よく行われる就業制限 3つの類型
【類型1】就業が疾病経過に影響を与える場合の配慮例えば、このまま就業させていては、ますますメンタル面の悪化を招くうつの患者の場合、「就業不可」と書きます。ひどい高血圧だったり、糖尿病であったりして、残業や体力を使う作業が経過の悪化を招く時は、そういったことを禁止とします。これは労働安全規則61条の病者の就業禁止を根拠としています。
【類型2】事故・災害リスクの予防
例えば、不整脈や低血糖で意識を失うことが多い方を、重機を使った業務につかせることは、万一、作業中に意識を失った場合、大事故になります。ですから、そのような業務からは外したほうが賢明です。
中でも最近問題になっているのは、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の例です。 このSASとはざっくり言うと、寝ている間に呼吸が止まって質のいい眠りが妨げられる疾患群です。本人は自覚症状に乏しく、ある時突然、抗いがたい眠りが襲ってくることがあります。日本では以前、新幹線の運転士がでこの疾患群によって、オーバーランを起こしたことがありました。交通や運輸業界においては大きな問題のひとつでしょう。
【類型3】保健指導や受診勧奨のため
この類型は、実は【類型1】との区分けが非常に難しいのです。若干違うのは、例えば、糖尿病の治療が必要だけれども仕事が忙しくて病院に行く暇がない、という従業員がいるとします。
こういう方には適切な受診行動を促すという意味で、残業制限をかけ、その時間に受診していただきます。これの目的は労働安全衛生法で課せられている産業医の保健指導実施義務を果たすことが一つ。さらには、事業者の安全配慮義務と対をなす、労働者の自己保健義務を果たしていただく目的があります。
ただ、この類型に関しては、従業員の健康を守るために脅しとして使う先生方もいらっしゃると聞いております。この類型を使わなければいけない従業員には、緊急性がない場合がほとんどです。ですので、どういった検査値や従業員であればこの類型での措置をするべきかは、産業医と会社の間であらかじめ話し合っておいたほうがいいと思います。
ここまで3つの類型を紹介してまいりましたが、ほとんどの就業制限がこの3つの類型に当てはまります。
類型4が出たときは危険信号
ここから、残り2つの類型を解説します。これらは実際に使われることはほとんどありませんが、もし行われた時は、重大事案の可能性があります。【類型4】企業への注意喚起を目的とする場合
この類型はこれからの時代、特に重要になってくると思われます。どのような類型かと言うと、例えば、過重労働が頻発する職場において、リスクのある方に、一律45時間以上の残業を禁止するという類型です。
これは企業に対して、「こんな働かせ方をさせてはだめだよ」という強い裏メッセージが隠されています。従業員の健康を守る専門家である産業医からこの類型による措置が発せられたときは、企業側は要注意です。何か重大なことが起こる可能性があり、そういったことが万一起こったときにはレピュテーションリスク、さらには会社が倒産するリスクすらあると受け止めましょう。現に、ある大手広告代理店で新入社員が自殺した事件では、会社は少なく見積もっても数百億円以上の損害を被っております。
大事な従業員を守るためにも、また会社を守るためにも、この類型での意見が出た時は、全力で、必要ならば外部専門家(労働衛生コンサルタントなど)を入れてでも、きちんとした対策を講じるべきだと思います。
【類型5】健康上の理由や能力的な適性から業務を制限する場合
この類型も【類型1】と若干オーバーラップしている部分があります。例えば、弱視者に対してパソコン作業をずっと行わせるのは本人にとってかなり酷です。これから増える高齢従業員に炎天下での長時間労働を行わせるのも然りです。会社がもしこういったことを指示した場合、その従業員が急に倒れたり、病気になったりする可能性が大きいので、業務制限の措置を取ります。
――以上、5類型を紹介いたしました。契約中の産業医から、何らかの措置を進言された場合は、この5類型に当てはめて、現状を正しく認識するとよいでしょう。
なお、この元になったのは藤野善久先生らによる2012年の論文(産業衛生学雑誌2012.pp267-75)です。その内容に、筆者である神田橋が独自の解釈・敷衍を行いました。したがって、この文章に関する責任はひとえに神田橋にあります。