だが、調査が終わり「ハラスメントの事実なし」となったからといって、それで一件落着ではない。労務管理上は、大きな問題が残っている。
調査結果に本人が納得しないまま、周りの同僚を「加害者」として見ている場合、チームとして仕事ができるのだろうか、ということである。
信頼関係を構築し、異動は慎重に
まずは、本人の話をよく聞くことによって、信頼関係を構築するのが基本である。これについては、(1)に詳しく書いたので、参照していただきたい。そうはいっても、なかなか態度が改善しないと、
「加害者扱いされている周りの社員にストレスがかかる」
「職場の和を乱す」
などの理由で、懲戒、または、異動させたくなるところだ。
しかし、本人がそのような処分を不服として訴訟などに訴えた場合、具体性を欠いた理由では、会社側の立場は弱い。
具体的にどのような業務について、どのような支障が生じているのか、ということをはっきりさせ、指導をくりかえしたが、それでも改善しない、ということを記録に残しておく必要がある。
とくに異動については、ほかの職場であれば、本人も自分の思い込みに苦しまなくてすむ、という状況が見えている場合も、必ず、業務上必要な異動であり、ハラスメントを訴えたことに対する報復ではないことを、きちんと説明しておくべきだ。
精神的不調に陥っている場合、就業規則の規定が重要
明らかに事実と異なる不可解な主張を繰り返している等で、精神的な不調が疑われる場合、異動させるような職場も見当たらないときは、休職を命じることも考えられる。このような場合に、参考になる判例を紹介しよう。
もちろんこれは個別の事例であり、そのまま、ほかの事例にあてはめられるものではない。精神疾患を患っている従業員でも、疾患によっては、医師の治療や職場の適切なフォローによって仕事を続けられることも多いからだ。
とはいっても、労働契約は双務的なものであり、労働者の側が心身の不調によって労務を提供できないときは、契約解除になることもやむを得ない。これは、そのような事例である。
原告に対する諭旨解雇が最高裁で無効とされ、原告は復職を求めた。被告の会社側は、復職に応じず、心身の不調を理由に、原告従業員を休職処分にした。その後、休職期間満了時にも復職を認めず、退職とした。
この裁判は、休職処分と、休職期間満了による退職手続きの有効性を争ったものだが、会社側の勝訴、つまり、休職処分、休職期間満了による退職のどちらも認められた。
その根拠のひとつとなった、就業規則の条文は下記のようなものである。
ア 会社は、就業に影響がある傷病の疑いのある社員に対し、指定する医師による診断を受けることを命ずることができる(本件就業規則第100条第6項)。
イ 社員は、本件就業規則第100条第6項の健康診断の結果、または客観的な状況から社員の業務外の傷病等の理由により休職が必要であると認められ、会社が休職を命じたときは、休職とする(本件就業規則第23条第1項第6号)。
(日本ヒューレット・パッカード事件(東京地裁 平 27.5.28 判決)判決文より引用)
この裁判では、原告は主治医が出した診断書に「就労に関しては精神面でも身体面でも問題は無いと思われる」とあったことをたてに、会社に復職を求めているが、会社は上記就業規則のアをもとに、会社の指定する医師に受診させた。
主治医は患者本人の病状については判断できるが、職場でどのような仕事をしているかよく知らないことが多く、また、本人や家族の意向が診断に影響することも考えられる。主治医の診断書だけをもとに復職の判断をしようとすると、実態にそぐわない場合が出てくる。どの医者にかかるのかは、本来本人の自由なので、上記アのように、会社の指定医の診察を命じることができる、という条項をいれておきたい。
また、イの休職命令については、「傷病による一定期間の欠勤後休職にする」、という定めをしている会社が多いと思われるが、本人に病識がなく、欠勤していない場合には適用できない。欠勤を条件とする条項があってもよいが、この判例にあるような、会社が医師による判断や業務の状況をもとに、休職を命じられる、という条項を作っておくべきだ。
休職、復職については、法律に明確な規定はなく、基本的に就業規則が根拠となる。事実と異なるハラスメントの主張を繰返す場合には、本人に病識のない精神的不調が隠れていることもあるので、この点を踏まえて、会社の処分の根拠となる就業規則を整備しておこう。
メンタルサポートろうむ代表
社会保険労務士/産業カウンセラー/ハラスメント防止コンサルタント/女性活躍推進アドバイザー
李怜香(り れいか)