女性社員の自殺が過労死と認定された。さらに労基署は立ち入り調査を
行い、会社責任について実態解明を進めていることは新聞やテレビでも大きく
報道されている。
このような長時間残業は、電通だけの問題なのだろうか。また同時に
ハラスメントの実態も明らかになってきたなか、自殺に至った原因を
人事関係の皆さまはどのように考えているだろうか。
HR総研では、これらについて緊急アンケート調査を実施し、244件の回答を
得た。過労死ラインとされる時間外労働をしている社員がいるか、
「月間80時間の過労死ライン」についてどのように考えるか、また今回の
電通過労死事件に対する意見を自由にお書きいただいた。
人事に携わる皆さまがどのようにお考えなのか、ぜひ参考にしていただきたい。
管理上月間80時間以上残業の社員がいる企業が半数以上
今回の電通過労死事件では、入社1年目社員の自殺の原因が過労によるものとして労災認定された。現在の労働行政では、過労死ラインは月間80時間の時間外労働とされいる。月20日出勤で1日平均4時間である。
アンケート調査では、過去1年以内に、管理上の時間外労働が月間80時間を超える社員がいるかどうかを聞いた。「いる」が54%、「いない」が41%、「わからない」は5%という結果になった。半数以上の企業で月間80時間以上残業をしている社員がいるわけであり、電通事件は決して他人事とは言えない状況であることが判明した。なお対象者はアルバイト・パート・派遣等を除外した正社員としている。
〔図表1〕管理上月間80時間以上残業の社員がいるか
月間100時間を超える時間外労働をする社員がいる企業が26%
管理上の時間外労働時間が月間80時間を超える社員がいる企業に、最多となる月間時間外労働時間を聞いた。68%を占めたのが「80時間から100時間未満」である。しかし「100時間~130時間未満」が26%あり、4社に1社以上が100時間超の残業をしている社員がいることを示している。また「130時間~150時間未満」「150時間~200時間未満」もそれぞれ3%あり、かなりの長時間労働をしている社員がいる企業があることを示している。
〔図表2〕最多となる管理上の月間時間外労働時間(管理上時間外労働が月間80時間を超える社員がいる企業のうち)
実態として月間80時間以上の残業をする社員がいる企業が約6割
すべての企業に「過去1年で、実態としての月間時間外労働時間が以下に該当する社員はいますか。いる場合は最多時間となるものを1つ選んでください」という質問を投げかけた。「80時間以上の従業員はいない」が41%、「80時間~100時間未満」が36%、「100時間~130時間未満」が16%である。少数であるが、「130~150時間未満」が4%、「150~200時間未満」が3%ある。管理上も同様であるが、実態としても「200時間以上」の残業をする社員がいる企業は無かった。
人事関係者が把握する実態として、80時間以上残業をする社員がいる企業が6割以上であるということは、電通過労死問題がマスコミなどで取り上げられるのはまさに氷山の一角であり、残業時間が多い社員がいる企業はごく普通に存在しているということである。
規模別にみると「300名以下」の中小規模では「(実態として)80時間以上の従業員はいない」が54%と過半数であるのに対して、「1001名以上」の大規模では「(実態として)80時間以上の従業員はいない」がわずか25%であり、「80~100時間未満」の残業をする社員がいるのが44%を占めている。今回の調査では、大規模企業の方が中小企業よりも残業時間が長い社員がいる企業の割合が高いということが判明したと言えるだろう。
「管理上で月間時間外労働時間が80時間以上となる社員がいる」と回答した企業は54%であり、「実態として月間80時間以上の残業をする社員がいる」企業が59%であることから、管理上と実態では大きな差は見られなかった。今回、回答している人事関係者からは管理上と実態の乖離は把握することが難しいということを表しているのかもしれない。
〔図表3〕実態として月間時間外労働時間が下記に該当する社員がいるか
過労死ライン「月間80時間の時間外労働」は適切か?
月間80時間の時間外労働が過労死ラインとされていることについて、回答者の考えを聞いてみた。最も多かったのは、「月間80時間は適切」とした方で49%とほぼ半数、次が「月間80時間よりもっと厳しくてもよい(もう少し短時間が適切)」で43%となった。「月間80時間は厳しすぎる(もう少し長時間が適切)」としたのは僅か8%だった。約半数の回答者が「80時間は適切」としており、この数字をしっかり守っていくことが重要となるだろう。
全体の傾向は非メーカー、メーカーの別や規模別でもおおむね変わらない。しかし1001名以上の大規模企業では、「月間80時間は厳しすぎる(もう少し長時間が適切)」が14%であり、「月間80時間よりもっと厳しくてもよい(もう少し短時間が適切)」が減少して36%となっている。先に見たように、大規模企業のほうが残業時間が長い社員がいるという実態に呼応しているようである。
〔図表4〕過労死ライン「月間80時間の時間外労働」は適切か
労働時間短縮のための施策は9割以上の企業が実施
時間外労働など労働時間を短縮するための施策・制度はどのような状況だろうか。以下に挙げる制度・施策があるかを聞いたところ、最も多かったのは「残業の事前届け出制、許可制」で62%だった。「ノー残業デーなどの設定」が次いで多く52%、「フレックスタイム制度」が32%である。規模別にみると、いずれの施策・制度も割合が大きいのは「1001名以上」の大規模企業であり、「残業の事前届け出制、許可制」は75%、「ノー残業デーなどの設定」は78%、「フレックスタイム制度」が54%となっている。
