ProFuture代表の寺澤です。
11月9日、経団連の榊原定征会長が2017年卒採用のスケジュールについて、今年よりも2カ月前倒しの「6月 面接選考解禁」との方針を正式に発表しました。2016年卒採用において、従来の「12月 採用広報解禁、4月 面接選考解禁」から「3月 採用広報解禁、8月 面接選考解禁」に変更したばかりですので、たった1年での方針変更には、大学や政府関係者からは異論も出ています。
11月9日、経団連の榊原定征会長が2017年卒採用のスケジュールについて、今年よりも2カ月前倒しの「6月 面接選考解禁」との方針を正式に発表しました。2016年卒採用において、従来の「12月 採用広報解禁、4月 面接選考解禁」から「3月 採用広報解禁、8月 面接選考解禁」に変更したばかりですので、たった1年での方針変更には、大学や政府関係者からは異論も出ています。
ただし、「8月 面接選考解禁」を続けることよりも、批判を受けようがこのタイミングで変更するほうが、企業だけでなく学生にとってもよいとの判断だったはずです。ここまでの動きを振り返ってみるとともに、メリット・デメリットを考えてみたいと思います。
こうなることを予測していた経団連
前回は、就職協定の歴史を振り返りましたが、今回は今年のスケジュール(指針)とそれまでのスケジュール(倫理憲章)だけをクローズアップして取り上げます。今年の「3月 採用広報解禁、8月 面接選考解禁」ついては、2年前の発表当時から、採用活動の現場関係者(企業の採用担当者、大学のキャリアセンター担当者、就職情報会社など)からは懸念する声が多数上がっていました。経団連自身も、当初は後ろ倒しを薦める政府方針に反対を表明していたほどです。当時の世論も、大学生の就職活動の「早期化・長期化」を大いに問題視しており、「学生を学業に専念させる」ためだといわれれば、経団連も最終的には抗(あらが)う術がなかったといえます。ただし、経団連自身は、採用日程の後ろ倒しがこのような結果を招くことについて、随分以前からはっきりと認識していたのです。それは、今も経団連のweb上で確認することができますが、2011年1月12日発表の『新卒者の採用選考活動の在り方について 』の中で、「現行の選考開始時期(4月)を遅らせた場合に想定される課題」として次のように指摘しています(抜粋)。
・中堅・中小企業の選考期間・機会の確保を含め、学生の十分な採用選考機会を確保することが大変重要であるところ、選考開始時期を後ろ倒しすることは、中堅・中小企業の採用に支障をきたすとともに、企業・学生にとって選考機会の縮小につながり、未就職卒業者を増やす懸念があること
・理系学生が学部4年/修士2年次の夏ごろに研究活動のピークを迎えることへの配慮が必要であること
・一部に早期の選考活動を行っている企業がある中で、選考時期を遅らせることは、さらなる長期化につながる懸念があること
いずれも今年問題となったことばかりです。そして、こう締めくくられています。
「上記の課題を踏まえても、一部の企業からは選考時期の後ろ倒しを行うことに意義があるとの主張もあった。しかし、課題に対する具体的かつ明確な解決策が見いだせないままに選考時期を後ろ倒しすることは、就職・採用活動の混乱を招く恐れがあること、また、現状の対応として、早期化、とりわけ広報活動期間における過熱化への対処が重要であるとの考え方から、現行の選考開始期日は維持することとした。」
この文章が発表されたのは、大学側から「早期化是正」を強く要望されて、それまで「10月 採用広報解禁、4月 面接選考解禁」とされていた倫理憲章を、「12月 採用広報解禁、4月 面接選考解禁」へと、採用広報解禁のみ2カ月後ろ倒しにする改定を発表したタイミングです。採用広報解禁時期は譲歩しても、面接選考解禁日だけは譲れないという強い意志が感じ取れます。
経団連が予測できなかったこと
経団連が4年前に懸念していたことが、今年ことごとく現実のものとなっています。ただ一つ、経団連の予測と異なったのは、中堅・中小企業は大手企業の選考が落ち着くのを待って採用活動を行わなかったことです。大手企業の選考時期である8月まで待ちきれない中堅・中小企業が、8月の面接選考解禁日に縛られることなく先行して採用活動を展開し、後から大手企業が内定出しを行ったことで、結果的に中堅・中小企業において大量の内定辞退者が生まれてしまったことです。もちろん、中堅・中小企業側に非がないわけではありません。従来、大手企業の選考が終わってから訪問してくる学生は、大手企業の選考に漏れたか、あるいはもともと大手企業を就職先として考えていない学生ですから、内定辞退はゼロではないものの、今年ほどの辞退者が出ることはありませんでした。ところが今年は、大手企業を狙っている学生、さらには大手企業の厳選採用にも合格してしまうようなタイプの学生も、中堅・中小企業に応募してくるという現象が起きました。学生からすれば、大手企業の選考が始まる前の「滑り止め」としての応募にもかかわらず、企業側はそれらの学生に目を奪われ、自社への動機づけも満足にできていない状態で内定を出し、結果的に大手企業の内定をもらった学生には軒並み辞退される事態に陥ったわけです。
