ProFuture代表の寺澤です。

 9月7日、経団連の榊原定征会長は、来春入社の大学生から後ろ倒しとなった採用スケジュール(指針)について、加盟企業の実態調査を10月にも行った上で、指針の見直しを検討すると述べました。面接選考の解禁日を8月に繰り下げたことが、かえって学生の就職活動を長期化させる要因になったとの指摘を受けてのものです。
  ただし、17年入社者へ向けての準備がすでに進められていることもあり、実質的には18年入社者からが対象になるものと思われます。

 今回の件では、「こんなスケジュールにした経団連が悪い」かのような報道が多いように思われますが、それに対しては少し違うと思います。そもそも、このスケジュール案は政府の強い要請によるものであり、経団連は積極的にその要請を受け入れたというよりも、当時の世論もあり、渋々受け入れたといったほうがよいでしょう。今回実際起こって問題になっていることは、経団連が「選考開始時期を遅らせた場合に想定される課題」として挙げていたことばかりです。政府からの要請の前にも、スケジュールの変更(繰り下げ)を提言していたのは、経済同友会や日本貿易会であり、経団連は当時の倫理憲章を維持しようとしていたことを思い出してほしいと思います。

選考時期の逆転現象がもたらしたもの

  今回は、HR総研が8月21日~27日に実施した採用担当者向けのアンケート調査、ならびに楽天『みんなの就職活動日記』協力の下、同期間に実施した就活生向けアンケート調査の結果をご紹介します。

 まず、2016年卒採用の特徴は、これまでも紹介しておりますように、一つにはインターンシップ、中でも1Dayインターンシップの増加による学生との早期接触、ひいては採用選考の材料にする企業が大きく増えたことです。そして、もう一つは、大手企業の選考開始(結局、予想どおり水面下での活動がかなりありましたので、実質的には内々定出し開始といったほうがいいかもしれませんが)が8月1日になったことにより、従来、大手企業の選考が落ち着いてから選考を本格化させていた中堅・中小企業が、大手企業よりも先に選考活動を実施するという「選考時期の逆転現象」が起こったということです。「逆転現象」については、国公立大学の入試の前に私立大学の入試(私立大学の中でも偏差値が高い大学ほど入試日程が遅い)が行われることに鑑み、「大学入試方式」と呼ぶ人もいるようです。

 その結果、選考解禁日である今年の8月1日と昨年の4月1日を比較してみると、解禁日時点の内定率は大きく異なることになりました。リクルートキャリア調査によると、今年8月1日時点の内定率が64.4%なのに対して、昨年の4月1日時点ではわずか18.5%でしたから、45.9ポイントも高くなっています。昨年までは、他の企業からの内々定を持たないまま、大手企業の選考に臨んでいた学生が多かったわけですが、今年は中堅・中小企業等の内々定をもらった上で、大手企業の選考に臨むことができたということです。いわば「すべり止め」をしっかり持った上で、本命に挑戦したということです。

 今回実施した調査と、昨年4月下旬に実施した調査を比較すると、面白い違いが現れました。どちらも解禁後1カ月弱経過した時点での調査ですが、リクルートキャリア調査と同様な結果が見られただけでなく、さらに大学グループに分解してみたのが[図表1](今年8月調査)と[図表2](昨年4月調査)です。
第54回 選考時期の逆転現象がもたらしたもの
第54回 選考時期の逆転現象がもたらしたもの
  [図表1]と[図表2]と比べてみると、内定社数「0社」の学生が[図表1]では極めて少ないことがわかります。これは内定率の高さを表しているわけですが、もう一つの違いは、大学グループごとの差です。[図表1]では大学グループごとの差がほとんどないのに対して、[図表2]では大学グループによって内定社数「0社」の学生割合が大きく異なっています。最も少ない「早慶クラス」の18%に対して、最も多い「その他私立大学」では59%と40ポイント以上の開きがあります。昨年の4月末時点では、大手企業の内定は出ているのに対して、中堅・中小の内定出しが本格化していないために、このような差が出ていたわけです。それに対して、「内定率」という観点では、今年は大学間格差が縮まったということです。

