そもそも「標準報酬月額の上限改定」とは
厚生年金保険の制度では、「給料額(報酬月額)が○○万円以上○○万円未満の被保険者は、標準報酬月額を〇〇万円とする」という決まりごとが複数設定されており、この「標準報酬月額」の種類のことを「等級」と呼ぶ。従来、厚生年金保険の標準報酬月額は31種類に区分されており、最上位等級は「31等級の62万円」であった。この31等級には、給料額(報酬月額)が60万5,000円以上の被保険者が割り当てられることになっていた。
「標準報酬月額の上限改定」とは、この最上位等級が変更されることを意味している。今回の改定の場合には、従前の最上位等級である「31等級の62万円」の上に、2020年9月から新たに「32等級の65万円」という標準報酬月額が設定されたものである。
その結果、2020年8月まで最上位等級の31等級であった被保険者は、同年9月からは「従前どおり31等級に該当するケース」と「新設の32等級に変更されるケース」に分かれることになった。具体的には次のとおりである。
・給料額(報酬月額):60万5,000円以上、63万5,000千円未満
⇒9月以降の標準報酬月額も「31等級」の“62万円”で変更がない。
・給料額(報酬月額):63万5,000円以上
⇒9月以降の標準報酬月額は「32等級」の“65万円”に変更される。
図で見ると、次のようなイメージである。ただし、1等級から30等級までについては、2020年9月以降も従前と何ら変更はない。
上限改定の影響を受ける被保険者はごくわずか
「標準報酬月額」は、厚生年金保険の保険料額計算の基礎となる数値である。したがって、2020年8月までの標準報酬月額が「31等級の62万円」であった被保険者が、同年9月から「32等級の65万円」に変更された場合には、負担する厚生年金保険の保険料額が増えることになる。現在、厚生年金保険の保険料率は18.3%なので、標準報酬月額が31等級の場合に従業員が負担する1ヵ月当たりの保険料額は、5万6,730円(=62万円×18.3%÷2)になる。しかしながら、標準報酬月額が32等級に該当すると、従業員が負担する厚生年金保険の1ヵ月当たりの保険料額は、5万9,475円(=65万円×18.3%÷2)に増額される。
したがって、32等級に該当した被保険者は、1ヵ月当たり2,745円(=5万9,475円-5万6,730円)、1年間で3万2,940円(=2,745円×12ヵ月)の負担増となるわけである。もちろん、企業側も同額の負担増になる。
ところで、上記のように厚生年金保険料の負担増となる被保険者は、どのくらい存在するものなのだろうか。
2019年3月末日現在、厚生年金保険の「標準報酬月額」が最上位等級である「31等級の62万円」に該当している被保険者の人数は、約267万人である(平成30年度厚生年金保険・国民年金事業年報/厚生労働省)。この267万人という数は、厚生年金保険の全被保険者数のわずか6.7%程度に過ぎない。
今回の保険料負担増はこの6.7%の被保険者のうち、給料額(報酬月額)が63万5,000円以上のケースだけが対象となるのだから、標準報酬月額の上限改定はほとんどの被保険者にとっては何も影響がないことになる。
また、将来受け取る年金は、現役時代の「標準報酬月額」に比例して金額が多くなる仕組みのため、標準報酬月額の上限が62万円から65万円に引き上げられたことにより、該当する被保険者は将来の年金増額が期待できることになる。保険料負担は増えるが、その分、将来の年金収入も増えるわけである。ただし、対象となる被保険者の人数がごくわずかであることは、前述のとおりである。
10月の保険料徴収から増額に
2020年9月から新設の「32等級」に該当する場合、対象者は日本年金機構側で自動的に抽出されることになる。そのため、「32等級に該当したこと」に関する個別の手続きを企業側が行う必要はない。32等級に該当した場合には、9月下旬以降、企業側に「標準報酬改定通知書」という通知が届くことになっているので、その通知で確認が可能である。
また、9月の標準報酬月額から32等級に変更になる場合に、給料から徴収する厚生年金保険料額を実際に増やす必要があるのは「2020年10月に支払う給料」からである。日本年金機構から届く「納入告知書」に増額された保険料額が反映するのも、10月20日頃に届く9月分の告知書からとなっている。
「2020年9月に支払う給料」から徴収する厚生年金保険料は、「32等級」ではなく、従前の「31等級」の保険料である。社会保険事務を担当している方は、徴収の誤りの有無を確認するとよいだろう。