HR総研の調査によれば、中堅・中小企業でも8月末の段階で採用活動を終了していた企業が2割ほどあります[図表1]。逆に大手企業でも、同じ時期に採用活動を終了できていた企業の割合は、中堅・中小企業と変わりませんでした。要は、企業規模の問題ではなく、説明会やセミナー、さらには面接の中で、自社への動機づけや他社との差別化がうまくできていたかどうか、そして大手企業狙いの学生かどうかの見極めができていたかどうかが、採用の成否の分かれ目になっているのです。
日商の提言が強い助け舟に
「早期化・長期化の是正」を狙った今年の採用スケジュール変更でしたが、皮肉にもインターンシップの普及によってかえって「早期化」したばかりでなく、大手企業の選考時期が遅くなったことで、大手企業狙いの学生にとっては「長期化」する結果になってしまいました。その他にも、・先行して内定出しを行った企業では、大手企業への就職活動をやめさせるべく「オワハラ」が横行した
・面接選考解禁までの期間が長期化したことへの対応として、企業が学生をつなぎとめるべくセミナーや懇親会などのリアルな接触機会を倍増させたことで、学生の授業参加が大きく阻害された
・経団連会員の大手企業の中には、「面接」とは別称の名目で学生を呼び出しては実質的な面接を繰り返した
――など、数多くの問題が露呈し、各方面から時期の「見直し」論議が叫ばれるものの、すでに2017年卒採用に向けた企業や大学の動きは始まっており、見直しは翌2018年卒採用からにならざるを得ないかと思われていたとき、助け舟が現れました。
10月15日、日本商工会議所(日商)の三村明夫会頭が、今年から繰り下げられて8月1日となっている大学生の面接選考解禁を、2017年卒採用から6月1日に前倒しすべきだとの提言を発表したのです。これを受けて、ここぞとばかりに経団連の榊原定征会長も16日、「8月は遅すぎる。どこまで早めるかだ」と発言し、日商の提言を「一つの方法だ」と前向きに受け止める意思を表明しました。これによって「6月解禁」が一気に現実味を帯びてきたと思ったのですが、簡単にはいきませんでした。
迷走する2017年卒スケジュール問題
10月19日、都内で開かれた就職関連のシンポジウムで、パネラーとして登壇した文部科学省高等教育局の課長の口からは、「現在実施しているアンケート結果を見た上で、企業と学生がWin-Winになることを考えたい。何もしないということではないが、このタイミングから大きな変更は難しい」との発言があったそうです。「大きな変更」の意味するところが何なのかまでは言及されませんでしたが、「8月から6月への前倒し」を念頭に入れた発言ではなかったかと推測されます。10月25日に経団連が解禁時期を6月に早める案を軸に調整に入ったとの報道を受けて、27日には馳浩文部科学大臣が定例記者会見の中で「これまでの経緯があって3月・8月・10月という一つのラインができたのに、(1年で変更してしまうような)朝令暮改はいかがなものか」と批判。さらに加藤勝信一億総活躍大臣からは、11月4日に文部科学省などの関係府省と企業や大学関係者で会議を開き、今年のスケジュール後ろ倒しの影響を調査し、その結果を踏まえた上で17年卒採用のスケジュールを話し合う旨の発言がありました。
そして、今月4日に開催された会議では、国公私立大学・短期大学および高等専門学校で構成される就職問題懇談会(座長:吉岡和哉 立教大学総長)から、「今年度の検証を踏まえた大学側と経済界の意見交換を経ず、来年度の採用選考活動時期の見直しについての結論を出すことは避けていただきたい」と、経団連と日本商工会議所に対する要請がなされました。つまり、2017年卒の採用は今年と同じ「8月解禁」とし、今年の実態をさらにもっと調査した上で、2018年卒採用の日程について検討すべきだとしたのです。
「6月解禁」を反対する理由としては、①6月は授業期間の真っ最中であることから面接が学生の授業への出席や学修時間の確保に支障をきたす恐れがあること、②教育実習等の実習科目や海外研修の実施日程の調整など課題が少なくないこと、③「8月解禁」を前提に各種準備を進めている大学・学生側に不安が広がっていることが挙げられています。要請書は、文部科学省のWEBで公開されていますので、ご興味をお持ちの方はぜひご覧ください。
※就職問題懇談会「平成28年度大学、短期大学及び高等専門学校卒業・修了予定者の就職・採用活動の検討に関する要請」⇒公表資料はこちら
また、この間、11月1日には日経新聞による国公私立154大学の学長(理事長)を対象とした調査結果が発表されました。それによると、今年の就職活動について94.2%が「問題がある」と回答し、選考解禁時期については57.8%が「大学4年次の4月(昨年までと同様)が適当」と回答しています。「大学4年次の8月(今年と同じ)」はわずか8.4%です。就職問題懇談会の主張の根拠は、どこから来ているのでしょうか。懇談会としての総意ではなく、一部の関係者の意見にとどまるのではないでしょうか。
学生にメリットがあるのはどっちか?