大学グループにより内定先企業には大きな差

  内定率では、大学グループによる差がほとんどなくなったわけですが、では内定先企業はどうかというと、こちらは例年どおり違いがはっきりと現れています。内定保有者に対して、内定先企業の従業員規模を全部選択してもらって集計したものが[図表3](今年8月調査)と[図表4](昨年4月調査)です。
第54回 選考時期の逆転現象がもたらしたもの
第54回 選考時期の逆転現象がもたらしたもの
  [図表3]と[図表4]では、いずれも偏差値の高い大学グループほど、大手企業からの内定割合が高くなっています。こちらのデータは、仮に1人の学生が「5001名以上」の企業3社から内定を得ていたとしても、学生は「5001名以上」の選択肢を1回しか選択できません。逆もしかりです。従って、実際に学生が内定を得たすべての企業割合で見た場合には、もっと極端な差がついていることになります。

もう少し[図表3]と[図表4]を比べてみましょう。全体的な傾向値は同じですが、[図表3]では、「旧帝大クラス」をはじめとする上位校における「中小企業」比率が高まるとともに、「その他私立大学」では「大企業」の比率が高まっています。上位校の学生においても、8月の大手企業の選考開始前に中小企業を受験した学生が昨年以上に多かったことが伺えます。逆に、大手企業側は「売り手市場」を背景に、例年よりも採用基準を緩和し、採用校の範囲を広げていると思われます。

就活を続ける学生はわずか2割強

  学生に対して、これからも就職活動をまだ続けるのかどうかを聞いたのが[図表5]です。最も多い回答が「第1志望の企業に内定したので終了する」で、「その他私立大学」はやや低いものの、その他の大学グループではどこも5~6割に達します。「第1志望の企業ではなかったが内定したので終了する」という学生も2割前後となっており、「早慶クラス」の80%を筆頭に、「(もう)終了する」という学生が6~8割近くにもなります。マイナビの調査になりますが、6月末の段階では内定率が44%に対して、「就職活動を終了する」とした学生はわずか13%でしたので、7月・8月の2カ月間で大きく状況は変わったということになります。
第54回 選考時期の逆転現象がもたらしたもの

内定辞退に苦しむ企業

  今度は、企業側のアンケート調査の結果も見てみましょう。まずは「内定辞退」についてです。前年と比較しての内定辞退の増減を聞いたものが[図表6]です。全体で4割の企業が「前年よりも多い」と回答しており、特に中堅企業では47%もの企業が「前年よりも多い」としています。今回のスケジュール変更による影響を一番強く受けたのは中堅企業であるともいえそうですが、逆に「前年よりも少ない」とする企業も中堅企業が最も多くなっています。一概に従業員規模ということだけではなく、採用戦略・戦術による部分も大きいようです。

 内定辞退が増えた最も大きな理由は、もちろん8月になって大手企業の内定が出たことによるものです。ただし、「前年よりも少ない」とする企業もある以上、それだけではないでしょう。もう一つ大きな理由は、企業が「身の丈に合った」学生に内定を出せなかったことによると思います。どういうことかというと、例年であれば大手企業の選考からあぶれた学生が応募していた企業に対して、今年は大手企業の選考を受ける前の学生が応募してきており、例年であれば大手企業に内定していたような学生も少なくなかったはずです。企業からすれば、当然それらの学生に目を奪われ、結果、それらの学生に内定を集中させてしまったというわけです。7月までは「過去最高の採用ができた!」と喜んでいた企業が、1カ月たった今では内定者を全員大手企業に持っていかれ、内定者がゼロに陥ってしまった例も耳にします。
第54回 選考時期の逆転現象がもたらしたもの

採用やり直しの企業も

  採用担当者に今後の活動予定を聞いたものが[図表7]です。これを見ると、従業員規模による差がほとんどないのに驚きます。「すでに選考は終了した」とする企業はわずか2割強しかなく、残りの企業はまだまだ採用活動を継続するとしています。活動内容を見ると、「既存のエントリー者だけで選考を続ける」企業は全体で17%にすぎず、5割近い企業が「新たにエントリーを受け付ける」としていることに驚きます。これまでの選考活動の中で、面接済みの学生には合否をすべて出してしまっており、一度不合格にした学生を復活させることもかなわず、結果的に「新たにエントリーを受け付ける」ところから再スタートせざるを得ないというわけです。
第54回 選考時期の逆転現象がもたらしたもの
  [図表5]で見たように、8割近い学生が就職活動を終え、活動を続ける学生が2割程度になってしまう中で、企業は逆に8割近くが採用活動を続けざるを得ないという需給のアンバランスが起こっているのです。だからといって、企業側は安易に選考基準を下げての数合わせに走ることもできないでしょうから、今年は採用計画が未達に終わる企業が少なくないと思われます。
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