ここでは、イノベーション研究の嚆矢であるシュンペーターやクリステンセンの概念を参考に、活動の質やインパクトの大きさから、あらかじめイノベーションの創出状況に関する項目を以下の通り分類している。
■変革型イノベーション:商品・サービスにより、市場や業界構造の組み換えが起こっている
■開発型イノベーション:販路や商品・サービスラインナップが拡充されている
■改善型イノベーション:業務やプロセスが再構築されている
「1 業界構造や人々の生活を大きく変えるような製品・サービスを生み出した」「2 業界初の機能をもつ製品・サービスを市場に導入した」「3 製品・サービスの機能を限定することにより、業界初の低価格で市場に導入した」について、「行っていない」と回答した企業が8割弱から8割台半ばと多い。また、「行っており利益が出ている」と回答した企業は1割にも満たない。多くの企業が変革型イノベーションに取り組めておらず、かつ利益を生み出すことができていないことがわかる。
一方、「4 自社にとっての新製品・新サービスを継続的に市場導入した」「5 既存の製品・サービスを、従来と異なる市場に導入した」について、「行っている」(「行っているが利益が出ていない」「行っており利益が出ている」の合算)と回答した企業は5割から6割強である。うち、「行っており利益が出ている」と回答した企業は半数程度にとどまっている。
さらに、「6 事業全体の業務プロセスの再構築が行われた」については5割台半ば、「7 現場の業務改善が行われた」は7割台半ばの企業が「行っている」(「行っているが利益が出ていない」「行っており利益が出ている」の合算)と回答している。とはいえ、うち半数以上が「行っているが利益が出ていない」と回答しており、改善型イノベーションに注力しているものの、利益を享受できていない企業も少なくないようだ。
一般的にいわれるように、日本企業の多くは、変革型よりも開発型や改善型イノベーション創出に注力していることが調査結果からも明らかになった。
変革型イノベーション創出企業は、世の中を変えることにトップが強くコミットしている
【図表2 経営トップが推進していること】
イノベーション創出につながる要因を探るため、過去3年間のイノベーションの創出状況をもとに、回答企業を以下の3つの群に分類した。
(1)「1 業界構造や人々の生活を大きく変えるような製品・サービスを生み出した」「2 業界初の機能をもつ製品・サービスを市場に導入した」「3 製品・サービスの機能を限定することにより、業界初の低価格で市場に導入した」のいずれかを行っている企業群97社
・・・“変革型”イノベーション創出企業群(以下“変革型”)
(2)「4 自社にとっての新製品・新サービスを継続的に市場導入した」「5 既存の製品・サービスを、従来と異なる市場に導入した」のいずれかを行っている企業群147社
・・・・“開発型”イノベーション創出企業群(以下“開発型”)
(3)「6 事業全体の業務プロセスの再構築が行われた」「7 現場の業務改善が行われた」のいずれかを行っている企業群および「1」~「7」いずれも行っていない企業群100社
・・・“改善型”イノベーション創出企業群(以下“改善型”)
自社の経営トップが推進している活動について、創出しているイノベーションの型別に比較した。
“変革型”は、他の型と比べて、「1 自社の製品・サービスで世の中を大きく変えること」「2 業界初の製品・サービスを世の中に出すこと」をトップが推進している割合が高い。
一方、“開発型”のトップは、「3 新製品・新サービスを継続的に生み出し続けること」「4 既存の製品・サービスの市場を拡大すること」「5 事業や業務のプロセスをより合理的にすること」を推進し、“改善型”のトップは、全般的に低いが、相対的に「5 事業や業務のプロセスをより合理的にすること」「6 現場の業務改善を進め、コストを削減すること」を推進している様子がうかがえる。
企業のイノベーション創出の状況は、経営トップが推進している内容と強い関連があり、“変革型”のトップは、自社の製品・サービスで世の中を変えることを指向しているようである。
変革型イノベーション創出企業は、柔軟な働き方を追求。加えて、自社株を用いたインセンティブ制度を構築している
【図表3 制度の導入状況】
制度の導入状況について、創出しているイノベーションの型別に比較した。なお、ここでは各項目を、「柔軟な働き方の追求」「報酬・インセンティブの強化」「個や多様性の尊重」に分類している。
全般的に“変革型”は、他の型よりも制度の導入率が高いことが特徴としてあげられる。
「柔軟な働き方の追求」において差が顕著だったのは、「3 ノー残業デーなど定時退社の促進」で、“変革型”および“開発型”は6割強から7割であるのに対し、“改善型”は4割強である。また、「4 在宅勤務制」も“変革型”は3割強であるのに対し、“開発型“は2割、”改善型“は1割弱である。“変革型”は、柔軟なワークスタイルの充実に注力している様子がうかがえる。
「報酬・インセンティブの強化」においては、いずれの型も似たようなプロフィールであるが、「9 社員持ち株制度」「10 ストックオプション」については、“変革型”> “開発型“>“改善型”の順である。自社株を用いてインセンティブを強化する動きは、“変革型”が最も進んでいるようである。
一方、「個や多様性の尊重」については、全般的に導入率は低いものの、“変革型”とそれ以外の型とで差が見られる。特に「11 複数のキャリアコースを設定する複線型人事制度」「12 社内FA制度や社内公募制度」「16 フリーアドレス制」の差が大きい。“変革型”においては、2割前後と少ないながらも、社員の自律的なキャリア開発や、自由度のあるワークスペースの構築を進めている企業が見られる。
“変革型”においては、他の型よりも、柔軟なワークスタイルを中心に制度の導入が進んでおり、自社株を用いたインセンティブ強化や社員個々を尊重したキャリア開発・ワークスペース構築も進められていることがうかがえる。