「6月解禁」へと大きく動いたかに見えた流れは、就職問題懇談会の「8月解禁」維持要請によって“瞬間的に”足止めを食うこととなりました。はた目には、解禁日の論議は再び混乱し、長期化してしまうのではないかとの懸念も生じていましたが、経団連の意志は思いのほか固かったようです。11月9日の榊原会長の会見では、「朝令暮改といった声もあるが、何もしないほうが、責任を果たす意味で十分でない」と、暗に馳浩文部科学大臣を批判する発言まで飛び出しています。就職問題懇談会が主張するように、「6月解禁」の弊害も確かにあるでしょう。時期的には前期授業期間の真っ最中であり、面接で連日授業を欠席せざるを得ないとしたら、学修面における影響は少なくありません。では、「8月解禁」だった今年はどうだったのかということです。6月はすでに経団連会員ではない多くの企業で面接選考が始まっており、経団連会員の大手企業でも連日のように手を変え、品を変えたセミナーや懇談会が開催され、学生の授業出席率は極めて低かったと聞きます。
大手企業の選考が早まるのであれば、学生の授業への復帰も早まるはずです。現に、「4月解禁」であった昨年は、4月下旬には就職活動を終えて授業に参加する学生も増えていました。学生の学修面を心配するのであれば、早く就職活動を終わらせてしまったほうがいいことは、これまでの就職協定(倫理憲章や指針を含む)の歴史が証明しています。
「留学生の帰国時期」についても「6月解禁」の反対理由として挙げていますが、留学生全体に占める長期(1年以上)留学生の割合はどの程度なのでしょうか。ここに2012年度と2013年度の留学期間別内訳データがあります[図表2]。見ていただくと分かるように、留学生のほとんどは「1年未満」、中でも「1カ月未満」が大半です。「1年以上」の留学生はわずか2.5%にすぎません。また、企業の多くは留学生の採用については別枠を用意していることも多く、「6月解禁」時点で帰国していなかったとしてもそれほど大きなデメリットであるとはいえないでしょう。
経団連の本当の希望は
では、「6月解禁」のデメリットは何でしょうか? 一つは、3月決算が多い日本企業の場合には、6月下旬に開催される株主総会です。役員面接のスケジュール調整が難しくなります。もう一つは、採用広報期間の短期化です。従来の「12月-4月」のスケジュールでは4カ月だった採用広報期間が、「3月-8月」となった今年は5カ月間に延びていますが、これが3カ月に短縮されることになります。採用広報期間に、合同企業セミナー、学内企業セミナー、そして自社主催のセミナーと数多くのセミナーや懇談会を開催して、学生とのリアルなコミュニケーションを通して企業理解を図ってきましたが、その機会が減ることになります。学生が理解不足のまま選考に臨めば、内定辞退や早期離職の増加が懸念されます。また、学生側からすれば、解禁時期の変更は、今年就職活動をした先輩の体験談があまり参考にならなくなることを意味しており、不安の声も少なくないようです。それでも、「8月解禁」により真夏まで続く就職活動期間と天秤にかけた場合には、きっと日程変更のほうをよしとするのではないでしょうか。
ところで、再来年以降の日程について、経団連の榊原会長は「大学や政府などと十分な議論をした上で、新たな指針を決めたい」と述べており、今回の「6月解禁」も1年で変更になる可能性を示唆しています。では、経団連が望むベストな日程はいつなのでしょうか。それはズバリ、昨年までの「12月 採用広報解禁、4月 面接選考解禁」への回帰だと考えます。選考解禁時期としては、「最終学年」が一つの縛りになりますので、どんなに早くしたとしても「4月」です。理系学生の採用が多いメーカーやインフラ系企業が多いことも、早期選考を望む理由の一つです。こうした企業は、理系の卒業研究のことを考慮すれば、1日も早く就職活動を終えて、卒業研究に没頭できる環境をつくってあげたいと考えています。卒業研究の一連の過程を通して、学生がどれだけ成長するかをよく知っているからこそ、です。
面接選考解禁を仮に4月だとした場合、広報活動期間としてはできれば3カ月から4カ月程度は欲しいところです。1月は年末年始休暇や後期試験があることを考えると実質的な稼働日は少なく、解禁日としてはふさわしくありません。2月では解禁まで2カ月しかないとなれば、残された選択肢は昨年までの「12月」しかありません。
HR総研が10月に実施した調査(解禁日を変えるとしたらいつが適当か?)でも、企業の回答は「4月」が他の月を圧倒して最多です[図表3]。全体では6割近くが「4月」を選択しています。奇しくも、前述した日経新聞調査による学長の回答と極めて近い傾向となっています。「2017年卒採用の解禁日」という前提になっていたため、大手企業では「6月」も多くなっています。日商や経団連の意見表明がされる以前の調査でしたが、大手企業では現実路線として「6月」を選択した企業が少なくなかったのでしょう。
1年でルールが変わる可能性があることを、シーズンが始まる前から経団連会長のような責任ある立場の方が宣言した例はいまだかつてないでしょう。2017年卒採用に向けての動き、さらには再来年、2018年卒採用に向けてどんな指針が発表となるのか注目していきたいと思います。
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