コンプライアンスを「法令遵守」とだけ教えないこと
コンプライアンスという言葉の意味を調べると、「命令や要求などに応じること」という趣旨の解説がされている。経営用語として使用する場合には「法令遵守」と説明されることが多い。そのため、新入社員研修の一環で「コンプライアンス教育」を行う場合には、「企業が法令を遵守することの重要性」を説くことが多い傾向にある。確かに、コンプライアンスの辞書的な意味合いはそのとおりなのだが、このような「コンプライアンス教育」は決して十分な教育とはいえない。コンプライアンスを「法令遵守」とだけ指導していると、新入社員の潜在意識に「法令に違反しない行為であれば問題はない」という思考が刷り込まれてしまいかねないからである。企業活動を行う上では、法令に違反しない行為であっても顧客から問題視されることが数多くある。法令に違反しない行為が企業の存続にかかわる大きな社会的制裁の対象になることさえ少なくない。従って、「コンプライアンス教育」を行う際には、仮に法令に明確な定めがない行為であったとしても、業界内・企業内での決まり事に反する行為なのであれば決して行うべきではないことも指導しなければならない。さらには、法令にも業界内・企業内にも特別な決まり事がない行為であったとしても、「社会から受け入れられないような行為」は断じて行うべきではないことまで教育することが重要になる。
企業活動を遂行する上で求められるコンプライアンスは、3つの階層に区分して考えることができる。3つの階層とは次のとおりである。
・第1階層:法令に違反する行為は行わないこと。
・第2階層:法令に明確な定めがなくても、組織内のルールに違反する行為であれば行わないこと。
・第3階層:法令、組織内のルールのいずれにも明確な定めがない場合であっても、社会で認められないような行為は行わないこと。
以上を企業コンプライアンスの3階層などという。新入社員に対する「コンプライアンス教育」では、実際に発生した企業不祥事が企業コンプライアンスの第1から第3階層のうち、どの階層に違反したのかを明確にして教育することが効果的である。
「社員の倫理観」が「組織の倫理観」を作る
企業コンプライアンスの3階層の中で最も実行が難しいのは、第3階層の「法令、組織内のルールのいずれにも明確な定めがない場合であっても、社会で認められないような行為は行わないこと」という考え方である。必ずしも明文化されたルールを守るわけではないからだ。第3階層は、換言すれば「常に倫理観のある行動をとること」ともいえる。企業・組織の「倫理観」はその構成員である社員一人ひとりが持つ「倫理観」の集合体として形成される。従って、社員皆が「高度な倫理観」を持てば、企業・組織も「高度な倫理観」を持った組織体となるわけである。企業コンプライアンスには諸説あるため、必ずしも上記のような捉え方のみが正しい企業コンプライアンスの理解というわけではない。しかしながら、コンプライアンスをどのように理解したとしても、企業経営上、決して変わることのない事実がある。それは「企業が社会から遵守を求められるものは、法令よりもはるかに幅広く、奥が深い」という点である。従って、新入社員に対する「コンプライアンス教育」では、企業経営が直面するこの現実をいかにして一人ひとりの心に響くように伝えられるかがポイントになる。
組織構成員は、社歴が長くなるのに伴い、コンプライアンス違反の誘惑も増える傾向にある。中堅社員や幹部社員が「組織を守るため」という理由で不正行為などのコンプライアンス違反に手を染めるのはその典型例である。従って、社員がこのような事態に陥らないようにするためには、社会に出て間もない段階から企業コンプライアンスの3階層の重要性を十分に教育することが必要になる。
学生生活を終えて社会に出る時期は一生に一度しかない。この生涯に一度きりの教育機会をぜひ有効活用したいものである。
コンサルティングハウス プライオ
代表 大須賀信敬
(中小企業診断士・特定社会保険労務士)