変革型イノベーション創出企業は、社員の多様性を重視しながら、研究開発のプロセスマネジメントや知識・経験の拡大を組織的に行っている
【図表4 施策の実施状況】
施策の実施状況について、創出しているイノベーションの型別に比較した。
“変革型“は、他の型よりも各種施策の実施率が高い。特に、「1 チャレンジ目標を設定するきまりになっている」「2 自社にない専門性をもった人材を、外部から積極的に調達している」「3 自社にいないタイプの人材を意図的に採用している」「4 新卒採用は職種別・コース別に行っている」の実施率が高く、チャレンジングな目標や社員の多様性を促進する採用形態をとっている様子がうかがえる。
また、「7 ステージゲート管理により、研究開発の効率を高めている」は、“改善型”および “開発型”は取り組んでいる企業がほぼ見られないのに対し、“変革型”は1割弱見られた。さらに、「8 インセンティブ制度やルールによって、外部連携を促進させている」「9 業務時間の一部を、社員自身が取り組みたいテーマに費やすことが認められている」も同様である。“変革型”は、研究開発のプロセスマネジメントや知識・経験の拡大につながる取り組みを組織的かつ計画的に行っていることがわかる。
変革型イノベーション創出企業は、内外ネットワークの構築に積極的
【図表5-1 組織体制:部署の設置状況】
部署の設置状況について、創出しているイノベーションの型別に比較した。
“変革型”の企業は他の型よりも、「1 各事業・部門が保有するノウハウの共有化を専門に行う部署」「2 オープンイノベーションの推進を専門に行う部署」の設置率が高かった。
【図表5-2 組織体制:外部との協働状況】
また、外部との協働状況について、創出しているイノベーションの型別に比較した。
“変革型”は、「1 戦略的提携」に積極的で、6割強の企業が行っている。また、「3 他企業の吸収・合併」や「4 大学や公的研究機関との連繋」を行っている割合も3割強から4割弱と、他の型と比較して高い。
“変革型”は、専門部署を中心として内外ネットワークを構築し、連繋を強化しているようである。
変革型イノベーション創出企業は、「知の活用・深化」活動と、「知の探索」活動をバランスよく行っている
【図表6 組織の風土】
組織の風土について、創出しているイノベーションの型別に比較した。なお、ここでは各項目を「知の活用・深化(既存の知識や強みを深耕し効率性を高める活動)」と「知の探索(新たな強みを創造する実験的な活動)」に分類している。
“改善型”は、知の活用・深化、知の探索活動ともに他の型よりも低い傾向がある。
“開発型”は、「3 業務の標準化・効率化を追求している」が突出して高く、また、「4 費用対効果が強く意識されている」も相対的に高めであることから、知の活用・深化活動に注力している様子がうかがえる。
一方、“変革型”は、「1 事業全体の目標の達成に向けて、一致団結している」「7 意思決定の際には関係者との合意形成が重視される」「8 将来ビジョンが明確で、社員が共感している」「10 顧客の声を絶えず吸い上げ、開発や改善に活かしている」が他の型よりも高く、経営の方向性が明確で凝集性と顧客志向が高いことが特徴である。また、「11 社外の専門家や有識者とのコラボレーションが活発である」「12 新しいテーマに取り組むことを面白がる雰囲気がある」「15 現在の業務に直接関係のない探索的な活動が盛んである」など、社外とのネットワークを構築しながら、将来の種まきにも積極的である。
“変革型”は、知の活用・深化活動と、知の探索活動のどちらかに偏ることなく、くまなく行っていることが特徴といえる。
変革型イノベーション創出企業には、さまざまなタイプの人材がいる。特に、ビジネスモデルを着想したり、具現化したりする人材を擁する企業が他よりも多い
【図表7 人材の状況】
人材の状況について、創出しているイノベーションの型別に比較した。
ここでは、各人材について1%以上存在すると回答した企業(「1~10%未満」、「10~50%未満」、「50%以上」の合算)の割合を示している。
「4 既存事業の利益向上に向けた施策を立案・実行できる人材」「5 職場の問題を発見し、解決できる人材」「6 担当業務を最後までやりぬくことができる人材」は、”変革型”、”開発型”、“改善型”のいずれもほぼ全ての企業で存在している。
一方、「3 市場や顧客のニーズを捉えて、製品・サービスのアイデアを発想することができる人材」は、“変革型”、“開発型”ではほぼすべての企業に存在しているが、“改善型”においては、存在する企業が8割強にとどまった。
さらに、「1 新しいビジネスモデルを創出できる人材」「2 前例のないアイデアやビジネスモデルを具体化し、実現することができる人材」が存在する企業は、“変革型”で9割前後、”開発型”で8割前後、”改善型”は6割強から7割であった。
“変革型”は、既存事業を深耕・拡大するための人材だけではなく、ビジネスモデルを着想したり、具現化したりするなどの新しいビジネスの種を生み出すことができる人材を確保できている企業が他の型よりも多いことがわかる。
【調査概要】
調査主体:学校法人産業能率大学 総合研究所、HR総研
調査対象:日本国内に本社を置く企業の人事担当者・責任者および経営者
調査期間:2018年6月25日~7月13日
調査方法:インターネット調査と紙媒体による質問紙調査の併用
回 収 数:346社
回答企業属性:300人未満 49.7%、300~500人未満 13.0%、500~1000人未満 15.3%、1000人以上 22.0%
【本調査に関するお問い合わせ先】
学校法人産業能率大学 総合研究所 組織測定研究センター
担当:田島・新井・堀内・横田
email: HRM@hj.sanno.ac.jp
Profuture株式会社 HR総研
担当:松岡
email: souken@hrpro.co.jp
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