伊藤忠商事が実施した「朝方勤務」や、IT企業SCSKが実施した「残業代削減分の上乗せ支給」などの「残業代抑制分を従業員に還元」という施策は、まだまだ少ないものの、導入している企業が4%~5%ある。さまざまな施策により、残業などの長時間労働を減少させる工夫をしていることが判明した。
一方、これらの「労働時間短縮のための制度・施策は無い」とした企業は9%である。
〔図表5〕労働時間短縮のための制度・施策はあるか(複数選択可)
電通過労死事件の主たる原因は「パワハラ」も関連するとの見方が9割超
さて電通過労死事件について、労基署は長時間労働を根拠に過労死と判定したが、回答者はどのように見ているだろうか。「今回の電通過労死事件では、上司の言動等についても報道がされています。あなたは本件の自殺の主たる原因は何だと思いますか」と聞いたところ、最多となった回答は「長時間労働とパワハラの両方」で73%、次が「パワハラ」で19%となった。「長時間残業」との回答は8%のみである。報道が当初、長時間労働を取り上げていたため長時間労働が問題視されていたが、HRプロ会員の回答者からは、それだけが自殺の原因ではなくパワハラも原因であるとの意見が読み取れる。
「今回の電通過労死事件に関して、あなたのご意見を自由にお書きください」と記入を求めたところ、145名もの回答者から意見をいただいた。どの方もこの問題について他人事ではないと捉え、真摯にご意見を述べてくださった。代表的なご意見をいくつかご紹介しよう。
「上司からの言動などで精神的に追い詰められた事が原因ではないかと考えます。若手の社員が満足いく仕事ができていないとした際、どのようにフォローするのか?どうバックアップして1人前の社員にしていくかが上司の力量だと思います。そのマネジメントが今回の事件では足りなくて、肉体的にも精神的にも追い詰められていった結果がこのような事件になったと思い、非常に遺憾ではございます」
「おそらく現場で当たり前となっていた悪しき習慣を、長年見過ごしてきた会社の怠慢だと感じる。経営・人事は、そうした現状を把握するために情報収集に努め、対応策を事前に講じる役割を果たさねばならないと思う」
「内部通報制度がもっと機能していればよかったのではないかと思われます。また、その制度も社員だけではなく、社員の家族も利用できる制度であれば、防げた事案なのではないかと不憫でなりません」
「国や各企業が働き方改革に大々的に取り組んでいるなか、大変残念な事件が起きてしまいました。労働革命と言えるほど世間全体が働き方改革に取り組んでいる現状でこのような事件が起きたことに衝撃を受けました。またこれは電通さんに限ったことではなく、どの企業もそのリスクを抱えていると思います。この事件を契機に働き方改革を実のある形で実現するようにさらにスピードアップして取り組んでいかなければと強く感じています」
「長時間労働という体力的負荷だけではなく、心理的負荷が大きいように感じます(あくまでも憶測ですが)。パワハラもそうですし、周囲の言動が当人の価値観(“努力したら報われるだろう”など)を否定するようなものであれば、心理的負荷がとても増大します。今回の事件は複数の条件が連鎖してとても残念な結果につながったのだろうと考えています」
「今回の件は、決して過労死ではないと思います。職場の人間関係(信頼関係)の希薄さからくる孤立感、孤独感が、亡くなられた方を死に追い込んだ以外の何ものでもないとの考えです。労働時間を規制したところで、本質的な根っこの部分を改善しないことには、同じことがまた繰り返されると思います」
「この様な事案の発生については、決して他人事でないと思う。労働者へ時間管理を任せるのではなく、やはり会社側が時間外労働の抑制に向けたルールづくりや、管理職による時間管理を適切に行なわなければならないと考えます。特に新入社員などは、仕事への意欲がある一方、まだまだ自分自身の時間管理が未熟かと思うので、注意が必要なのではないでしょうか」
「今回の過労死事故は電通だけが特別な訳ではなく、日本企業において氷山の一角である。長時間労働やパワハラだけが問題ではなく、企業文化や社会の構造など、様々な問題が絡み合っている。最近クローズアップされている、ブラック企業の問題も同様である」
〔図表6〕電通過労死事件の自殺の主たる原因は何だと思いますか
今回の調査で、残業時間を削減するための施策を多くの企業が行っているにもかかわらず、月間80時間を超える残業をする社員がいる企業は約半数あることが判明した。電通過労死事件の原因は長時間労働だけではないにしろ、それも一つの要因であったことは認めざるを得ないだろう。長時間労働からくる過労死は決して他人事ではないのだ。
また多くの回答者の声に見られるように、自殺の原因は上司によるパワハラや周囲とのコミュニケーションの不足など、長時間労働に加えて精神的に疲弊させる要因が複雑に絡み合っていたのではないかと推測される。事件については今後、労基署の調査等で明らかになることを待ちたい。原因は何であれ、企業にとって社員の命は何よりも重要であることは間違いない。その社員の命を企業が奪ってしまうことが決してないように、経営者・人事は企業を運営していかなければならないことを肝に銘じたい。
奇しくも11月は「過労死等防止啓発月間」である。またストレスチェック制度開始から間もなく1年で、まだ実施していない企業にとっては駆け込み実施の期間でもある。しかし掛け声や制度があっても実態が伴わなければ、何の役にも立たない。HRプロ会員の皆さまにはぜひとも施策や制度を生かして、社員の命と尊厳を守っていただきたいと思う。
【調査概要】
調査主体:HR総研(ProFuture株式会社)
調査対象:上場および未上場企業人事責任者・担当者
調査方法:webアンケート
調査期間:2016年11月1日~11月9日
有効回答:244件(1001名以上:59人、301~1000名:72人、300名以下:113人)
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